『大名倒産』公開記念、お金にまつわる時代劇特集である。
(『大名倒産』予告編)
時代劇と言えば、多くは江戸時代を舞台にしている。
公開当時の時事問題を反映しているジャンルでもある。
この映画は、ベストセラー作家でもある浅田次郎(1951年12月13日生れ)によって2019年に単行本化された小説が原作である。
幕末を舞台にしているが、話自体はフィクションだ。
しかし、実際に借金に苦しんでいた藩は多くありそれを反映した内容になっているようだ。
越後丹生山藩は三万石と目されていたが、実際は25万両も抱えた大借金があり破産寸前。
家督を継ぐはずの長兄が急逝した。
庶子である四男の小四郎(神木隆之介)が十三代目和泉守を継ぐことに。
すでに隠居の身の十二代目の父(佐藤浩市)は、計画倒産を成し遂げた暁に小四郎に腹を切ってもらうため、理不尽な理由で家督を譲った…。
時代劇ものの定番に、『御落胤(ごらくいん)』モノと言うのがある。
これは、殿様が庶民の女にお手をつけて生れた男の子(これを御落胤という)が異母兄弟が死んで跡継ぎに担ぎ出されて、騒動が起きるというパターンである。
このジャンルは歌舞伎が生れた江戸時代から人気の内容(代表的な演目が吉宗の御落胤を名乗った『天一坊事件』を元にしたモノ)だ。
この『大名倒産』は、時代劇の定番『御落胤』モノと、近年10年以上需要がある経済ものを組み合わせた筆者も興味深い内容となっている。
まだ観ていないので出来はどうか分からないが、近年の時代劇映画は作品の内容の幅が広くなっているのでそれなりに期待はしている。
さて、これまでもお金をテーマにした時代劇は制作され続けてきた。
特にある作品がヒットしたことが今回の『大名倒産』に繋がっているので、次の頁ではその作品について詳しく解説していこう。
この映画は、新潮新書から出された
歴史学者磯田道史 (1970年12月24日生れ)が書いた一般向けの教養書
『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』が原作だ。
(歴史学者・磯田道史 イラストby龍女)
内容は、幕末に加賀藩の御算用者(会計係)を務めた猪山直之と成之親子を描いた。
2001年に神田神保町の古書街で、猪山家の文書を入手した磯田道史がそれを分析した。
これを映画にするに当たっては、時代劇が得意な
柏田道夫(1953年生れ)が脚色した。
筆者は書き手としての修行をシナリオスクールである「シナリオ・センター」でやっていた。
特に小説講座の講師として教わったこともあるので面識がある。
イラストは、イヤミスの女王と呼ばれるベストセラー小説家湊かなえも脚本家から出発した事を指摘しているシナリオ・センターの対談から引用した。

(シナリオ・センターのHPより引用。柏田道夫 イラストby龍女)
さて、映画用に2時間あまりの長さにするためにした工夫として猪山親子のどっちを主役にするかの取捨選択が行われた。
製作配給会社の一つが、ホームドラマを得意とする松竹だったこともあり、人生のドラマ性では地味な父親の直之が選ばれたようだ。
直之役には、既に主演映画が数本公開されていた堺雅人(1973年10月14日生れ)が選ばれた。
似た職業の銀行員を演じたTBS日曜劇場『半沢直樹』(2013年)が大ヒットする前、2010年の出来事である。
息子の成之の回想という形で、シナリオは構成されている。
軸となる話は、三代にわたる親子の葛藤である。
直之の父の信之は、中村雅俊(1951年2月1日生れ)が演じた。
堺雅人は団塊ジュニア世代、中村雅俊はポスト団塊世代のシラケ世代であるが、親子の年の差としては、違和感はあまりない。
中村雅俊は、この作品の監督の森田芳光(1950~2011)の代表作『家族ゲーム』(1983)の主役で団塊世代の松田優作(1949~1989)と同じ文学座養成所出身の後輩にあたる。
妻の常を演じたのは松坂慶子(1952年7月20日生れ)だ。
2人の夫婦役は、大河ドラマ『春の波涛』(1984年)の川上貞奴(松坂慶子)と川上音二郎(中村雅俊)以来と思われる。
主役の堺雅人が団塊ジュニア世代なのは、この映画の重要な配役のポイントになっている。
この世代からゆとり世代直前(1982年生れ)までは実は就職活動時期に苦労している。
大卒者は就職氷河期にモロにぶつかっていたからだ。
特に、堺雅人の生れた1973年は団塊ジュニアのピークである。
就職するために資格取得などスキルを上げることに躍起になった。
サムライといえども刀ではなく、算盤を技術として身につけなければ生き残ることが出来ないという主人公の設定に圧倒的なリアリティが加味されたのである。
イラストに採用したのは、息子の成之の4歳のお祝いに鯛でご馳走するところを絵を描いて節約した場面である。

