ソーシャルゲーム市場が踊り場を迎えています。

ゲーム内容のマンネリ化もさることながら、背景にあるのは少子高齢化に伴う人口減少。
こうした中、AR技術を用いた医療系アプリの研究開発を進めているのがSol Entertainment(ソル エンタテインメント)という企業です。

ゲーム開発者ならではの知見をもとに、リハビリ用途への進出も模索するなど、より大きな市場の開拓を見据えています。もっとも、そのためには想定されるユーザーニーズの精査などが必要となります。

一方、昨年6月に突如として右足切断手術を実施し、周囲を驚かせたジャンクハンター吉田(吉田武)氏。ベテランのゲームライターだけでなく、映画の宣伝マン、交通ジャーナリストなどマルチに活躍。本年1月にはクラウドファンディングで調達した資金をもとに、映画『ロボコップ』の4K上映会も成功させました。4ヶ月の入院生活や車椅子生活を通して視野が広がったという吉田氏は、4月の統一地方選挙に関心を高めています。障害者に娯楽や希望を与える社会の実現が目標です。

ゲームの可能性を医療や福祉領域にも拡大させたい神江氏と、障害者×娯楽を掲げる吉田氏。ARによってゲーム体験を拡張できるという神江氏のアイディアは?そして右足を切断して義足歩行者となった吉田氏にとって、リハビリゲームはどのような意味を持つのか?二人の対談は止めどなく続き、3時間以上の長丁場に。対談原稿はかなり刈り込んでいますが、それでも10000字をゆうに越える始末。両者の熱い対談をお届けします。

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バカが『ロボコップ』を担いでやってきた
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神江 どうも、ソルの神江です! 映画『ロボコップ』のクラウドファンディング成功おめでとうございます。

吉田 いきなりそこからですか! でも、ありがとうございます。右足を切断して障害者になったかいがありました。

神江 その話を以前うかがって、びっくりしたんですよ。それって、どういういきさつだったんですか?

吉田 12年前におきた交通事故の後遺症が去年になって悪化したんです。交通事故といっても、完全にもらい事故だったんですが。前々から痛んだり、しびれたりして、医者にいったら右足が壊死しつつあると言われて。その場でスパッと「切ってください」とお願いしました。

神江 その潔さがすごいなと。普通は迷うじゃないですか。

吉田 時間が無かったんですよ。というのも1月末に『ロボコップ』の4K上映会を行うため、資金調達を目的としたクラウドファンディングを計画していたんです。
600人以上入る会場を抑えて、1年間の上映権を得るためには、最低でも360万円くらい集める必要がありました。そこからリハビリなどの時間を逆算したら、どうしても去年の6月に手術する必要があったんです。医者も驚いていました。普通はそんな風に言われたら、どんな人でも悩んだりするのが普通なのに、すごいって。

神江 いや、実際にすごいとおもいます。

吉田 ただ、手術後に4ヶ月ほど入院してリハビリしたんですが、見舞客がみんなムチャクチャだったんですよ。義足に電飾を施して光らせたら目立つとか、護身用にエアガンを仕込んだら護身用に良いとか、バネを仕込んだら早く走れるだとか。他に「クラウドファンディングに間に合わせるために足を切るなんて、前々から吉田はバカだと思っていたけど、そこまでバカだとは思わなかった」とも、良く言われました。

神江 まあ、なんとコメントしたらいいか返答につまりますが(笑)

吉田 自分にとってはバカって褒め言葉だから、良いんですけどね。もちろん、本当に頭が悪いバカはダメですよ。でも、自分の場合は計算できるバカだから。それに「クラウドファンディングに間に合わせるために足を切る」っていったら、それだけで自分の覚悟が伝わるじゃないですか。
上映会に来た人に、なんで支援してくれたんですかって聞いたら、直球勝負だったからと言われました。そんな風に言われたら、これはもう支援するしかないって。

神江 それにしても600人以上入る会場を個人で予約するって、すごいですね。

吉田 どうせやるなら大きな会場で上映したほうが良いじゃないですか。そんな風に自分はバカばっかりやるんですよ。でも、上映会で満席になった会場を見て感動しました。うわーっ、日本にはこれだけ『ロボコップ』バカがいるんだ。こいつら最高だなって。

