主役はアラナ・ハイム(1991年12月15日生れ)と
(『リコリス・ピザ』のアラナ・ハイム イラストby龍女)
ハイム一家である。
父モルデハイ・ハイム(1954年生れ)
母ドナ・ハイムと
次の頁で詳しく紹介する長女エスティと二女ダニエルとアラナの3人姉妹の5人家族である

(ハイム家の家族写真から引用。右上から長女エスティ、二女ダニエル、三女アラナ。右下から父モルデハイ、母ドナ イラストby龍女)
筆者が今回注目したのは、このシーンである。
ロサンゼルスのサンモニュメント・バレーの高校の体育館の廊下。
25歳の写真家のアシスタントのアラナ・ケイン(アラナ・ハイム)は、卒業写真の撮影のために来ていた。
そこで15歳のゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)に出逢い、熱心に口説かれた。
アラナはゲイリーに連絡先を渋々渡した。
ゲイリーは子役の俳優だ。
ニューヨークで収録されるバラエティ番組に出演することになった。
しかし、ゲイリーは未成年のために、成年の保護者がいないと出演の許可が下りない。
あいにく第一の候補の母親は、仕事の都合で同行が出来ない。
保護者の代理として、先日知り合ったばかりのアラナを頼った。
ロサンゼルスからニューヨークへ向かうジェット機の機内。
同じ子役だがゲイリーより年上のユダヤ人のイケメン俳優ランス(スカイラー・ギソンド)に口説かれた。
アラナの実家であるケイン家は、ユダヤ教徒の家庭である。
ニューヨークから帰った数日後、ユダヤ教の安息日の晩餐。
アラナはランスをボーイフレンドとして自宅に呼んだ。
無神論者のランスは食事前の祈りに同調せず、その場の空気を凍り付かせてしまった。
ランスが帰り、食事の片付けの最中に喧嘩は起きた。
熱心なユダヤ教信者の父モルデハイと三人姉妹の末娘アラナの口論が、先程の短い動画である。
筆者はこのシーンが持っている、空気感、別の言い方をすると、間にシビれてしまった。
『リコリス・ピザ』の舞台は1973年である。
実は翌年1974年に放送された『寺内貫太郎一家』の印象的なシーンと、似たような空気感を発見した。
何故そう思ったのか?その正体を詳しくみていこう。
まず、ヒロイン役に抜擢された初出演初主演アラナ・ハイムとは何者か?
2013年にデビューアルバムを出した3姉妹バンドハイムのメンバーだ。
改めて3人のメンバーを紹介すると
エスティ・ハイム(1986年3月14日生れ)ヴォーカル、ベース
ダニエル・ハイム(1989年2月16日生れ)リードヴォーカル、リードギター
アラナ・ハイム(1991年12月15日生れ)ヴォーカル、パーカッション、リズムギター、キーボード
筆者はまったく知らなかった。
洋楽は小学校の高学年から聴き始めたが、好きなジャンルはR&Bなので、ロック系には疎い。
しかも、たまに聴くロックはバンドと言うよりソロ・アーティストが好きだ。

(アマゾン・スタジオで撮影されたハイムの写真から引用 イラストby龍女)
2015年に第57回のグラミー賞新人賞の候補になる。
受賞していないが、第63回グラミー賞の最優秀アルバム賞、最優秀ロック・パフォーマンス賞の候補になった。
この2部門は、バンドの結成のきっかけになった、ある女性ミュージシャンが受賞した部門と同じであるので、次の頁で詳しく説明する。
現在のロック界では注目のバンドである。
『リコリス・ピザ』の監督のポール・トーマス・アンダーソン(1970年6月26日生れ)は、小学校の美術の教師が、ハイム3姉妹の母ドナだったそうで、彼女たちを生れる前から知っているようである。
ハイムのミュージックビデオの監督を何本も手がけている。
ちなみに、ポール・トーマス・アンダーソンは、マーヤ・ルドルフに出逢う前は、90年代の第2次女性シンガーソングライターブームの一角を担っていたフィオナ・アップル(1977年9月13日生れ )と交際していた事で有名だ。
