今回のテーマは、映画『岸辺露伴 ルーヴルに行く』(5月26日公開)を取り上げる。

『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ、高橋一生主演『岸辺露伴...の画像はこちら >>

(荒木飛呂彦 イラストby龍女)

荒木飛呂彦(1960年6月7日生れ)の『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズのスピンオフである。

高橋一生主演でNHKでドラマ化されたシリーズの最新作は劇場版となった。

筆者はこれまで『岸辺露伴は動かない』シリーズは知っていたが、観ていなかった。

しかし、かつて美大を目指し挫折した筆者にとって
世界三大美術館(他はアメリカのニューヨークのメトロポリタン美術館、ロシアのサンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館)の中でも抜群の知名度を誇る
フランスはパリのルーヴル美術館は美の殿堂として一生に一度は訪れたい憧れの聖地なのである。

そこで撮影を許可された映画なのだから、観ない訳にはいかない。
筆者ははじめTOHOシネマズ立川立飛で観ようとしたが、上映時間に間に合わなかった。
夕方の16時前後の上映時間に間に合うように探していたら
TOHOシネマズ池袋に初めて行くことになった。

そこで観た感想は、最高!であった。
池袋は秋葉原に次ぐ、漫画・アニメ文化の聖地である
隣の高層ビル内にあるアニメイト池袋店で、早速荒木飛呂彦の原作単行本を購入した。

また日本の近代美術史で重要な拠点、池袋モンパルナスが近くにある。
結果的にここで観たことで、よりこの作品の素晴らしさを実感できた。

首都圏在住で、この映画をまだ観ていない人は
他にもグランドシネマサンシャイン池袋
あるいは美術館が近くに数多くあるTOHOシネマズ上野での鑑賞を強くオススメする。

この作品を面白いと感じるかどうか、美術ファンとしてのリテラシーが試される内容になっている。

筆者が面白いと思ったのは、絵を描いていて
美のリアリティの追求に苦しんだ経験があるからだ。

その事を次の頁では、ネタバレを含むプロットの紹介と
最後の頁では、同じテーマを描いた過去の名作の紹介をしながら、黒い絵って何が言いたいのか?
筆者なりの解釈を語ろう。
(※個人の見解です)
まずはシネマトゥデイからあらすじを引用 して、筆者の補足を加えて紹介する。

特殊能力を持つ、漫画家・岸辺露伴(高橋一生)は、青年時代に祖母(白石加代子)の元旅館の下宿で淡い思いを抱いた女性・奈々瀬(木村文乃)からこの世で「最も黒い絵」の噂を聞く。

それは最も黒く、そしてこの世で最も邪悪な絵だった。

時は経ち、新作執筆の過程で、その絵がルーヴル美術館に所蔵されていることを知った露伴は、編集者の泉京香(飯豊まりえ)を連れて取材とかつての微かな慕情のためにフランスを訪れる。
しかし、不思議なことに美術館職員エマ野口(美波)すら「黒い絵」の存在を知らず、データベースでヒットした保管場所は、今はもう使われていないはずの地下倉庫「Z-13 倉庫」だった。
そこで露伴は「黒い絵」が引き起こす恐ろしい出来事に対峙することとなる……。
岸辺露伴と泉京香がルーヴルへ行くまでの件だけ少し詳しく述べよう。
「黒い絵」とは、モリス・ルグラン作のキャンバス一杯に黒く塗られた絵画作品であった。

『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ、高橋一生主演『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は〇〇ファンとしてのリテラシーが試される内容!?

(『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の高橋一生 イラストby龍女)

岸辺露伴はリアリティを追求するために様々な場所で取材をする漫画家である。
漫画に限らず創作物は0から生み出すことはない。


取材のために仕事の相棒である編集者の泉京香と共に「黒い絵」が売り出された日本のオークションに参加し、落札した。
この時競り合っていたワタベ(池田良)とカワイ(前原滉)が邸宅まで追いかけてきて、強奪した。
ところが二人とも逃げている最中の山中で何者かに殺されてしまった。

黒い絵を取り戻した岸辺露伴は、黒地の中に巣が貼っている様子が描かれたその絵画を観て、ガッカリする。

かつて奈々瀬が言っていた「黒い絵」とは似ても似つかない内容だったからだ。
ただ、絵の勢いから分かることは
「この絵は黒い絵を写したモノだ。本物はルーヴルにある」

実はこの詳しい場面は、原作には出てこない。

『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ、高橋一生主演『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は〇〇ファンとしてのリテラシーが試される内容!?