神江 そのエネルギーにはホント、感服しますね。

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病院でリハビリして、人生に絶望している人の多さにおどろいた
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神江 それで、今日のテーマなんですが、いま弊社ではARとヘルステックの分野で研究開発を進めていて、『ARFit』というシリーズ名でサービスを展開していく計画を立てているんです。商標と特許を出願し、出資者やビジネスパートナーを探しています。ARといえば『Pokémon GO』が有名ですが、我々の考えているものは少し違っていて、スマートフォンで誰でも楽しみながらフィットネスが体験できるようなイメージです。
それをARと絡めて展開しようという。

吉田 それはおもしろそうですね。というのも、入院中ってホントに退屈だったんですよ。早く日常生活に戻りたくてリハビリをしたくても、国のルールで1日3時間までしかできないんですね。仕方がないから、映画『ターミネーター2』のサラ・コナーのように、病室で自主練をしていました。看護師さんに「何をしているんですか」って驚かれましたね。ただ、リハビリって同じことの繰り返しだから、そのうち飽きちゃうんですよ。

神江 そういった話は良く耳にするんですね。なので、いま作っているゲームも健常者向けに、一般的なエンタテインメントとして提供する予定なんですが、それとは別に研究開発費を調達できたら、リハビリモードみたいなものを作る予定です。その上で施設や病院などで使っていただいて、シリアスゲーム的な展開をしたら、社会的意義が出てくるんじゃないかと。

吉田 すごくいいと思います。そもそもエンタテインメントって、人を楽しませるものですよね。
自分が入院して驚いたのは、障害者の方がみんな絶望していることなんですよ。人生に希望がないんですね。だから、ただでさえ飽きやすいリハビリが、すぐに続かなくなってしまうんです。人間、目的があるからリハビリするわけじゃないですか。希望がなければリハビリしませんよね。

神江 そんなに絶望している人が多いんですか?

吉田 多かったですね。高齢者だと「どうせ自分は死ぬだけだから」だとか。若い人でも脳症をやってしまうと、リハビリしても再発してしまうんじゃないかとか。それに病院って退屈なんですよね。自分が入院していた病院は片麻痺でリハビリをしている利用者さんが多かったんですよ。自分はゲームや映画の宣伝もしているので、職業がら気になっていろいろヒアリングしてまわったんです。そうしたら、みんな口を揃えて娯楽がないっていうんですね。
それは自分も同じで、せいぜいスマートフォンでマンガや小説を読んだり、映画を見たりするくらいで。全部、受動的なんですよ。

神江 それは興味深いですね。スマートフォンでゲームはしなかったんですか? みんな、ちょっと暇があったらスマホをいじっているじゃないですか。カードゲームみたいに片手で遊べるものもたくさんありますし。

吉田 言われてみれば、あまりしなかったですね。病院内でも患者さんが遊ばれている姿は、あまり見かけませんでした。まず患者さんでいうと、カードゲームって子ども向けのイメージが強いんですよ。あと、カードゲームにはコレクションの要素も出てきますよね。障害者って、今を生きるだけで背一杯なので、先々のことを考える余裕がない人が多いんですよ。自分自身を振り返ってみても、入院していることで、だんだんとゲームを遊ぶモチベーションが低下していったところがあるかもしれません。

神江 たしかに病院にはゲームを遊んでいたら、怒られるイメージがありますよね。

吉田 そうですよね。でも、ゲームって人をポジティブにさせる力があるし、神江さんの考えられている、スマートフォンでフィットネスができたり、リハビリの支援に使えるようなものって、まさに病院やデイケア施設などで必要なものじゃないですか。実際、そういったものが早くできないかと、妄想していたくらいなんです。それに、絶望している人に希望を与えることにもつながりますからね。実は自分もそういった人を見て、前々から抱いていた決意を新たにしたんです。

神江 決意って何ですか?