事実婚の妻マーヤ・ルドルフ(1972年7月27日生れ)は長寿バラエティ番組サタデーナイト・ライブ出身のコメディエンヌで俳優だ。
母は乳がんで31歳の若さに夭折した伝説の歌姫ミニー・リパートン(1947~1979)でアフリカ系である。
ミニー・リパートンが残した不朽の名作Lovin' You(1974年)は、曲の最後の部分に当たるアウトロのアドリブで、
「マーヤ、マーヤ」と歌っている。
幼児だったマーヤ・ルドルフのこと。
Lovin' Youは子守唄から生れた名曲である。
父はユダヤ系の作曲家作詞家のリチャード・ルドルフ(1946年10月27日生れ)だ。
父のリチャード・ルドルフはミニー・リパートンの死後の1990年に、元ジャズ歌手で現在宝飾デザイナーの笠井紀美子(1945年12月15日生れ)と再婚している。
継母の影響で、マーヤ・ルドルフは日本語が分かるらしい。
マーヤ・ルドルフは『リコリス・ピザ』の前作である2017年の『ファントム・スレッド』の発想の原点になったポール・トーマス・アンダーソンの発熱による看病の出来事の当事者でもある。
筆者が大好きな世界のミューズで、いつかオスカーの司会をして欲しい才能の塊の女性だ。
日本ではビヨンセのモノマネと言えば、渡辺直美だが
おそらくアメリカでビヨンセのモノマネの第一人者はマーヤ・ルドルフだ。

(第94回アカデミー賞のレッドカーペットにて。ポール・トーマス・アンダーソン。
ポール・トーマス・アンダーソンは映画業界のみならず、音楽業界にも顔が広い。
しかもコメディに必要な人材とは誰か?
音楽的センスを持っていなければ絶妙な間をとれない。
家族ぐるみで付き合いのあるハイム一家に映画出演の白羽の矢が立ったのはそんな理由であろう。
それでは、次にどうしてそれが『寺内貫太郎一家』と似ていると気づいたのか?
ハイム家と寺内貫太郎一家の共通点を観ていこう。
『寺内貫太郎一家』と『リコリス・ピザ』のケイン家(ハイム家)の共通点
①家業がある
『寺内貫太郎一家』は墓石を飾る石屋を営んでいる。
腕の良い職人を雇う家族経営の中小企業でもある。
ハイム一家はそこまではないが、三姉妹バンド・ハイムの前身となったロッキンハイムは、前ページで紹介した三姉妹に加え、父モルデハイがドラム、母ドナがギターを担当したファミリー・バンドであった。
ハイム家は音楽一家なのである。『リコリス・ピザ』の中では、ユダヤ教徒の側面が強調されているが。
ドナは素人参加番組の『ザ・ゴングショー』で女性ブルース・ギタリストで歌手のボニー・レイット(1949年11月8日生れ)の曲を歌って、優勝した事があるくらい歌がうまかったそうだ。
ボニー・レイットは、70年代では女性ではまだ珍しかったギタリスト。
更にボニー・レイットは、サンフェルナンド・バレーの北、バーバンク出身だったので、憧れの存在であったのだろう。
1989年に出たアルバム『ニック・オブ・タイム』で第32回グラミー賞で最優秀アルバム賞と最優秀女性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞に2部門を受賞した。遅咲きの成功を収めた。
オーディション番組で合格するのに重要なのは、自分の個性に合った先輩ミュージシャンの楽曲を選ぶ事にある。
誰も知らない自分の個性が審査員はじめ観客に分かりやすく伝わるために不可欠な要素である。
おそらく、ドナは自分の選曲眼の高さに自信を付け、ファミリー・バンドを結成するきっかけの一つになっているかもしれない。
音楽で金を稼ぐのはヒット曲がない限り難しい。
ドナは美術教師や不動産業で稼いでいたそうだが、じゃあ、父モルデハイは一体何者かと調べていたら、凄い人物だった事が分かった。