(小林靖子 イラストby龍女)

脚色したのは小林靖子である。
脚色したNHK特集ドラマ『犬神家の一族』はすばらしかった。
(ドラマのあらすじと観る前の解説は2023年4月21日のコラムを参照
『犬神家の一族』は犬神佐兵衛が残した遺言状を元におぞましい殺人が繰り返されていく。
『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』ではそのアイテムが露伴の祖母がフランス人へ売ってしまった「黒い絵」にあたる。

実写化された時に、途中から出てきた編集者の泉京香を最初から相棒の設定に変更して、話のきっかけの相手役として本来の相手役であるジョジョ達の代わりを集約している。


ルーヴルは過去にモナリザ盗難事件もあった。
(盗難事件をモチーフにした作品が綾瀬はるか主演の『万能鑑定士Q -モナ・リザの瞳-』)
警護の観点からも限られた場所の撮影しか許可されない。
映画『岸辺露伴 ルーヴルに行く』に出てくる有名な作品は
ルーヴルの代名詞
レオナルド・ダヴィンチ(1452~1519)の『モナ・リザ』
彫刻はヘレニズム期(紀元前4世紀~1世紀)彫刻の代表作
『サモトラケのニケ』
が大々的に取り上げられている。
だからこの映画でルーヴル観光を期待するとガッカリするのは当然だ。

しかし許可が厳しいルーヴルの所蔵作品から、本編の伏線になりそうなモノを選んだはずだ…。
原作はそもそも何が言いたいのか?

筆者はズバリ「芸術至上主義」によって起る悲劇について描かれていると考えている。
まず岸辺露伴という主人公の名前から導き出される主人公像から考えてみよう。
日本文学をかじった人なら当然幸田露伴(1867~1947)を思い出すに違いない。

『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ、高橋一生主演『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は〇〇ファンとしてのリテラシーが試される内容!?

(幸田露伴 イラストby龍女)

国語の教科書で習う代表作は『五重塔』で
かつて谷中にあった天王寺の五重塔(1957消失)を作った二人の職人の葛藤を描いた
「芸術家の苦悩」を描いた日本の近代小説の元祖である。
『岸辺露伴 ルーヴルに行く』で、絵画作品以上に建物の描写に力を入れているのはそこだと考えられる。
ルーヴル美術館は王宮からフランス革命(1789年)で王侯貴族が去った後に市民に開放され美術館として今に至っている。

むしろ幸田露伴の功績は
娘幸田文(1904~1990)
孫青木玉(1929年11月30日生れ)
曾孫青木奈緒(1963年4月14日生れ)
の4代の文人一家の祖で、近代文学の基礎作りをした事だ。

だから、主人公岸辺露伴は漫画家と言うより
文人に近い。
しゃべり方が不自然なのも「書き言葉で喋る男」だからだ。

しかしそこに岸辺と言う名字を足したのは、秀逸である。
『ジョジョの奇妙な冒険』には、「スタンド」と呼ばれる特殊能力が存在し、原作の第3部の以降の主要登場人物はこのスタンドを持っている。
岸辺露伴のスタンドは、人間の過去の記憶が本となって読める
「ヘブンズ・ドア」である。
荒木飛呂彦本人は「岸辺」についてはなんとなく名づけたと言ったそうだが
岸辺とはあの世とこの世を繋ぐ場所を象徴する地形にはふさわしい。
あの世は実在すると言うより、人間の想像の中に存在する。
常に過去の記憶によって刻まれ、感情と結びついたモノが文字化することに着目しよう。

ちなみに岸辺露伴の相棒の編集者、泉京香の名前は
幻想文学の名手泉鏡花(1873~1939)が由来。
幸田露伴の6歳年下でほぼ同時代人である。

しかし、幸田露伴はまだ過渡期で、実は大正時代を代表する短編の名手
芥川龍之介(1892~1927)の書いた
映画の後半に明かされる黒い絵の因縁話に「地獄変」の方が、影響を与えているのではないか?
説話集『宇治拾遺物語』の「絵仏師良秀」を基に
「芸術の完成のためにはいかなる犠牲も厭わない」
を分かり易く描いた小説である。
絵師良秀は貴族の堀川の大殿(モデルは藤原基経)のために絵を描いていたが
性格が傲岸不遜で周囲からも嫌われる始末。

良秀の美しい娘は、大殿に気に入られ女房として奥に仕えるが、その事すら父の良秀は気に入らない。
ある時、地獄絵図を描くために大殿に相談した。
「燃え上がる牛車の中で焼け死ぬ女房の姿を描き加えたいが、描けない。
実際に車の中で女が焼け死ぬ光景を見たい」
数日後、大殿が用意した
火にかけられる牛車には良秀の娘が乗せられていた。
その場は顔をまんじりともせず、絵を描き上げた良秀だが
絵を納めた数日後自殺した。
と言う恐ろしいお話である。

『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ、高橋一生主演『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は〇〇ファンとしてのリテラシーが試される内容!?

