また、『月姫』と直接的な繋がりこそないものの、平行世界的な関係性を持つ『Fate』シリーズは、2004年発売の『Fate/stay night』から始まり、今では多数の作品が広がる一大コンテンツへと成長。特に、スマートデバイス向けにリリースされた『Fate/Grand Order』は、数あるスマホアプリの中でも指折りの人気作として、今も活躍を続けています。
この『月姫』や『Fate』を生み出したのは、武内崇氏・奈須きのこ氏の両名が率いる「TYPE-MOON」。かつては同人サークルとして、そして今はゲームブランドとして名を轟かせており、長年にわたる活動と実績を積み重ねています。
そんなTYPE-MOONが新たに放つ作品は、2012年に発売したPCゲームをベースに、フルボイスやフルHDなどのパワーアップを備え、10年の月日を跨いで放つ『魔法使いの夜』です。オリジナル版はPCのみの展開でしたが、今回はニンテンドースイッチ/PS4向けの展開となり、家庭用ゲーム機に『魔法使いの夜』が初登場します。
『魔法使いの夜』、ファンの間では『まほよ』の愛称でも知られている本作の新たな装いに、喜んでいるファンも多いことでしょう。一方、10年前の人気を知らず、今回のコンシューマ版で初めてその存在を知った方もいます。
その両方のユーザーに向けた体験版の配信が既に開始されており、その配信に先駆け、体験版『魔法使いの夜』をプレイする機会に恵まれました。そこで本記事では、この体験版に触れた手応えやその内容についてのレポートをお届けします。
ですが、『まほよ』をプレイ済みか否かで、この体験版に向ける視線や気になるポイントも変わるはず。
■演出に特化したADVの名作は、10年経っても色褪せない片鱗を体験版で“予告”する
まずは、PC版の『魔法使いの夜』を知らず、ADVゲームのひとつとして気になる方に向けて、本作の特徴や体験版のプレイ内容をお伝えします。原作に当たるPC版が発売されたのは2012年ですが、作中の時代背景は更に遡った1980年代後半。スマホどころかインターネットもなく、ゲームハードで言えばファミコンが現役の時代で、PCエンジンやメガドライブがあるかどうか、といったところです。
1980年代後半は、本作に初めて興味を示す人のほとんどがまだ生まれてもいなかった頃。TVは今のような薄型ではなくブラウン管で、家具調や正方形に近いものが一般的でした。そんな、どこか古めかしく、しかし生活の隅々に科学と文明が行き渡った日本にある、坂の上に建つ屋敷に住む3人の人物に焦点を当てる物語が、『魔法使いの夜』で綴られます。
本作のジャンルはADVなので、作品が持つ魅力の中心はその物語にあります。また、大きな枠組みとしてはADVに属するものの、ビジュアルノベルとも呼ぶべき本作はゲーム性を極力排除しており、本編には選択肢が一切ありません。
当然、今回の体験版にも選択肢はなく、ボイスと演出に彩られたテキストが画面全体に表示され、屋敷の住人である「蒼崎青子(あおざき あおこ)」と「久遠寺有珠(くおんじ ありす)」、そして居候する形となった「静希草十郎(しずき そうじゅうろう)」たち3人の物語の断片が、発売に先駆けて味わえます。
選択肢がなくて読むだけ、と知って不安になる方もいるかもしれません。もちろん、プレイヤーの判断を選択肢に反映させ、変化していく物語や異なる結末を味わうのも楽しいもの。その意味だけで見ると、『魔法使いの夜』が持つゲームとしての魅力は、やや弱いとも言えます。
ですが、ゲームが表現できる“面白さ”は、分岐やマルチエンディングだけが全てではありません。“見習い魔術師”の青子、“生粋の魔女”である有珠、特別ではないが普通でもない草十郎の3人が過ごす日常は、高校生程度の波乱に満ちた平凡さと、神秘が彩る恐ろしげな世界のふたつを陰陽のように両立しており、どちらの面でも見る者を引き込みます。
その没入感を後押しするのが、選択肢や分岐によるゲーム性を捨て、魅せることに特化した演出の数々。立ち絵と会話ウィンドウで固定化された一般的なADVとは大きく異なり、文章を主体に状況や会話を提示しつつも、キャラクターと精緻な背景で構築された絵作りが視覚的な刺激を放ち続けます。
本作にも立ち絵のようなキャラビジュアルはありますが、状況によって立ち位置を変え、寄りや引きで距離感を演出。また、シチュエーションによって背景も変化し、画一的な構成を見続けるようなシーンはほとんどありません。
本作における立ち絵は「キャラがここにいる」という記号ではなく、背景と共に組み合わされた「その世界の瞬間」を描く要素として画面に馴染んでいます。この演出について誤解を恐れずにまとめるなら、定点のカメラ視点からの解放、とも言えるかもしれません。
また、地の文や台詞といったテキスト部分はプレイヤーの任意で送ることができますが(設定でオート進行も可能)、文章の合間に入る動きのある演出や幕間の表示など、演出部分に関わるものはゲーム側で制御されており、基本的に開発者が想定したテンポで展開します。
これを不便に感じる方もいるでしょうが、徹底して演出に特化した『魔法使いの夜』においては、ひとつひとつの間もまた重要な要素。端折りすぎないシステムに止めているのは、本作の“間とテンポ”を守るためでしょう。
