Game*Sparkでは、海外ゲームの「ローカライズ」に携わる業界のキーマンを連載で独自取材してきました。今回は、スクウェア・エニックスのEXTREME EDGESブランドで、『オーバーウォッチOverwatch)』や『ライフ イズ ストレンジLife Is Strange)』のローカライズを担当した西尾勇輝氏を直撃。
今をときめく大ヒットFPSが日本語になるまでの逸話から、絶妙な「意訳」を生み出すセンス、そしていちゲーマーとしての強い想いも込められたローカライズのこだわりを語ってもらいました。

――本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介と、過去の経歴についてお聞かせください。

西尾勇輝氏(以下、西尾): スクウェア・エニックスのローカライズディレクター西尾勇輝です。 スクウェア・エニックスに入社したのは『コール オブ デューティ アドバンスド・ウォーフェア』のころで、担当したタイトルは『ディアブロ III リーパー オブ ソウルズ』からです。その後はActivision関連作品のローカライズを主に行い、ゲーム版『アメイジング・スパイダーマン2』、そして『オーバーウォッチ』や『ライフ イズ ストレンジ』に携わりました。

――ゲームローカライズの仕事に携わるようになった経緯を教えてください。

西尾: 元は海外に住んでいたんですが、大学進学のため、コンソールで言えばPS2~PS3が流行しているころに日本に戻ってきたのですが、日本で発売されている「洋ゲーのローカライズ」に納得がいかないことがあったんですよね。大学卒業後には映像翻訳をやりたくて、映画吹き替えや字幕作成などを志していましたが、業界の門が狭いこともあり、求人で「未経験OK」とされていたゲームローカライズのベンダーで働き始めました。

――スクウェア・エニックスのEXTREME EDGESにジョインしたきっかけは?

西尾: ベンダー時代、『コール オブ デューティ ゴースト』のローカライズに関わっていまして、当時のローカライズプロデューサーだった塩見卓也に声をかけてもらったのがきっかけです。

――そのころから西尾さんは海外ゲームに熱を入れていたのでしょうか。一番最初にハマった海外ゲームは?

西尾氏: そうですね。
9歳から18歳までずっとカナダとアメリカに住んでいたんですけど、プレイヤーとしてはFPSが好きでした。PCがメインで、初めてハマったのは『Counter-Strike』だったと思います。自分のお金で初めて買ったゲームは『ファイナルファンタジー7 インターナショナル』ですね。

■人気FPS『オーバーウォッチ』が日本に届けられるまでの長い道のり…

――それでは、『オーバーウォッチ』のローカライズについてお聞きします。実際に西尾さんが担当した作業というのは、どのようなものでしょうか。

西尾: まずは日本市場に向けて展開するため、ライセンス交渉担当と連携して、実現に向けた工数の見積もりです。最初のシネマティックトレイラーを観たときから「絶対にやりたい!」と思っていたんで、この担当者と一緒に社内の関係者を口説きながら、何とか実現できるよう外堀を埋めていきました。時間はかかりましたが、もともとBlizzard Entertainmentとは『ディアブロ』でお付き合いがあったので、お願いします、ということに。

――ライセンス交渉の段階から、ということですね。ローカライズが進み始めた際は、どのような作業を行っていましたか。

西尾: まず、台本の翻訳をひとりですべてやっています。発売前には一次翻訳として外注していたこともあるのですが、噛み合わないこともあったので、結局セリフは自分でやることにしました。
画面上のテキストなどは他の翻訳者さんの力も借りています。あとは、キャスティングや収録の際のディレクション、他にも前述の担当者と協力してBlizzardから届いた新情報をPR担当に共有したり、プロジェクトマネージメントなんかもやりますね。最近はイベントや生放送で解説などもしています。

――まさに「なんでも屋」ですね。

西尾: パッチが出る度にユーザーインターフェースが変わってローカライズが必要になる、ということもありますしね。発売以降の翻訳はひとりでやっています。

――『オーバーウォッチ』は2014年11月にBlizzConで発表され、その2年後、2016年5月末に発売されましたが、いつごろにローカライズ作業が完了したのでしょうか。アップデートなどもあると思うので、「ローンチ時の状態」に仕上がった時期で教えてください。