吉田 政治家になることです。ちょうど4月に統一地方選挙がありますよね。生まれ育った東京都北区に、なにか恩返しできればと思い、いろいろ調べています。右足を切って障害者になったことで、こんなにも多くの人が人生に絶望しているんだと、本当に驚いたんです。今後、少子高齢化でこの傾向は、どんどん拡大していきます。そこで健常者も障害者も、一人でも多くの人が笑顔になれる社会をめざしたいと考えました。

神江 選挙ですか! 熱いですね。政治家になって、どんなことを考えられているんですか?

吉田 車椅子でも移動しやすいバリアフリーマップを作るなどは、その一つですね。そうしたら周りの区でも、北区は何かおもしろいことをやっているなって、広がっていくかもしれない。そんな風にしてマップをどんどん作って生きたいんですよ。自分たちが子どもの頃は、RPGのマップなどを手書きで書いていましたよね。まさにゲーム感覚なんです。

神江 なるほど。

吉田 他に病院や施設で楽しめる娯楽を増やしていきたい。ちょうどパラリンピックも2020年に東京で開催されますし、障害者スポーツのように、障害者とゲームという取り組みも、やっていきたいことの一つです。そんなふうにして、北区から全国に発信していきたいですね。

神江 それは究極の社会貢献じゃないですか。ただ、前々から抱いていた・・・というくだりが気になりました。以前から政治家に興味があったんですか?

吉田 最初に意識したのは2007年で、その時は単純に北区の人口を50万人に増やしたかったんです。当時の人口は30万人くらいで、今も35万人くらいなんです。理由はというと・・・これを言ったら完全にバカだと思われるかもしれませんが、自分は『シムシティ』が大好きで、中でもスーパーファミコン版が好きなんですよ。スーパーファミコン版は人口を50万人にするとマリオ像が建てられたじゃないですか。政治家になって北区の人口を50万人にして、任天堂にマリオ像を建ててもらおうと、本気で考えていたんですよ。

神江 それはまた、途方もない話ですね。

吉田 当時は「そこまでバカだとは思わなかった」「政治家には絶対に向かないから、止めた方が良い」などと、口々に言われました。ただ、人口が増えると税収も増えるし、行政サービスも良くなるし、良いことずくめじゃないですか。ただでさえ今、少子高齢化で日本の人口は減少しているのに。

神江 正直、少子高齢化ってピンと来てないんですが、確かにそうですね。税収が増えて、行政サービスが良くなって、マリオ像も建てられると(笑)

吉田 当時はそんなふうに、ただ人口を増やしたかったんです。それが昨年、障害者になって、病院で人生に絶望している人をたくさんみて、これは政治家になって行政を動かさなければダメだと改めて感じるようになりました。

神江 リアル版シムシティなんですね。

吉田 夢は北区の区長になることなんです。区議会議員だと、やれることが限られるじゃないですか。でも、区長になれば予算が編成できるし、区役所の人事権も掌握できるから、ずっとできることが広がる。こんな風に言うと、また吉田がバカなことを言っていると思われるかもしれませんが、さっきも言ったようにバカは褒め言葉ですからね!

神江 いやーホントに熱いですね。

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車椅子に乗って、スマホで秘孔を付き合う対戦ゲームがあってもいい
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吉田 そうはいっても、スマホARでフィットネスやリハビリ展開というのも、なかなか聞かないですよね? 

神江 そうかもしれないですね。自分はナムコに1991年に入社して、主に『鉄拳』『ガンバレット』など、アーケードゲームをメインに企画をしてきました。2006年に退職後、ソル エンタテインメントを立ち上げて、今年で13年になります。当時のナムコは内製中心で、何でも好きなことができたんですよ。ただ、独立してそれをするのは難しいので、企画に特化して案件ごとにいろんな人や会社とコラボして、おもしろいことをやるのがポリシーです。

吉田 それで『ARFit』なんですね。

神江 そうなんですよ。というのも、内製をしないのがポリシーだったはずが、ARについて研究開発を始めたところ、おもしろすぎるんですね。それで、ついうっかりとゲームのプロトタイプを作ってしまったんです。

吉田 ARというと、ニンテンドーDSiやPSP、それに最近だと『Pokémon GO』まで、「画面を覗き込むと何かが見える」というのが特徴ですよね。

神江 そうなんですが、それはARの一つの側面でしかないんです。実は自分も最初はそんなふうに思っていて、なぜ『Pokémon GO』があんなにヒットしたのか、わからなかったんですね。いろいろと考えた結果、あれは現実空間を拡張して、お散歩時間をエンタメにしたからヒットしたんだと結論づけました。スマホを覗くのは、その手段でしかなくて。

吉田 現実世界を拡張するって、どういうことですか?