(『武士の家計簿』より1シーン。 イラストby龍女)
この映画はスマッシュヒットとなり、監督の森田芳光にとっては、黒澤明の名作に挑んだ『椿三十郎』(2007)の興行的な失敗を取り返した結果となった。
脚本家の柏田道夫にとっても代表作となり、同じ加賀藩が舞台の台所方を主人公にしたオリジナル脚本の『武士の献立』にも起用された。
江戸時代の経営コンサルトとして再評価が進んでいる二宮尊徳(1787~1856。幼名の方が有名)を主人公にした独立系の映画で五十嵐匠監督の
『二宮金次郎』(2019)の脚本も手がけている。
二宮尊徳役は、TBSの時代劇『水戸黄門』で5代目格さんを演じた合田雅吏(1970年1月9日生れ)である。
堺雅人と同じ、早稲田大学出身(ただし、堺雅人の方は中退)で団塊ジュニア世代も共通している。
『二宮金次郎』のDVDは法人向けのテキストとして高額で販売されている。
筆者としては、以前から観たかったのにまだ観ていないので、是非個人向けにも一般用の販売価格で欲しい。
『武士の家計簿』のヒットで、原作者の歴史学者・磯田道史が映像業界で注目されるようになる。
磯田道史本人も、NHK BSの歴史番組『英雄たちの選択』(2013年5月~)の司会者に抜擢されただけではない。
松竹は2016年に創業120周年記念映画として、磯田道史の別の著書『無私の日本人』で取り上げた人物の一人
仙台藩に実在した商人穀田屋十三郎を主人公とした
『殿、利息でござる』(脚本・監督は中村義洋)を製作した。
主人公の穀田屋十三郎は、阿部サダヲ(1970年4月23日生れ)が演じた。
阿部サダヲも団塊ジュニア世代であるのは偶然ではない。
破産寸前の宿場町吉岡宿を街の人々が知恵を絞って救った物語である。

(『殿、利息でござる!』より寛永通宝 イラストby龍女)
しかし、この手のお金に困った人を描いた時代劇で最高傑作と言える作品は2014年に公開されたあの作品を置いて他にないであろう…
2014年に公開された『超高速!参勤交代』は、新人脚本家の登竜門で映画に特化した
『城戸賞』を2011年の第37回に審査員の満場一致で受賞したコメディである。
書いたのは土橋章宏(1969年12月19日生れ)である。
筆者は、本人がシナリオ・センターの記念パーティーで壇上に立って話をしているのを見かけたことがある。
まだ日本では映像配信が盛んでない頃に、
これからは配信のドラマ映画にシナリオライターは進出した方が良い
と語っていた。
筆者は、土橋章宏が習っていたゼミの後輩であるが入った時期が大幅にずれているので、少し見かけた程度の面識である。
噂はかねがね聞いていたが、どういう経歴かはよく知らなかった。
日立製作所から独立してWeb制作会社を立ち上げた経験から来る発言だったようだ。
時代の先を見据えていたので、筆者はそれを聞いてスゴいと思った。

(土橋章宏 イラストby龍女)
八代将軍徳川吉宗の時代に、今の福島県いわき市(2006年の映画『フラガール』の舞台でもある)にあたる小藩
湯長谷藩の内藤政醇(まさあつ。演じるのは佐々木蔵之介)は、参勤交代で江戸から地元に帰ったばかり。
ところが老中の松平信祝(のぶとき。陣内孝則)が湯長谷にある金山の調査結果に疑いがあるので、事情説明のため「5日のうちに再び参勤せよ」という命令だった。
タイムリミットの5日間でどうやって、江戸に到着するか?
家臣達と知恵を絞って、ただでさえ金銭の負担が多い参勤交代を果たすのか?
と言う痛快コメディとなっている。
筆者は映画館で鑑賞した時に、銭勘定にうるさい家老の相馬兼嗣(そうまかねつぐ。西村まさ彦)が井戸に落ちて、一行とはぐれてしまいボロボロになった姿で現れて幽霊と間違えられる件で、腹を抱えて笑った。
この映画の中でどうやって、ワル老中からの無茶ぶりを小藩の殿と家臣達が切り抜けていったかは是非映画本編を見て欲しい。
2010年代を代表する傑作時代劇である。
参勤交代は、江戸から地元に戻る「交代」もある。
続編の『超高速!参勤交代リターンズ』(2016)と合わせて見ると、参勤交代がなんであるか分かる仕組みにもなっている。