西尾: シネマティックトレイラーは2015年11月の日本語吹き替え版発表と同時に出していたんですけど、あの映像、個人的に気に入り過ぎてたんですよね……Blizzardとの契約が決まる前から、ひとりで勝手に台本書き起こして、いつでも録れる状態にしてました。そんな僕の勝手なフライングも功を奏して、契約が決まった段階からすぐに収録を始められました。

――仕事というより、個人としての翻訳という感覚ですね。

西尾: なんだかんだ調整する要素もあったのですが、2月ごろにはほぼBlizzard開発チームの『オーバーウォッチ』にローカライズが追いついていました。
そこからの微調整には3ヶ月くらい費やしました。開発チーム内でのアップデートもあるので。

――Blizzardとの連携はどのように行っていましたか。

西尾: メールが主な手段ですね。あとはメッセンジャーなどを使って質問したり。BlizzardのローカライズチームってEFIGS(English/French/Italian/German/Spanishをまとめた略称)はもちろん、多言語の翻訳も担当しているんですよね。そこのスタッフとやりとりをしたり、開発チーム自体と相談することもありました。

――セリフやUIなど、特にローカライズに苦心したヒーローはいますか。

西尾: どれも辛かったです(笑)。その中でも、やっぱり「ハンゾー」ですよね。「龍が我が敵を食らう」というセリフが日本であんなに取り沙汰されるとは思ってなくて、別のセリフも考えていたんですけど、もはや変えられなくなっちゃったり。「ハンゾー」は一人称についても迷いました。
未来が舞台なのに「拙者」は変かな、って。

――「ハンゾー」の英語版のセリフや、ゲーム内マップ「ハナムラ」で見られるような「ヘンテコな日本語」を見て、西尾さん個人としてはどう感じましたか。

西尾: 実は発売前に、あのへんの日本語について確認するよう頼まれていたんですよ。「この日本語、おかしくないかな?」って。日本の開発チームで作ってるゲームならそりゃツッコみますけど、Blizzardが考えた独自の世界観は「ローカライズで壊すべきではない」というのが僕の見解です。ハリウッド映画なんかでも、いろんな東洋の文化がゴチャゴチャに混ざった凄まじい世界観ってあるじゃないですか。ああいうのが僕は好きなんですよね。不快になる表現なら別ですが、あくまでもファニーなものでしたし、「正直おかしい日本語だけどこのままいきましょう!」という結論になりました。

――ヒーローの声優キャスティングについて強く意識していたことはありますか。

西尾: どのキャラクターデザインもすごく個性的なので、直感で選ぶことが多かったですね。「トレーサー」の加藤英美里さんもそうです。これについては、社内で冗談交じりに「ただのファンじゃねえか!」だの「職権乱用」だのってバカにされるんですけど(笑)。


――特に日本人のゲーマーに向けたキャスティングを意識したりはしましたか。日本のアニメやゲームをメインに活躍されてる声優を選ぶ、といったような。

西尾: 海外ゲームの吹き替えには洋画をメインに活動されている日本の声優さんを起用しがちなんですが、『オーバーウォッチ』では逆にアニメをメインに活動されている方々も重視しようと、最初から考えていました。

――演技のディレクション面ではどのような意図がありましたか。

西尾: 今作に関しては、レコーディング時に一度海外版の音声を流して、二度目に流すときと同じタイミングで日本語音声の演技をしてもらっていたんですよね。台本だけではニュアンスが分かりにくいですし、細かい設定を説明させて頂くこともありました。特に、戦局を左右するアルティメット・アビリティのボイスは、声優さんに「2倍のテンションで!」とお願いしています。

――「トレーサー」のセリフを始めとした意訳についてお聞かせください。日本語版では「ヤッホー!私に任せて!」というセリフがありましたが、英語版では「Cheers love!The Cavalry's here!」でしたね。

西尾: やっぱりそこなんですよね(笑)。英語で直訳すると「騎馬隊が来たぞ!」ってところですが、なんのこっちゃ!じゃないですか。この「騎馬隊」は「援護する者」という意味合いになるんですが、そのちょっと変わった言い回しにこそ「トレーサー」のイギリス出身らしさが出てきているんですよね。
これが英語版のすごいところですよ。どう翻訳してもこの雰囲気は持ってこられないと思ったので、せめてキャラクターらしさだけは近付けようと「ヤッホー!私に任せて!」にしました。口パクの尺もビックリするぐらい合いましたし(笑)。