神江 日常の風景がAR技術を使うと、まったく違ってみえるなどは、その一つですね。たとえばディズニーランドをAR技術で拡張するなどは、わかりやすい例かもしれません。ただ、実際には現実世界とAR技術で拡張された世界のリンクが途切れると、体験自体が台無しになってしまうので、いろんな落とし穴があるんです。我々もプロトタイプを作っていて、さんざんハマりました。それで得たノウハウを元に、特許を出願しています。

吉田 そういえば病院で、お孫さんとキャッチボールをするのが夢だというお年寄りにお会いしたことを思い出しました。ただ、その人は片麻痺で、車椅子にも乗っているので、実際に戸外でキャッチボールはできないんですね。そういった人でもスマホを振って、ARでキャッチボールができたら、リハビリに希望が持てるようになりますよね。そういったことはできるんですか?

神江 2つのスマホがどれくらい離れても近距離通信ができるかなど、技術的な検証は必要ですが、基本的にはできますね。もちろん、実際にアプリやコンテンツを作るには、相応の費用がかかりますが。

吉田 それはすごいですね。スマホARを使ったリハビリの可能性が、一気に広がってきました。結局、自分が政治家になってやりたいことも、そういうことなんですよ。自分も病院で散々リハビリをやったんですが、目的と手段が逆転してしまっている感じで、やっていて全然おもしろくなかったんです。それでも自分はリハビリをして、義足をつけて、『ロボコップ』の上映会でステージに立つという目標があったので続けました。ただ、普通の人だと飽きちゃうんです。

神江 自分もそんな風に感じていました。そこで単に体を動かすゲームとしてリリースするだけでなく、シリアスゲーム的な展開ができるんじゃないかと思ったんです。

吉田 たとえば車椅子バスケや車椅子テニスがありますけど、実際に車椅子に乗っていると、タイヤを自分で回すので、上腕の筋肉がすごく鍛えられるんですよ。でも、筋肉は動かさないとだんだん衰えていくんですね。中でも重要なのが肩甲骨の周囲の筋肉で、これを意識して動かすようにするといいんです。特に円運動をさせるような動きをゲームでアシストできれば良いなと思っていたんですが、そういったこともできますか? 片手だけでなく、両手で2台スマホを持って、別々に動かすなどの遊びがあってもいいですよね。

神江 コスト次第ですが、できると思います。

吉田 うわーっ、それは最高ですね。そういったものを病院で妄想していましたから。ああ、そういえばなぜ、病院であまりスマホゲームを遊ばなかったのか、思い出しました。車椅子に乗っていて、うっかり物を床に落としてしまうと、拾うのがすごく大変なんです。うっかりすると車椅子が転倒して、転んでしまったりするんですよ。そういうのが続くと、だんだんスマートフォンを持ち歩くのが億劫になってしまうんですね。

神江 なるほど、それは健常者には気づかない視点ですね。

吉田 それに片麻痺の人だと、そもそも論として片手でスマホを持って、もう一方の手で小さい画面を操作するというのが、難しいんですよ。そのため病院ではリハビリでタブレットが使われていました。テーブルの上にタブレットを置いて、画面に表示される数字を順番に指で押していったりするんです。自分からすると単純すぎるんですが、そういったことすら片麻痺になると難しいんですよね。

神江 そうなんですね。

吉田 それで思ったのは、車椅子にスマホやタブレットを装着するスタンドなどがあればいいなということなんです。体育館みたいなところにみんなで集まって、スマホやタブレットの画面を覗きながら、車椅子で移動しつつ戦うゲームって、おもしろくないですか? 『北斗の拳』みたいに、相手の体に秘孔が浮かび上がるので、それを狙ってタップで攻撃するとか。実際、こんなに『PUBG』が流行っているのも、大勢で集まって手軽に遊べるゲームがなかったからだと思うんです。

