美しいグラフィックで描かれる、独特の透明感に包まれた世界で、大鷲トリコと少年が冒険をするPlayStation 4(以下、PS4)向けアクションアドベンチャーゲーム『人喰いの大鷲トリコ』。名作『ICO』と『ワンダと巨像』を手がけた上田文人氏が、監督・ゲームデザインを務めた新たな作品です。
インサイドとGame*Spark編集部は、長い制作期間を終えた上田文人氏に発売後のインタビューを行い、本作に詰め込んだ深いこだわりや、ゲームデザインのビジョン、そして制作中の苦心まで、胸の内を語ってもらいました。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
──まずは、発売を迎えての今の率直なお気持ちは?
上田文人氏(以下 上田): 『人喰いの大鷲トリコ』の発売から半月以上たちましたが、ようやく実感が湧いてきたところです。
──プレイしたユーザーの反応をどう見られていますか?
上田: プレイヤーからのリアクションとして、「トリコが穴に頭を突っ込んでひっかかっている様子が可愛い」という声が新鮮でした。自分を含めスタッフは制作期間が長かったこともあり、そういったトリコのリアクションへの新鮮味はなくなっていましたので。
──『人喰いの大鷲トリコ』は、いつ、どのような企画として制作がスタートしたのでしょうか?
上田: PlayStation 2用ソフトウェア『ワンダと巨像』の制作が終わり、PlayStation 3(以下、PS3)の市場がまだ小さい状況で『人喰いの大鷲トリコ』の制作はスタートしました。『ICO』は、僕自身が欲しいと思うゲームを作りましたが、ビジネス的には決して大成功というわけではなかったので、もう少しコアなゲームプレイヤーに向けた作品として『ワンダと巨像』を作りました。そこで次は、原点回帰じゃないですが、それほど大きくないマーケットでもプレイヤーの心に深く刺さるようなタイトルを作りたいと思ったんです。
──プラットフォームをPS3からPS4に移行されるという決断は厳しいものでしたか。
上田: 一番厳しい決断でしたね。もともと制作期間を短くするための企画だったのに、その時点で十分すぎるほど時間をかけてしまっていたので、プラットフォームの移行による更なる制作期間の延長で自分も含め、制作スタッフのモチベーションがもつのかという不安はありました。
──その際、ゲームの仕様は変わりましたか。
上田: ゲームの内容は変えませんでした。プラットフォームの移行に伴うトリコの挙動やアニメーションの変更については想定内の苦労だったのですが、環境構築やエンジンの制作などゲームのベースの部分はとても大変で、ゲームデザイナーとしては解決しづらい部分ということもあり、不安やストレスがありました。
──長い間、制作のモチベーションを維持できた要因はなんですか。
上田: 『ICO』や『ワンダと巨像』も、制作中に同じようにつらい時期がありましたが、出来上がってきたものが想定以上に良かったことが、モチベーションを上げる要素として存在していました。『人喰いの大鷲トリコ』の場合は、クリエイティブな部分の進捗がなかなか思い通りに進まない状況が長くあったのですが、PS3でHDリマスターされた『ICO』と『ワンダと巨像』の評判がとてもよくて、スタッフを含めてとても勇気づけられました。また、本作の発表に対して大きなリアクションがあったのもうれしかったです。
──PS4のプラットフォームになったことで、よかった点はありますか。
上田: 一番は処理能力が上がった点です。根幹のゲームデザインは変えていませんが、当初PS3で想定していたビジュアルよりも細かなディティールが表現できるようになりました。特に背景への恩恵が大きくて、もともと大きくリソースをさいていたトリコに加え、PS4の性能によって背景を細かく描写できるようになりましたね。
──あらためて、『人喰いの大鷲トリコ』の原点となるアイディアやコンセプトを教えてください。
上田: AIキャラクターとコミュニケーションをとるというのは一貫したコンセプトでした。『ICO』と『ワンダと巨像」では制作に時間がかかったので、今作は技術的なチャレンジは少なくしつつも、プレイヤーによろこんでもらえるものにするため、ゲーム内の演出やチューニングに時間をかけられたら、と考えました。また、大きなものと小さなものの対比はビジュアル的なおもしろさもありますが、プレイヤーキャラクターは小さく、一方、トリコは巨大なので、接触した場合にも相互作用をあまり考慮せず、小さなものは大きなものに従う挙動となるため、コスト面でも作りやすい企画になるのではと考えました。