――スラングもそうですが、英語圏ならではの言い回しの翻訳は非常に難しそうですね。

西尾: 直訳で済んだのは、「リーパー」の「死ね……死ね……」あたりですかね。

――「D.Va」のアルティメットアビリティにも意訳が含まれていましたね。英語版では「Nerf This!」ですが、日本語では「とっておき!」でした。

西尾: 直訳すれば「この必殺技強すぎ!」「弱体化してみてよ!」という感じですが、それが「Nerf This!」という短い尺のセリフに収まっているんです。しかも、あのアルティメットアビリティは非常に驚異的な威力を持っていたんですよね。他のプレイヤーが「ヤバい!」と思わせるようなインパクトを短いセリフの中に仕込む必要があったので、「とっておき!」となりました。

――逆の例で言うと、「ジャンクラット」のアルティメットアビリティの掛け声で「ファイア イン ザ ホール!」というのがありましたね。

西尾: あれは軍事用語で、手榴弾を投げるときの号令なんですよ。仲間に呼びかけるときに使うんですけど。あれがなんであのままになっていたかって言うと……たぶん、僕が『コール オブ デューティ』をやっていたからでしょうね(笑)。ちょっと浮いていたかもしれないですが、『CoD』の名残です。

――『オーバーウォッチ』のローンチ直後、国内ユーザーからの反響を見てどう感じましたか。

西尾: ベータテストのころからユーザーさんのフィードバックはチェックしていたのですが、思った以上に「普段FPSを遊んでいないユーザー」が楽しんでいるな、というイメージでした。ここまで広い層に届くとは、正直思っていませんでした。ローカライズへの好評も純粋に嬉しかったです。

――いちプレイヤーとして、初めて『オーバーウォッチ』を触ったときの印象はどうでしたか。

西尾: 初めて触れたのはいわゆるアルファ版くらいの段階で、まだ「バスティオン」にシールドが付いてたんですよね。今考えるとめちゃくちゃな話ですけど。最初の感想で言えば、期待はあったのですが不安もありました。けど、触った瞬間にそんな不安も消え去り「なんて面白いゲームなんだ!」と思いましたね。仲間との連携要素や従来のFPSとの違いなどを痛感しました。

――『オーバーウォッチ』はマルチランゲージに向けたアップデートが頻繁に配信されていますが、それらのローカライズ対応はやはり大変ですか。

西尾: 季節限定のイベントやアップデートについては当初から聞いていたのですが、作業的には一番重いところですね。新しいヒーローもそうですし、ボイスも増えます。「ヒーロー同士の掛け合い」のような会話も、一人ヒーローが増えると全員分レコーディングしないといけないこともあります。渡された台本に知らないキャラクター名が載っていて「これって新ヒーローかな?」と思ったこともありましたし。

※次ページ: 膨大なテキスト量…『ライフ イズ ストレンジ』翻訳のキモは?

■膨大なテキスト量…『ライフ イズ ストレンジ』翻訳のキモ

――西尾さんがローカライズを手掛けた『ライフ イズ ストレンジ』について伺わせてください。今作のテキスト量は膨大でしたよね。

西尾: あのテキスト量はハンパじゃないです……。国内発売日は2016年3月3日なんですが、ローカライズを始めたのはだいたいエピソード3が出たころくらい。『オーバーウォッチ』と時期が被っていて大変でしたね。海外のオリジナル版がエピソード形式の配信でしたし、ゲームデザインも「日本で出すなら絶対吹き替え!」と思えるものでしたから、とことんクオリティーを追求して、時間だけはいただいて良いものにしたいと。そこで、海外ディスク版と併せて日本語版もリリースすることになりました。ローカライズ人生の中で最も苦労したのは、間違いなく『ライフ イズ ストレンジ』です。

――今作は「ティーンエイジャー的な言い回し」やスラングが多様されるダイアローグが印象的でしたが、そういったセリフの翻訳に当ってはどのようなことを意識しましたか。例えば「It's hella fun.(クソ面白いね)」とか。

西尾: 「クロエ」の喋り方ってだいぶオーバーに描かれてはいるんですけど、スラングを直訳するのはナンセンスですから、彼女の持つ雰囲気を重視しました。セリフそのものというより、担当声優のLynnさんにニュアンスを意識してもらう感じです。

――先ほどもおっしゃっていましたが、今作はエピソード毎の配信形式でした。エピソード2以降は「Previously on Life is Strange(前回までの『ライフ イズ ストレンジ)」といったように、前回の振り返りが挿入される導入パートもありましたが、今作のローカライズで「海外ドラマ感」は意識しましたか。