(芥川龍之介 イラストby龍女)

これは『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』では、「黒い絵」の作者、山村仁左衛門とその妻・奈々瀬の悲劇に置きかけられて、江戸時代後期の日本の歴史を背景として描かれている。
これも、歴史を知らないと、
「江戸パートいらないでしょ?」
となってしまうが、山村仁左衛門は何故地元のご神木の樹液で黒い絵を描くというタブーを犯してまで絵を描きたかったか?
理由が分からないだろう。

しかしその必然はある。
ヒントは本編の中で、黒い絵を模写したモリス・ルグラン(アルセーヌ・ルパンシリーズン作者モリス・ルブランのもじり)が、贋作を作る目的でもう一作品写していた。
その名は、フェルメール。
モリスの黒い絵を狙っていたワタベとカワイは、そのキャンバスの裏に木枠をハズした布地の本物のフェルメールの絵を高く売ろうとしていた。

岸辺露伴を追いかけた動機はそこにあった。
ヨハネス・フェルメール(1632~1675)本名ヤン・ファン・デル・メール・ファン・デルフト。
オランダで陶器が有名な都市デルフトで生れ、そこで死んだとされる。
43年の短い生涯で、現存が確実な作品は37点と言われる。
もし新たに真作が見つかれば、オークションで億は超えるであろうとされる画家である。
フェルメールの作品は、第二次大戦時にはメーヘレン事件で多くの贋作のネタ元になった。

このフェルメールの代表作が
『真珠の耳飾りの少女』(青いターバンの女)マウリッツハイス美術館所蔵である。

今回、イラストを描いていて気がついた。
パンフレットから引用した泉京香のポーズが『真珠の耳飾りの少女』にそっくり。

『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ、高橋一生主演『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は〇〇ファンとしてのリテラシーが試される内容!?

(泉京香に扮する飯豊まりえ イラストby龍女)

ちなみにこの名画の別名が北欧のモナ・リザである。

ルーヴルが所有しているのは、『天文学者』(1668)と『レースを編む女』(1669~1670)の2点である。

ルーヴル所蔵の『天文学者』には、日本から輸入された着物をガウンのように着ている天文学者が描かれている。
江戸時代、西欧各国で唯一日本と直接貿易の関係にあったのが
通称オランダことネーデルランド連邦共和国(1581~1795当時。1830年からネーデルラント王国)であった。

「黒い絵」の作者、山村仁左衛門は当時日本にあった様々な流派の絵画を柔軟に取り入れていたが、特に心酔していた画法が「蘭画」と呼ばれる西洋の陰影を付けたモノだ。
つまり、山村仁左衛門が描いた「黒い絵」は、水墨画とは違う顔料で描いた西洋画風のモノである。
しかし、この時代に抽象画というモノはない。
だから、画題が具体的に何かを描いたモノになる。
恐らく山村仁左衛門は18世紀の江戸後期の人のハズだから、ルネサンス以降の西洋画法を輸入された油絵か、銅版画を集めた書籍で知っていたはずだ。
岸辺露伴が観た「黒い絵」の本物は、奈々瀬が黒い髪を振り乱して、鑑賞者を絵の中へ誘いこうでいるような不気味な構図であった。

『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ、高橋一生主演『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は〇〇ファンとしてのリテラシーが試される内容!?

(奈々瀬に扮する木村文乃 イラストby龍女)

実はあの『モナ・リザ』を観ているとどこの場所からもモナリザに見つめられられた錯覚をする。
山村仁左衛門が描いた黒い絵はいわば日本のモナ・リザがあったらこういう絵ではないかと生み出されたフィクションである。

さて視点を映画本編から、現実に変えよう。
何故ルーヴル美術館は「美の殿堂」なのだろう?

さっきあげた名品を作られた年代を古い順に並べてみよう
『サモトラケのニケ』
『モナ・リザ』
『天文学者』
『レースを編む女』

どれもフランス人が作ったモノではない。
フランス革命以前は、王侯貴族が購入し寄贈されたもの。
『サモトラケのニケ』は1863年にギリシャのサモトラケ島(現在のサモトラキ島)で発見された。

『モナ・リザ』は1911年8月21日に盗難事件があった。
2年後に発見されたが犯人はイタリア人ビンセンツォ・ペルージャで、愛国者で作品はイタリアで展示されるべきモノだという動機だったが、返却された。
フランスにあるのはレオナルド・ダ・ヴィンチが晩年までずっと持っていたからだ。
最後のパトロンがフランス国王フランソワ1世(1494~1547)だった。
ルイ14世が1682年にベルサイユ宮殿に遷宮するまで歴代の王宮があった場所が、ル-ヴル美術館の前身である。

しかし、所蔵品の内、ナポレオン戦争時の略奪品、例えば古代エジプトの宝物は、エジプト政府から返却の訴えなどもあって、一部が返却され今も交渉中だ。

『岸辺露伴 ルーヴルに行く』に登場する「黒い絵」どころの話では無い。
ルーヴルは芸術至上主義の名の下に、世界各地から集められた歴史的なお宝は数多くの人々の心に傷跡を残した。
美に関する葛藤は、個人にも国家にも問題が多すぎて難しい。

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