②親父の説得力が半端ない
『寺内貫太郎一家』で頑固親父寺内貫太郎を演じた小林亜星(1932~2021)はドラマ初出演であった。
小林亜星はCMソングやアニメソング、1976年のレコード大賞受賞曲『北の宿から』など、生涯に約6000曲を残した大作曲家である。
筆者がファンである西武ライオンズの応援歌『地平を駈ける獅子を見た』等もある。

(『寺内貫太郎一家』の寺内貫太郎を演じた小林亜星 イラストby龍女)
一方のモルデハイ・ハイムは、イスラエル生れの元サッカー選手。
80年代まで存在したアメリカのブロサッカーチーム、マッカビロサンゼルスに所属していた。
ドラムでもブルガリアで結成されたユダヤ系のツァディコフ合唱団に所属していた。
音楽の世界は、みんなで合わせるチームスポーツの部活動にも通じる側面も持っている。
イスラエルでは成人になると徴兵制なので、体を鍛えておく事は日常である。
軍隊で教わった事を、娘達にも教えた事は想像に難くない。
ゲイリーに紹介された俳優のエージェント会社の面接。
アラナ・ケインは
「グラヴマガを習得しました」
と答えている。
イスラエル国防軍が編み出した戦闘術である。
ハイム一家は音楽一家だけでなくスポーツ一家でもある。
『寺内貫太郎一家2』で寺内貫太郎(小林亜星)と周平(西城秀樹)の喧嘩であまりにエキサイトしすぎて、西城秀樹が怪我をしてしまったファンならお馴染みのエピソードがある。
一つだけ、『寺内貫太郎一家』と違うところは、ハイム一家はお互いに手を出すと怪我してしまう事が分かるので、あえて口論にとどめているところだ。
③子供は将来に迷っているから、親にキレちゃう
『寺内貫太郎一家』で頑固親父寺内貫太郎(小林亜星)と喧嘩してしまう長男周平を演じたのは西城秀樹(1955~2018)である。
彼は野口五郎・郷ひろみと共に新御三家として70年代半ば一世を風靡したアイドル歌手であり、ロックをお茶の間に届けた功労者である。
歌手になる前の中学時代は兄たちとロックバンドを組んでドラム担当だった。
俳優としては一番の代表作に当たるのが『寺内貫太郎一家』の寺内周平である。
周平の最初の設定は、西城秀樹の実年齢に合わせた。
大学受験するか?家業の石屋を継ぐか迷っている浪人生なのである。
『リコリス・ピザ』のアラナは25歳である。年こそ寺内周平(西城秀樹)より年上だが、器用貧乏で何になりたいかよく分からないユダヤ系アメリカ人の小娘なのである。
④他の女の家族は分かっているけど何も言わない
『寺内貫太郎一家』で恒例の貫太郎と周平の喧嘩が始まる。
貫太郎の母きん(樹木希林)を中心に妻里子(加藤治子)とお手伝いの美代子(浅田美代子)は夕食を粗末にするわけにはいかないので、食器が載った長机を片付ける。
筆者は2021年8月22日のコラムの一部でこれが大のお気に入りだと書いた。
『リコリス・ピザ』では、食事中はおとなしかった末娘アラナと父モルデハイ。
アラナがまたろくでもないボーイフレンドを呼んできたので、モルデハイはキレて喧嘩が始まった。
長女エスティは一瞬アラナに絡まれてしまったが、淡々と母ドナと二女ダニエルと一緒に食事の後片付けを続ける。
アラナの姉二人は、映画のクライマックスになると実に良い仕事をする。
アラナの10歳年下のボーイフレンドのゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)が経営しているピンボールの店だ。
開店パーティーで、夜まで騒いでいる。
アラナは別の用事があって、遅れて店に行くと、ゲイリーは不在だった。
店には、エスティとダニエルがいて、アラナがゲイリーの居場所を聞くとそっと教えた。
ここからエンディングの長回しの二人のお互いを探すシーンのきっかけを作っている。