西尾: 海外ドラマは大好きなんですけど、基本的には英語で観てるんですよね。今作に関しては、いわゆる「吹き替えされている海外ドラマ」からは敢えて離れるようにはしていました。芝居がかった喋りかたを避けて、『ライフ イズ ストレンジ』の大きなテーマである「日常」らしさを意識したかったんですよね。マックスなんて、ゲームキャラにしてはかなりボソボソ喋るタイプじゃないですか。担当声優のたなか久美さんも、最終的には日常的にもボソボソした喋り方になってました。

――今作のフォントに対しては、どのようなこだわりがありましたか。

西尾: 海外版では手書き風のフォントを使っていたんですが、「マックスの日記」の雰囲気は崩したくなかったんですよ。彼女の「手書き風」というのはどんなものになるだろうといろいろ試したんですが、最終的には丸文字のフォントに落ち着きました。どこかで可読性を犠牲にする必要がありましたし、逆にゴシック体なんかを使うと『ライフイズストレンジ』の世界観を壊しかねませんし。彼女の「心の声」のフォントなんかも、開発元のDONTNOD Entertainmentと相談して決めました。

――フォント選びも本国の開発チームと相談していたのですね。

西尾: そうですね。海外版では3種類くらいのフォントを使っているんですが、日本語ではメモリ問題もありますし、とりあえず2つ選ぼうということに。そこに関してはDONTNODと何十通もメールをやりとりして決めました。

――海外ドラマがお好きとのことでしたが、ゲーム以外で特に好きな文化などはありますか。

西尾: 映画とドラマが好きで、たいてい英語のまま観ますね。勉強の一環としては、同じ作品を字幕/吹き替え両方で観たり。聞こえてくる英語を字幕と比べて、自分で訳しつつ視聴することもあります。「全然違うなぁ」とか思いながら。

――なるほど。「俺ならこう訳すのに!」みたいな。

西尾: そうですね。あまり良いクセとは言えないですが(笑)。

■洋ゲーを日本のゲーマーに届ける。西尾ディレクターが貫く「ゲームローカライズ」

――『オーバーウォッチ』のように、海外産のビッグタイトルが「世界同時発売」となり、日本のユーザーに向けてもスピーディーに届けられるようになってきましたが、ローカライズディレクターとして「海外ゲーム」と「日本人ゲーマー」の距離感に変化を感じますか。

西尾: 昔の日本のゲーマーにとっては「洋ゲ―はバタ臭い、難しい」というイメージもあったと思うのですが、その垣根はなくなりつつありますね。ローカライズだけが理由という話だけでなく、海外デベロッパーにとって「日本の市場に価値がある」と感じられてるのも、大きいかなと。『オーバーウォッチ』はSimship(全世界同時発売)となりましたが、開発側からのコミットメントも重要ですね。

――西尾さんが「ゲームローカライズ」を行う上で、最もこだわっている点や、貫いている意志はどんなものでしょうか。

西尾: 「ゲームローカライズ」にはいろいろなやりかたがあって、担当者によって色が出てくることはあると思うんですが、もともとの開発チームとスタジオの皆さんが「何をプレイヤーに伝えたかったのか」というのを、なるべく忠実に日本のゲーマーの皆さんに届けるのが第一だと考えています。大前提としてあるのは、「ユーザービリティーを損なうような誤訳は避ける」というところ。昨今のゲームは容量が大きくて難しいところもありますが、常に掲げている目標はそこにあります。

――Game*Sparkには、海外ゲームのローカライズに強い関心のある方や『オーバーウォッチ』のプレイヤーもたくさんいます。何かメッセージをお願いします。

西尾: EXTREME EDGESチームには、ローカライズ愛の強いメンバーが集まって、色々な作品に注力しています。まだ発表されていない新規タイトルに関しても、ユーザーの皆様が楽しんでいただけるよう仕上げていきたいと思っていますので、今後共よろしくお願いします。『オーバーウォッチ』に関しては、プレイヤーとしても1つのタイトルに対してこんなに長く関わることってあんまりないんですけれども、仕事としてはもちろん、プレイヤーとしてもとても愛しているゲームですから、高いクオリティーを維持しつつ日本語版を提供できていけたらなと思います。

――西尾さん、本日はありがとうございました。

(取材・文 / 早川夏生 撮影・編集 / 谷理央)
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