神江 おもしろそうですね。実際に弊社で出願中の特許技術を応用すれば、そんなふうにニッチだけど、すごく広がりのある分野に向けてエンタメを作ることも、可能だと思うんです。ただ、そのためには実際に障害者の人がどんな風に生活して、どんな課題を抱えているか、定量的にも定性的にも知る必要があります。その上で、そうした課題をARで解決できる目処がつけば、実際にコンテンツが作れるわけで。

吉田 病院で聞いた感じでは、リアルタイムではなくターン制のゲームが良いと言っていましたね。片麻痺の人って、多かれ少なかれ脳の一部が損傷しているので、反射神経では健常者に勝てないんです。だからターン制の方が良い。ターンごとに制限時間を設定すれば、バランスも保てるだろうし。相手の動きを推測し、複数人で技を選択して、合体技を繰り出すみたいなこともできますよね。

神江 ああ、おもしろいですね。ただ、一人の人に濃い話を聞く一方で、できるだけ多くの人にアンケートのような形で調査をすることも大事だと思っているんです。どのようにコンタクトを取るのが良いんでしょうか? 

吉田 病院や施設に協力してもらうことになりますね。病院の医者や施設のセラピストさんなどにコンタクトして、彼らが協力してくれれば、そういった調査も可能です。いずれにせよ、実際に病院や施設に行って、そこで患者さんや利用者さんにヒアリングするのが、すごく大事だと思います。

神江 なるほど。実際に吉田さんとこうして話をしているだけでも、我々では気づかない、いろいろなアイディアが出てきますしね。

吉田 ただ、障害者の人って結構デリケートなんですよ。自分は同じ障害者だから心を開いてもらいやすかったんですが、いかに関係性を作るかが重要だと思います。

神江 いずれにせよ、車椅子で移動中の退屈な時間を拡張して、移動を促したり、楽しい時間にしたりして、ハンディキャップを持っている人が、より豊かな生活を送れるようになるものができれば、可能性はありそうですね。

吉田 何かコミュニティみたいなものを作りたいですよね。リハビリ施設によっても、やっていることや考え方が違うんです。一番有名なのは所沢にある国立障害者リハビリテーションセンターで、自分も行ったことがないので、ぜひ一度見学に行きたいんですよね。利用者さんもすごく多いらしいです。

神江 自分も行ってみたいですね。

吉田 あとはコントローラーを持たないで、発話だけで操作できるARゲームってできないかなと。脳症になると発話のリハビリも必要になるんです。

神江 スマートスピーカーで遊べる「しりとりゲーム」のように、AIと組み合わせれば、技術的には可能ですね。実際、ARとAIは切っても切れない関係だと思うんです。現実を拡張するには、まず現実を認識しなくてはいけませんから。弊社もARとAIの組み合わせに可能性を感じていて、そこに向けて研究開発を進めています。

吉田 未来を感じさせる話ですね。ぜひ神江さんには、この分野でパイオニアになってほしいですね。

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「人生は挑戦だ」という言葉の意味が40歳を過ぎてわかってきた
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吉田 それにしても、なぜ神江さんはARに興味を持つようになったんですか?

神江 前々から興味はあったんですよ。これだけスマートフォンが普及していて、性能が非常に上がってきていて、しかもカメラもマイクも、いろんなセンサーもついているわけじゃないですか。それで試作品を作ってみたら、これが非常におもしろいんですね。自分だけじゃなくて、周りの人々や投資家といった人々に見せても、非常に反応が良い。なかなか、こういったことはなくて。

吉田 自分もVRよりARの方に可能性を感じていたので、その感覚はわかります。

神江 VRとARは似たような技術を使うんですが、まったく意味が異なるんですよ。VRは仮想世界に籠もるような体験ですよね。ARは現実世界を拡張する体験なので。そこが新しいし、まだまだ可能性がたくさんある。実際、VRは1990年代からナムコでも、業務用を中心にいろいろな研究開発が行われてきたので、そこで可能なことや得られる体験が、だいたいわかっているんです。ただ、ARについては本当にこれからなんですよ。それって、新しい刺激や体験ができるということなんです。