『寺内貫太郎一家』との共通点は多いが、『リコリス・ピザ』に直接影響を与えたわけでは無く、同時代に作られた作品の根底にある父親像が鍵を握っている。
次はそこを詳しく観てみよう。
⑤『寺内貫太郎一家』と同時期の大ヒット映画『アメリカン・グラフィティ』との共通点と違い
『リコリス・ピザ』が直接影響を受けた作品はズバリ『アメリカン・グラフィティ』(1973年)。
後に『スター・ウォーズ』を作る脚本・監督のジョージ・ルーカス(1944年5月14日生れ)が大ヒットさせた初めての作品だ。
『アメリカン・グラフィティ』の舞台は、1962年のカリフォルニア州モデスト。
ジョージ・ルーカスの故郷である。
夏の一晩を描いた高校生達の群像劇である。
『アメリカン・グラフィティ』の主人公達は車で常に行動する。
『リコリス・ピザ』では、車内でアラナとゲイリー達の仲間と一緒にいる画面と重なる。
1962年と1973年の時代の風俗は違う。
大人になろうと必死にもがく年頃の雰囲気が共通していた。
その過程では、自分の親以外の大人から学ぶ必要がある。
父親はただの大きな壁で、自分をちっとも理解してくれない分からず屋のようだ。
きっと、親以外の大人が自分を本物の大人に救い上げてくれるに違いない。
アラナ・ケイン(アラナ・ハイム)はそう思い込んでいる。
『リコリス・ピザ』の中で『トコサンの橋』の監督レックス・ブラウと言う人物が登場する。
レックス・ブラウは直接のモデルは『トコリの橋』の監督マーク・ロブソン(1913~1978)だ。
『トコリの橋』は、朝鮮戦争下の横須賀基地を舞台にした戦争映画である。

(レックス・ブラウを演じるトム・ウェイツ イラストby龍女)
さて、レックス・ブラウのモデルは実は他にもいる。
筆者は、予告編の時に現役のある映画監督に見た目がよく似ていると思った。
トム・ウェイツだとすぐに認識できなかった。
それはロン・ハワード(1954年3月1日生れ)である。
いきなり、名前が出てきてだれ?と思うかもしれない。
実は『アメリカン・グラフィティ』の準主役を演じた子役出身の人物である。
主人公のゲイリー・ヴァレンタインのモデル、ゲーリー・カーツマンと同じく子役から裏方に転じた。
大人の男は、見た目が老けただけで中身はゲイリー・ヴァレンタインと大して変わらない。
ようやく親の存在が想像していたよりも、自分の将来を遮る高い壁では無い事に気づき始める。
『アメリカン・グラフィティ』の舞台の1962年のモデストは、田舎だ。
『リコリス・ピザ』の舞台1973年のサン・フェルナンドバレーと比べると働いている大人の数が圧倒的に少ない。
ジョージ・ルーカスの分身の高校生は、自分がなりたい大人の姿は、田舎には無かった。
一方、ポール・トーマス・アンダーソンの故郷、サンフェルナンド・バレーにはなりたい大人の姿があった。
しかし、その正体は大して年を重ねて思い出が増えただけで、中身はアラナ・ケインと大して変わらない。
『寺内貫太郎一家』の舞台の東京の下町も、近所に働く大人がいっぱいいる。
なりたい大人の姿もある。
しかし、周平(西城秀樹)の祖母のきんは
「ジュリー~~」
と中高生と変わらず当時のアイドルでもあったロック歌手の沢田研二が大好きである。

(『寺内貫太郎一家』の寺内貫太郎の母きんを演じる樹木希林 イラストby龍女)
大人と子供の世界は分断されているのではなく、地続きなのに気づいて、少しづつ大人になる。
『リコリス・ピザ』は、『アメリカン・グラフィティ』の要素に、舞台の1973年の空気が存在する大都市の郊外の様子が細かく描かれる。
図らずも同時代を描いていた『寺内貫太郎一家』の寺内周平目線を、『リコリス・ピザ』のアラナ・ケインで当てはめて読み解いてみた。
一致する事が多い事に改めて気づかされたのである。
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