──生物としてトリコのデザインのルーツはなんですか。
上田: まず、ゲームっぽくないキャラクターにしたいと思いました。ドラゴンや恐竜のようなファンタジー世界ではおなじみの生き物だと、プレイヤーにとって意外性がないので。現実の世界にいて普段から触れている犬や猫、鳥を取り込むことで意外性を出すことができ、最終的にはビジュアルとしておもしろいものになるかなと考えました。
──トリコのことを「可愛い」と言うユーザーが多くいますが、上田さん自身のこだわりはありましたか。
上田: トリコは初見だと少し怖い印象を与えるかもしれませんが、プレイしている中で徐々に感じ方が変わっていってほしいという思いはありました。デザインにあたって動物の資料や動画も見ましたが、基本となるしぐさは、自身の幼い頃からの記憶を辿って作ることが多かったですね。身体的には猫のようなしなやかさを持っていますが、ちょっとした動きは犬や他の動物に似ているところもあります。頭を突っ込んだり、寝たりという動作はゲームの進行にはあまり関係ないアクションなので普通はあまりリソースをさきませんが、本作では生き物をリアルに感じさせる、というテーマがあるので、しっかり作り込んでいます。
──トリコが行うさまざまな動きのなかでも、トリコが泳ぐのはとても印象的でした。
上田: ゲームを実際に制作する前に、自分たちが表現したいシーンを詰め合わせ、目指すものを共有する「パイロットムービー」を作成します。そのなかで、トリコが泳ぐシーンはどうしても外せない場面でした。
──架空の生物であるトリコのAIを制作するのは大変でしたか。
上田: AI自体はあまり難しいことをしていないのですが、大変だったのは、AIで判断した結果をいかに巨大な生物の挙動として破綻なく再現するかということです。それに付随して、狭い空間を移動させるのも苦労しました。
──『人喰いの大鷲トリコ』のゲームプレイに関するこだわりはなんですか。
上田: トリコという生き物の存在感を感じてほしいですね。架空の世界で本当に生きているように感じられることを意識して制作しています。誤解を恐れずにいえば、あまり”ゲーム”を作っている感覚はありませんでした。架空の世界で架空の生物と触れ合って一緒に冒険をしてほしいという思いがあり、ゲーム的な駆け引きよりも“体験“を重視していました。
──プレイしていると、お互いに必要であることを感じられる作りになっていましたが、そうした心理は想定されていたのでしょうか。
上田: 少年に攻撃能力を持たせて一緒に戦うことも考えましたが、そうするとお互いに必要な存在であるというテーマがぼけてしまいます。そこで、ゲーム的な爽快感は減ってしまうかもしれませんが、ゲームのコンセプトに沿わせるため少年には戦う能力を入れませんでした。
※次ページ: 上田文人氏の世界観はどのようにして作られるのか。
──明確なストーリーを描いてないのには、理由がありますか。
上田: 2つ理由があります。ひとつは、細かい設定を伝えることに終始してしまうとカットシーンやテキストが増えてしまうのでそれを避けたい。もうひとつは、自分自身が俳句や短歌のような表現が好きということです。季語はそれ自体の意味にくわえ、受け取る側の経験や記憶によっていろいろなことを想像させます。ゲームのなかでもストーリーをそのように受け取ってもらえればいいなと思っています。
──本作のカメラワークについて、絶妙な構図から見られることが多かったのですが、上田さんが意図されたものだったのでしょうか。
上田: 決まった構図で見せたいという気持ちはありますが、ゲームプレイのなかで自然にそのようなビジュアルになってくれればいいな、という思いがありました。通常のゲームの場合、カットシーンはカメラマンの役割を担うスタッフがいるのですが、トリコの場合は「少年なめのトリコ」や「背景なめのトリコ」など、どこに少年やトリコがいても、プログラムで画になるように生成しています。
──エリアを作るのは大変でしたか。
上田: 過去作品のなかで、『ICO』は無駄な場所がない閉鎖空間で行うパズルだったため、エリアを作ることへの苦労はありませんでした。『人喰いの大鷲トリコ』では、僕自身がゲームプレイのなかでの移動にあまり意味を見い出せない時期でもあったため、それならば無駄な移動は極力少なくしようと思い、エリアデザインをしていました。小さな少年の細かな移動と、トリコの巨大さを利用したダイナミックな移動との対比を印象的に見せたいという狙いもありました。