吉田 たしかに『Pokémon GO』の前は、ニンテンドーDSiやPSP向けにミニゲームがあったくらいで、そんなに聞かなかったですしね。

神江 ゲームの楽しさっていろいろあると思いますが、自分はその中でも新しい刺激や体験におもしろさを感じるタイプなんですよ。子どもの頃から親や先生に叱られても、ゲーセン通いを辞めなかったのも、新しい刺激や体験が常に得られたからなので。

吉田 ああ、それはわかりますね。自分も映画とゲームの両方の仕事をしてきて、ゲームに絶望したことがあるんです。2006年くらいだったかな。ある会社に呼ばれて、アイディアを出して欲しいと言われたから、いろいろと提案したら、何も通らなかったんですね。というのも「新しすぎた」からなんですよ。過去に似たような事例でヒットしたゲームがあれば・・・と言われて、これはもうゲーム業界は駄目だなと思ったことがあります。映画は逆なんですよ。アイディアが新しければ、それをベースに制作委員会を立てることができるんです。

神江 何をもって新しいかという話もあるんですが、とりあえずゲーム業界で制作委員会方式って、うまくいった事例が非常に少ないんですよ。それに制作委員会方式は映画やアニメなど、パッケージ商品に対する投資と回収をベースにした契約になっているので、スマホゲームで一般的な運営型のビジネスモデルと極めて相性が悪いんですね。制作費に投資して、作品がヒットしたら、出資比率に応じて利益を分配するのが制作委員会方式じゃないですか。でも、利益を再び制作に回して、延々と運営していくのがスマホゲームなので、分配のしようがないですから。

吉田 なるほどなあ。それはかなり難しいですね。でも、そうした中でもARに先行して投資されているのはすごいですね。だって、儲かるか否か、まだわからないじゃないですか。それよりも受注仕事だけを淡々とこなしていたほうが利益率は高い。

神江 アプリを試作するだけで少なからぬ持ち出しをしてしまって、大変です。ただ、自分は常に世の中の事象の先読みをして、そこに対して仮説と検証を繰り返していくのが好きなんですね。何か新しい技術なり、トレンドなりが出てくる。その結果こうなるだろうと予測をする。それにもとづいて企画を立てたり、座組をくんでモノを作る。その結果、仮説が当たったら嬉しいし、外れたら悲しいけれど、そこも含めて楽しいというか。ひらたくいえば、常に新しいことに挑戦していたいんです。

吉田 それはまったく自分と同じですね。自分がバカばっかりやっているのも、常に全速力で走り続けて、新しいことに挑戦していると、自然に人が周りに集まってきてくれるからなんです。自分が大好きなプロレスラーであるジャンボ鶴田に「人生は挑戦だ」という名言があるんですよ。若いうちはピンとこなかったんですが、40歳を過ぎるとわかってきました。みんな失敗するのが怖くなっちゃうんですね。でも格闘家やアスリートならわかると思いますが、負けると思って試合にのぞむと絶対に負けるんですよ。勝つイメージを持って試合に臨まなくちゃいけない。それって挑戦し続けるってことなんです。

神江 吉田さんほど挑戦をしている人は他にそうそういないと思いますよ。ちょっとお話ししただけでも、周りに人が集まってくるのもわかります。

吉田 だからといって、自分の真似をしちゃ駄目ですよ。そうか、クラウドファンディングをして足を切断すれば良いんだなんて、大間違いですから。要はそれだけ本気度を見せたから、人々の琴線に触れて、支援が集められたと言うことなので。だから足を切断したことは、まったく後悔していないんです。実際は右足が壊死するかもといわれた時、セカンドオピニオンを採ることだってできたんですよ。でも、時間もなかったし、それは違うなと思った。そこで悩んだり、振り返ったりすることは、すでに負けているってことなんです。