(『超高速!参勤交代』より 内藤政醇役の佐々木蔵之介 イラストby龍女)
ちなみに悪役の老中、松平信祝は筆者の地元である東村山に縁がある。
玉川上水の分水の野火止用水を作った三代将軍家光の老中松平信綱の子孫だ。
菩提寺の埼玉県新座市野火止の平林寺に代々の墓の中にいる。
東村山にある国宝の建物正福寺に、松平信祝が奉納した灯籠もある。
さてこの『超高速!参勤交代』のヒットで味を占めた松竹はNHKプレミアムのBS時代劇の枠で、浅田次郎原作の参勤交代モノ『一路』(2015)を制作した。
主役の永山絢斗が薬物違反で逮捕されたため配信で今すぐに観る機会がないが、もし観られるようになったら、覚えて欲しい作品名である。
日本は未だにバブル崩壊から根本的に経済が回復したとは言えない状況である。
『武士の家計簿』の磯田道史以外にも、江戸時代のお金事情に注目した別の歴史学者の一般向け教養書を原作にあの時代劇の定番作品が復活を遂げたのだ…。
『決算!忠臣蔵』は東京大学史料編纂所教授だった
山本博文(1957~2020)の著書
『「忠臣蔵」の決算書』(2012年、新潮新書)が原作である。
忠臣蔵の主人公で赤穂藩の家老大石内蔵助良雄(1659~1703)が遺した「決算書」史料「預置候金銀請払帳」を完全収録した。
史料から「忠臣蔵」の裏側に迫っていく。
赤穂藩藩主・浅野内匠頭長矩が吉良上野介義央に刃傷に及んだ「松の廊下事件」により即日切腹と、五代将軍徳川綱吉から裁定が下された。
それを不服として、改易された播州赤穂藩の元藩士の47人が江戸本所にある吉良家の屋敷に討ち入るまでの一連の事件が元になって、何度も舞台や映像化されたのが「忠臣蔵」と呼ばれる時代劇の一大ジャンルだ。
当初は、主君の仇を討つ忠義な家臣の物語として伝えられてきた。
近年では時代劇のオールスターキャストにふさわしい演目なので予算がかかること。
加えて上司に忠実な部下の鏡という世界観は、転職が当たり前になった今の日本にそぐわない。
映像化されることが少なくなったジャンルでもある。
しかし、この史料がでたことで、今の日本人のお金に対する意識の変化
「難しい問題はお金で解決すれば良いんじゃない?」
と言うことで忠臣蔵を再解釈できる題材を見つけた。

(『決算!忠臣蔵』より 大石内蔵助:堤真一と矢頭長助:岡村隆史 イラストby龍女)
と言うわけでこの映画の世界観を支配する副主人公として、勘定方の矢頭長助(岡村隆史)が活躍することになる。
さて最新作の『大名倒産』公開記念として、お金に困る時代劇映画を一部であるが取り上げてみた。
この作品群の共通点としては、メジャーの映画配給会社として、松竹が手がけたことが重要なことである。
直接作品群には関わっていないが、松竹が誇る社員監督山田洋次(1931年9月30日生れ)が、経済哲学のマルクス主義者である事と決して無関係ではない。
持たざる者がどうやってお金をやりくりしていくか?
お金は汚い綺麗もないただの道具であるが、人を狂わせる恐ろしい道具でもある。
それを使う人間の使い方に対する倫理観が問われる。
しかし、山田洋次に反発する後の世代もいて、代表格が津川雅彦(1940~2018)である。
「武士をだらしなく描いた左翼。山田のせいで日本映画はだめになった」
と非難している。
武士をどう描くか?
それは日本人の誇りとして気高く描くべきであろうか?
右翼は日本人の誇りを外国人をさげすむ目的に描きがちではないか?
という左翼側の反発も存在する。
皮肉なことに「お金で全て解決する」と思っている普通の日本人は昭和の右翼とは違うネトウヨと呼ばれる一部の傾向が観られている。
つまり、お金で武士を描いた時代劇は、ネット中心の日本社会を反映した今観るべき作品群なのである。
『武士の家計簿』の頃はインターネットを活用し始めた団塊ジュニア世代の俳優が主役だった。
生れて物心ついた頃にはネットが存在したデジタルネイティブと呼ばれる世代の
神木隆之介(1993年5月19日生れ)が主役の『大名倒産』は、お金事情を描いた時代劇映画の最新型として、どう描かれるのか?
筆者も映画に登場するような節約のために数日後(映画鑑賞料金の割引が利く火曜か水曜)に映画館へ行くので、非常に楽しみにしている。
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