──対比構造はエリアデザインにも反映されていますか。
上田: はい。最も意識したのは、巨大な生物に合わせたレベル設計ではなく、そこに存在していたのは人間なので建造物も人間サイズである点です。そうした空間を作ることで、巨大なものが移動する爽快感やスケール感が出るかなと考えました。
──谷が舞台だったので、風の表現がとても豊かなのが印象的でした。
上田: 風については、本作で押さえておきたいポイントのひとつでした。風が単に吹いているというのではなく、気持ち良い風をプレイヤーに感じられるようなものにするために、実はかなり複雑な計算をして作っています。
──音楽へのこだわりはありますか。
上田: 『ICO』のときはあまりゲームっぽくないものにしたかったので、当時のゲーム音楽にはまだ珍しかったコーラスを使いました。『ワンダと巨像』では、民族楽器などを取り入れた無国籍な世界になじむような音楽を使用しています。『人喰いの大鷲トリコ』では、少年と動物という直球でわかりやすいテーマだったので、音楽でそのあたりを強くアピールしてしまうと表現的にありきたりなものになってしまうと思いました。そのため、本作では盛り上げるというより抑えの効いた控えめな音楽を意識しています。
──ところで、上田さんは創作を行う上で、普段どのような物事からインスピレーションを受けたり、インプットをされているのでしょうか。例えば、映画ですとか。
上田: おそらく、僕はみなさんが思われているイメージとは少しちがっていると感じていて、本当に”普通”です。もちろん映画やテレビも観ますが、普段の生活にある身近なものを見たり聞いたりして、それらごく普通のものを分け隔てなく組み合わせられることが自分の得意とする部分だと思っています。
──作品の美しい世界観について、なにか原体験があるのでしょうか。
上田: 世界観や雰囲気の作り方についてはよく質問されますが、自分はあまりわかっていません。ゲームなので、まずはルールやデザインがあり、ハードの表現力があって、そのなかで最適なものを選択していった結果、そういう雰囲気、世界観になるというのが正直なところです。
──具体的にはどのように作られているのでしょうか。
上田: 例えば、霧がかった風景は遠くを見せないための苦肉の策、廃墟という舞台は必要な場所に階段を設置したり壁を壊して光を差し込ませてプレイヤーを誘導する、といったレベルデザインとしての自由度の高さから選択しています。ゲームの制作は、クリエイターが自由に世界を表現できるものではなく、技術的な制約や、ハードのスペック、スタッフの能力など、そういった既に決まったパズルのピースの形があり、それをビデオゲームという枠のなかにはめていくようなものなのです。そのため、どこかに柔軟性があるピースがないと枠のなかにはぴったりとはまりません。自分にとっては柔軟性があるピースが、世界観やゲームの設定部分にあたります。世界観やストーリーからスタートすると思われがちですが、実はどちらも最後に作っています。そうしないとうまく枠にはまらず完成度の高いものにはならないと思っています。
──上田さんが設立したスタジオ「gen DESIGN(ジェン・デザイン)」について教えてください。
上田: 設立した目的としては、よりクリエイティブに集中し、いろいろなことにチャレンジしていきたいという思いからです。また、『人喰いの大鷲トリコ』規模のタイトルでは数十人から百人以上のスタッフが必要となるため、どうしてもフットワークが鈍くなってしまいます。それを避けるため制作部隊とクリエイティブを分けたかったんです。新スタジオではこれまで一緒に長くやってきたスタッフもいるので、意思の疎通がスムーズにできるのもメリットです。
──『人喰いの大鷲トリコ』の制作を終えて、今後の計画や目標はありますか。
上田: 『人喰いの大鷲トリコ』を作っているなかで、こういうゲームを遊びたい、作りたいというのはありました。ただ、『人喰いの大鷲トリコ』を生み出すのに苦労したこともあり、すぐに次、とは考えていません。ゲーム制作というのは多くの人たちの人生を巻き込むものなので、今あるアイデアを、その覚悟を持ってしても作ろう、作りたいという状態まで育てている状況です。
もちろん、次はそんなに時間をかけずに作れればと思っています。
──ファンも上田さんのこれからに期待していると思います。本日はありがとうございました。
(C)2016 Sony Interactive Entertainment Inc.