神江 いや、身が引き締まる思いですね。

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ARとAIを使って、日本で世界と戦える組織体を作りたい
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吉田 たとえば今ちょっと思いついたんですが、スマホ同士で近距離通信ができるなら、戦車長と砲手で協力して一台の戦車を操縦して、敵戦車を倒していくなんてこともできますか? アニメ『ガールズ&パンツァー』を筆頭に、ミリタリーものは根強い人気がありますよね。

神江 そこはちょっと難しいところで、そもそも協力プレイってARじゃなくても、楽しめるじゃないですか。その上で、テーブルの上などを走っている豆タンクみたいな戦車をスマホで見ながら遊ぶことが本当に楽しいのか、ということを考える必要があるんです。

吉田 そういわれると、確かにあまりおもしろそうな気はしないですね。

神江 ただ、これがたとえば、お父さんが子どもを肩車をして、実際にスマホを見ながら歩き回りながら遊ぶとなると、また話は違ってくると思うんです。お父さんは戦車長、子どもは砲手の視点でフィールドを眺めて、そこで現実の障害物にあわせて表示されるエネミーに向かって攻撃するといった感じですね。そうなると、俄然おもしろくなってくると思うんですよ。ここでは肩車という親子の絆やふれあいの体験をARで拡張しているわけです。そんな風に、何を拡張してどんな体験を提供するかが、ARでは非常に大切なんです。

吉田 うわっ、そう考えるとARは奥が深いですね。

神江 自分もこれに腹落ちするまで、けっこう時間がかかりました。ただ、こんなふうにARについては、ある程度わかると自負しているんですが、AIについては、まったく想像がつかないんですね。もちろん、強化学習や深層学習といった言葉の意味や、技術の概要はわかるつもりですが、それがどんなふうに社会を変えていくかは、想像の範疇を超えていて。たとえばAIでお客様や商品を画像認識して、自動的に決済する、無人コンビニなどの実験がありますよね。あんなものが出てくるとは、想像もしていなかったわけで。

吉田 たしかにそうですね。

神江 一方でARとAIって切っても切り離せない関係なんですよ。たとえば『Pokémon GO』では現実世界の上に、ただキャラクターがオーバーレイされているだけですが、これが草むらやブロックなど、現実の風景をAIが理解して、それに適したキャラクターが表示されるようになると、もっとおもしろくなりますよね。実際に工場でメーターの針をホロレンズで画像認識して、異常値が出たら警報を鳴らすといったソリューションも研究開発されていますし。こんなふうにインターネットとつながっていない、古いタイプの機械でも、AIを間にかませることで、新しい意味を持たせられます。

吉田 なるほど。

神江 そんなふうにAIが発展していくと、シンギュラリティに到達して、人間の仕事が失われてしまう、なんて警戒論も出ていますよね。ただ、自分はそこにはあまり興味がなくて、そんな風にAIが発展したら、社会がどのように変化していくのか、そこに興味があるんです。ただ一ついえるのは、AIとうまく付き合えない会社は競争力を失うことと、ARとAIの相性が良いこと。だから大きく言うと、人とAIの関係性がこれからどうなっていくのかに興味があるんですよ。それも結局のところ、先読み好きの自分でも、この先どうなっていくか、わからないからなんですが。

吉田 そこまで聞くと、ますます神江さんや、神江さんがやろうとしていることに興味がわいてきましたし、応援せざるを得なくなってきましたね。正直、そんな新しいことをしなくても、十分に生きていけるわけじゃないですか。実際にゲーム業界でそうした挑戦をしているところは、ほとんどないですし。しかも、それに障害者に活力をもたらしてくれるようなものであれば、なおさらですよ。

神江 新しいことに挑戦するって、楽しいじゃないですか。それに明日死んだらどうするんだろうって、よく考えるんです。たとえば東日本大震災で被災された方も、そんな事態になるなんて、前日までまったく予想されていなかったと思うんですよ。

吉田 まったく同感ですね。明日、交通事故で死ぬかもしれないじゃないですか。実際、自分も12年前の交通事故が元で右足を切断したわけだし。そう考えたら、今のこの時間はエネルギーを全力で使わなければいけないわけですよ。常に全速力で生きていた方がおもしろいし、背中にあるゼンマイを巻いたら、フルスロットルなんですよ。