本作が正式発表されたのは、実に7年以上前。数々の苦難を乗り越えて、2016年12月、とうとうユーザーの手に届けられました。
インサイドとGame*Spark編集部は、長い制作期間を終えた上田文人氏に発売後のインタビューを行い、本作に詰め込んだ深いこだわりや、ゲームデザインのビジョン、そして制作中の苦心まで、胸の内を語ってもらいました。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
──まずは、発売を迎えての今の率直なお気持ちは?
上田文人氏(以下 上田): 『人喰いの大鷲トリコ』の発売から半月以上たちましたが、ようやく実感が湧いてきたところです。
──プレイしたユーザーの反応をどう見られていますか?
上田: プレイヤーからのリアクションとして、「トリコが穴に頭を突っ込んでひっかかっている様子が可愛い」という声が新鮮でした。自分を含めスタッフは制作期間が長かったこともあり、そういったトリコのリアクションへの新鮮味はなくなっていましたので。
──『人喰いの大鷲トリコ』は、いつ、どのような企画として制作がスタートしたのでしょうか?
上田: PlayStation 2用ソフトウェア『ワンダと巨像』の制作が終わり、PlayStation 3(以下、PS3)の市場がまだ小さい状況で『人喰いの大鷲トリコ』の制作はスタートしました。『ICO』は、僕自身が欲しいと思うゲームを作りましたが、ビジネス的には決して大成功というわけではなかったので、もう少しコアなゲームプレイヤーに向けた作品として『ワンダと巨像』を作りました。そこで次は、原点回帰じゃないですが、それほど大きくないマーケットでもプレイヤーの心に深く刺さるようなタイトルを作りたいと思ったんです。
──プラットフォームをPS3からPS4に移行されるという決断は厳しいものでしたか。
上田: 一番厳しい決断でしたね。もともと制作期間を短くするための企画だったのに、その時点で十分すぎるほど時間をかけてしまっていたので、プラットフォームの移行による更なる制作期間の延長で自分も含め、制作スタッフのモチベーションがもつのかという不安はありました。
──その際、ゲームの仕様は変わりましたか。
上田: ゲームの内容は変えませんでした。プラットフォームの移行に伴うトリコの挙動やアニメーションの変更については想定内の苦労だったのですが、環境構築やエンジンの制作などゲームのベースの部分はとても大変で、ゲームデザイナーとしては解決しづらい部分ということもあり、不安やストレスがありました。
──長い間、制作のモチベーションを維持できた要因はなんですか。
上田: 『ICO』や『ワンダと巨像』も、制作中に同じようにつらい時期がありましたが、出来上がってきたものが想定以上に良かったことが、モチベーションを上げる要素として存在していました。『人喰いの大鷲トリコ』の場合は、クリエイティブな部分の進捗がなかなか思い通りに進まない状況が長くあったのですが、PS3でHDリマスターされた『ICO』と『ワンダと巨像』の評判がとてもよくて、スタッフを含めてとても勇気づけられました。また、本作の発表に対して大きなリアクションがあったのもうれしかったです。
──PS4のプラットフォームになったことで、よかった点はありますか。
上田: 一番は処理能力が上がった点です。根幹のゲームデザインは変えていませんが、当初PS3で想定していたビジュアルよりも細かなディティールが表現できるようになりました。特に背景への恩恵が大きくて、もともと大きくリソースをさいていたトリコに加え、PS4の性能によって背景を細かく描写できるようになりましたね。
──あらためて、『人喰いの大鷲トリコ』の原点となるアイディアやコンセプトを教えてください。
上田: AIキャラクターとコミュニケーションをとるというのは一貫したコンセプトでした。『ICO』と『ワンダと巨像」では制作に時間がかかったので、今作は技術的なチャレンジは少なくしつつも、プレイヤーによろこんでもらえるものにするため、ゲーム内の演出やチューニングに時間をかけられたら、と考えました。また、大きなものと小さなものの対比はビジュアル的なおもしろさもありますが、プレイヤーキャラクターは小さく、一方、トリコは巨大なので、接触した場合にも相互作用をあまり考慮せず、小さなものは大きなものに従う挙動となるため、コスト面でも作りやすい企画になるのではと考えました。
──生物としてトリコのデザインのルーツはなんですか。
上田: まず、ゲームっぽくないキャラクターにしたいと思いました。ドラゴンや恐竜のようなファンタジー世界ではおなじみの生き物だと、プレイヤーにとって意外性がないので。現実の世界にいて普段から触れている犬や猫、鳥を取り込むことで意外性を出すことができ、最終的にはビジュアルとしておもしろいものになるかなと考えました。
──トリコのことを「可愛い」と言うユーザーが多くいますが、上田さん自身のこだわりはありましたか。
上田: トリコは初見だと少し怖い印象を与えるかもしれませんが、プレイしている中で徐々に感じ方が変わっていってほしいという思いはありました。デザインにあたって動物の資料や動画も見ましたが、基本となるしぐさは、自身の幼い頃からの記憶を辿って作ることが多かったですね。身体的には猫のようなしなやかさを持っていますが、ちょっとした動きは犬や他の動物に似ているところもあります。頭を突っ込んだり、寝たりという動作はゲームの進行にはあまり関係ないアクションなので普通はあまりリソースをさきませんが、本作では生き物をリアルに感じさせる、というテーマがあるので、しっかり作り込んでいます。
──トリコが行うさまざまな動きのなかでも、トリコが泳ぐのはとても印象的でした。
上田: ゲームを実際に制作する前に、自分たちが表現したいシーンを詰め合わせ、目指すものを共有する「パイロットムービー」を作成します。そのなかで、トリコが泳ぐシーンはどうしても外せない場面でした。
──架空の生物であるトリコのAIを制作するのは大変でしたか。
上田: AI自体はあまり難しいことをしていないのですが、大変だったのは、AIで判断した結果をいかに巨大な生物の挙動として破綻なく再現するかということです。それに付随して、狭い空間を移動させるのも苦労しました。
──『人喰いの大鷲トリコ』のゲームプレイに関するこだわりはなんですか。
上田: トリコという生き物の存在感を感じてほしいですね。架空の世界で本当に生きているように感じられることを意識して制作しています。誤解を恐れずにいえば、あまり”ゲーム”を作っている感覚はありませんでした。架空の世界で架空の生物と触れ合って一緒に冒険をしてほしいという思いがあり、ゲーム的な駆け引きよりも“体験“を重視していました。
──プレイしていると、お互いに必要であることを感じられる作りになっていましたが、そうした心理は想定されていたのでしょうか。
上田: 少年に攻撃能力を持たせて一緒に戦うことも考えましたが、そうするとお互いに必要な存在であるというテーマがぼけてしまいます。そこで、ゲーム的な爽快感は減ってしまうかもしれませんが、ゲームのコンセプトに沿わせるため少年には戦う能力を入れませんでした。
※次ページ: 上田文人氏の世界観はどのようにして作られるのか。
──明確なストーリーを描いてないのには、理由がありますか。
上田: 2つ理由があります。ひとつは、細かい設定を伝えることに終始してしまうとカットシーンやテキストが増えてしまうのでそれを避けたい。もうひとつは、自分自身が俳句や短歌のような表現が好きということです。季語はそれ自体の意味にくわえ、受け取る側の経験や記憶によっていろいろなことを想像させます。ゲームのなかでもストーリーをそのように受け取ってもらえればいいなと思っています。
──本作のカメラワークについて、絶妙な構図から見られることが多かったのですが、上田さんが意図されたものだったのでしょうか。
上田: 決まった構図で見せたいという気持ちはありますが、ゲームプレイのなかで自然にそのようなビジュアルになってくれればいいな、という思いがありました。通常のゲームの場合、カットシーンはカメラマンの役割を担うスタッフがいるのですが、トリコの場合は「少年なめのトリコ」や「背景なめのトリコ」など、どこに少年やトリコがいても、プログラムで画になるように生成しています。
そうして、できる限り完成された構図で見えるように、プログラムされています。
──エリアを作るのは大変でしたか。
上田: 過去作品のなかで、『ICO』は無駄な場所がない閉鎖空間で行うパズルだったため、エリアを作ることへの苦労はありませんでした。『人喰いの大鷲トリコ』では、僕自身がゲームプレイのなかでの移動にあまり意味を見い出せない時期でもあったため、それならば無駄な移動は極力少なくしようと思い、エリアデザインをしていました。小さな少年の細かな移動と、トリコの巨大さを利用したダイナミックな移動との対比を印象的に見せたいという狙いもありました。
──対比構造はエリアデザインにも反映されていますか。