神江 震災の時に反省したんです。あの時、弊社でも何かできないかと思って、募金を募ったんですが、数十万円しか集まらなかったんですね。一方でローソンなど、ヘリコプターでおにぎりを空輸した企業もある。それって、会社としての力の差なんです。力があったり、余力があれば、非常事態でも人に優しくなれる。そんなふうに、新しいことに挑戦するだけじゃなくて、力を持つことも大切なんだなと。

吉田 自分が政治家をめざそうと思ったのも、まったく同じですね。個人でもできない、NPO法人でもできないことでも、区議会議員ならできることがあるし、区長だったらなおさらですよね。障害者スポーツや障害者の娯楽にも取り組んでいきたいし、交通事故だって減らしたい。自分は交通ジャーナリストでもあるので、本当にそう思うんですよ。交通事故の死亡事故って、本当に犬死になんですよ。みんながちょっとずつ気をつけるだけで、低下させられるのに、それが全然できていない。

神江 確かにそうですね。

吉田 それに、政治家って自己犠牲の精神が一番重要なのに、そうした政治家ってほとんどいないじゃないですか。自分は自己犠牲ができる人間になりたいんですね。実際、ジャーナリストって自己犠牲の精神が必要なんですよ。社会の悪事を暴いたり、戦地に取材に行って、それで命を落としたりする人もいるわけだし。自分も相手の嫌なことをズケズケ聞くので、いろんな人から嫌われています。でも、それでも関係性が築ければ、その人は本物だと思うし。

神江 逆に自分は政治家には向いていないと思うんですよ。利害調整が下手なんですね。自分にとって最適解と思うことが、相手にとっては得がないこともあるじゃないですか。ナムコ時代も先読みが好きで、結論から唐突に話すスタイルが突拍子なく何も考えずに発言しているように見える人が多いらしく、「宇宙人」「外国人みたい」「思ったことを、そのまま言い過ぎる」と良く言われていましたし。それを考えると企業経営者もどうなんだって話になりますが。

吉田 だははは(笑)

神江 でも、なんで経営者を続けているのかというと、いまGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)が世界の冨や技術を集めていますよね。もちろんGoogleMapをはじめ、いろんなサービスの享受は受けていますよ。でも、この先に日本はどうなるのかと考えると、ちょっと心配になるんですよ。本当は日本からGAFAを越えるような企業が出てきて、税収を高めなければいけない。

吉田 なるほどね。

神江 ARとAIの組み合わせは、その答えの一つになり得ると思っているんです。答えはシンプルで、『Pokemon GO』を越えるようなゲームなり、サービスなりを作れば良いんですよ。そうすれば、そこからリハビリなり、シリアスゲームなりに展開していくことも容易だと思うし。自分がしつこく経営者を続けている理由も、そうしたヒットを作って、日本で世界と戦える組織体を作りたいからなんです。

吉田 一緒に頑張りましょう。絶対にできますよ。

神江 ありがとうございます。今日は、いい刺激をもらいました。

■ジャンクハンター吉田(よしだ武)
映画&ゲーム系コラムニスト/交通ジャーナリスト
2019年1月にお台場で開催した『ロボコップ・コンベンション東京2019』をクラウドファンディングで大成功へ導く。現在は政治活動中で、4月に行われる統一地方選挙で東京都北区の区議会議員選に関心を高めている。
公式サイト http://takeshi-yoshida.com/

■神江 豊(こうのえゆたか)
Sol Entertainment代表取締役社長/ゲームクリエイター
ナムコ開発で15年間ディレクターとプロデューサーを経験し独立。企画専業のソル社では、特許出願に至る独創性の高い未踏ゲームやエンタテインメント企画を得手とする。『ドラゴンクエストXI』など各社プロジェクトの開発協力や新事業創出支援、コンサルティングを実施。また、国内屈指のオンラインカジノ事業知見を持つ。
2018年よりヘルステックやAR×AI技術を用いた新事業とクリエイター支援事業に力を入れ、2019年はAR新会社設立に至る技術者や投資家との新たなつながりを期待している。
公式サイト https://www.sol-ent.com/
ARFit https://www.arfit.games/
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