上田: はい。最も意識したのは、巨大な生物に合わせたレベル設計ではなく、そこに存在していたのは人間なので建造物も人間サイズである点です。そうした空間を作ることで、巨大なものが移動する爽快感やスケール感が出るかなと考えました。
──谷が舞台だったので、風の表現がとても豊かなのが印象的でした。
上田: 風については、本作で押さえておきたいポイントのひとつでした。風が単に吹いているというのではなく、気持ち良い風をプレイヤーに感じられるようなものにするために、実はかなり複雑な計算をして作っています。
トリコも風の吹く方向によって毛の逆立ちが見られるなど細かく表現できていると思います。ぜひ風の気持ちよさや湿気などまで感じていただけたらうれしいです。
──音楽へのこだわりはありますか。
上田: 『ICO』のときはあまりゲームっぽくないものにしたかったので、当時のゲーム音楽にはまだ珍しかったコーラスを使いました。『ワンダと巨像』では、民族楽器などを取り入れた無国籍な世界になじむような音楽を使用しています。『人喰いの大鷲トリコ』では、少年と動物という直球でわかりやすいテーマだったので、音楽でそのあたりを強くアピールしてしまうと表現的にありきたりなものになってしまうと思いました。そのため、本作では盛り上げるというより抑えの効いた控えめな音楽を意識しています。
──ところで、上田さんは創作を行う上で、普段どのような物事からインスピレーションを受けたり、インプットをされているのでしょうか。例えば、映画ですとか。
上田: おそらく、僕はみなさんが思われているイメージとは少しちがっていると感じていて、本当に”普通”です。もちろん映画やテレビも観ますが、普段の生活にある身近なものを見たり聞いたりして、それらごく普通のものを分け隔てなく組み合わせられることが自分の得意とする部分だと思っています。
──作品の美しい世界観について、なにか原体験があるのでしょうか。
上田: 世界観や雰囲気の作り方についてはよく質問されますが、自分はあまりわかっていません。ゲームなので、まずはルールやデザインがあり、ハードの表現力があって、そのなかで最適なものを選択していった結果、そういう雰囲気、世界観になるというのが正直なところです。
──具体的にはどのように作られているのでしょうか。
上田: 例えば、霧がかった風景は遠くを見せないための苦肉の策、廃墟という舞台は必要な場所に階段を設置したり壁を壊して光を差し込ませてプレイヤーを誘導する、といったレベルデザインとしての自由度の高さから選択しています。ゲームの制作は、クリエイターが自由に世界を表現できるものではなく、技術的な制約や、ハードのスペック、スタッフの能力など、そういった既に決まったパズルのピースの形があり、それをビデオゲームという枠のなかにはめていくようなものなのです。そのため、どこかに柔軟性があるピースがないと枠のなかにはぴったりとはまりません。自分にとっては柔軟性があるピースが、世界観やゲームの設定部分にあたります。世界観やストーリーからスタートすると思われがちですが、実はどちらも最後に作っています。そうしないとうまく枠にはまらず完成度の高いものにはならないと思っています。
──上田さんが設立したスタジオ「gen DESIGN(ジェン・デザイン)」について教えてください。
上田: 設立した目的としては、よりクリエイティブに集中し、いろいろなことにチャレンジしていきたいという思いからです。また、『人喰いの大鷲トリコ』規模のタイトルでは数十人から百人以上のスタッフが必要となるため、どうしてもフットワークが鈍くなってしまいます。それを避けるため制作部隊とクリエイティブを分けたかったんです。新スタジオではこれまで一緒に長くやってきたスタッフもいるので、意思の疎通がスムーズにできるのもメリットです。
──『人喰いの大鷲トリコ』の制作を終えて、今後の計画や目標はありますか。
上田: 『人喰いの大鷲トリコ』を作っているなかで、こういうゲームを遊びたい、作りたいというのはありました。ただ、『人喰いの大鷲トリコ』を生み出すのに苦労したこともあり、すぐに次、とは考えていません。ゲーム制作というのは多くの人たちの人生を巻き込むものなので、今あるアイデアを、その覚悟を持ってしても作ろう、作りたいという状態まで育てている状況です。
もちろん、次はそんなに時間をかけずに作れればと思っています。
──ファンも上田さんのこれからに期待していると思います。本日はありがとうございました。
(C)2016 Sony Interactive Entertainment Inc.
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