といっても、シーンをざっくりと移動する「早送り」や「早戻し」、また「スキップ」などの設定はあるので、「常に演出が強制される」といった足枷はありません。演出を重視した作品作りはそのままで、遊びやすい環境設定もしっかり用意されています。
縛られないカメラワークと、間も含めた演出に特化した『魔法使いの夜』は、長編の小説ではなく、濃厚な物語を絵や音と共に楽しむ作品と言えるでしょう。敢えて例えるならば「優れた映画を見るような充実感」を味わえるADVゲームです。
そして、この例えに倣うのであれば、今回の体験版は“ゲームの体験”というよりも“『魔法使いの夜』の予告編”という位置づけとして捉えた方がピッタリくるのかもしれません。一般的なADVとかけ離れた演出やカメラワークが、果たして物語にどんな影響を与えるのか。こうした点に興味を抱いた方は、まずは試金石代わりに、この体験版に触れてみるのがお勧めです。試すだけの価値を、この“予告編”は備えています。
■声のある『魔法使いの夜』に宿る新たな刺激は、一見・一聴の価値あり
『魔法使いの夜』をよくご存じの方、特にPC版をプレイ済みというファンにとっては、本作の魅力や特徴について、既に知り尽くしていることと思います。ですので、ここではコンシューマ版ならではの要素や、気になるポイントなどに迫りましょう。
まずはその見た目、グラフィック面に素直な驚きを覚えました。10年前とはいえ、元々がPCゲーム向けのADVゲームなので、その時点で十分なビジュアルを確立済みですが、思い出は時に美化されがち。いわゆる“思い出補正”は手ごわい相手ですが、コンシューマ版『魔法使いの夜』の体験版を遊んだ限りでは、見た目で劣ったと感じた点はありません。これは、フルHD化の恩恵によるものなのでしょう。
また、当時と比べてディスプレイ環境が進歩した点も、この感触に拍車をかけています。PC版が発売された当時もTVやモニタは薄型へ移行していましたが、10年間の進歩はやはり大きく、性能はもちろん画面の大きなTV・モニタの価格も手頃なものが増えました。そのため、大画面で『魔法使いの夜』を楽しむ、という贅沢を味わいやすくなったのも、今遊ぶ利点のひとつと言えそうです。
ですが、『魔法使いの夜』体験者にとって最も大きな違いは、フルボイスの実装でしょう。PC版の公式サイトには、「キャラクターに音声は付けておりませんが、それがゆえに文章が持つプリミティブな面白さ、魅力を楽しんで頂けるはずです」と、ボイスをつけなかった理由をこのように説明しています。
そのため、今回ボイスをつけたことで“プリミティブな面白さ、魅力”を損なうのでは、といった危惧があるかもしれません。しかし、少なくとも体験版をプレイした限り、恩恵しかなかったというのが率直な感想です。
まず、ボイスがあることで“文章”への関心が損なわれたり、理解が阻害されたりといった印象はまるでありません。
間やテンポまで徹底して組み上げ、ゲーム性よりも優れた演出・表現を選択した『魔法使いの夜』。ボイスも演出のひとつと考えるならば、フルボイス化は“想像する楽しさが奪われた”のではなく、“演出をさらに研ぎ澄ませた正当進化”だと筆者は解釈しました。
もちろん、声がつくことで「イメージが損なわれる」「自分が想像していた青子たちの声は、こうじゃない」と感じる方もいるでしょう。そうした方々は、ゲーム内の環境設定を調整することで「ボイスのない『魔法使いの夜』」がプレイできるのでご安心を。
今回遊んだ体験版の範囲で、特にボイスがあってよかったのは、有珠の戦闘シーンです。ネタバレ回避のため詳しい内容は伏せますが、製品版における5章の戦闘シーンと言えば、経験者ならピンと来るはず。そう、「London Bridge Is Broken Down」(ロンドン橋落ちた)を歌い上げながら戦う場面です。
暴威と呼べるほどの力を持った存在が複数集い、苛烈な暴力が吹き荒れながら、どこか静謐さも感じさせる独特な場面。その印象を強めているのは、有珠が口ずさむ「London Bridge Is Broken Down」に他なりません。
シーン自体はPC版と全く同一で、そちらでも有珠が「London Bridge Is Broken Down」を歌っています。しかしそこに声が加わることで、シーンの“凄み”が倍増。
既にPC版を経験した方であっても、このシーンを声つきで味わうのは、かなり刺激的な体験になると思います。同時に、「ボイスのある『魔法使いの夜』」の魅力をここで推し量ることができるので、体験版が配信された暁にはぜひ味わってみてください
体験版のボリュームは、プレイヤーの読む速度にもよりますが、大体40分~1時間ほど。優れた演出と新たに加わったボイスが織り成す『魔法使いの夜』のお試しには、ちょうどいい分量でしょう。
ちなみに、さきほど「5章」と記したために誤解を生むかもしれませんが、この体験版は冒頭から5章まで遊べるものではありません。ゲームの体験版は、開始から一定区間を遊べる形が多いものの、『魔法使いの夜』体験版はこの形に当てはまっておらず、独特の構成になっています。
時系列通りではなく、時には時間軸が前後しながら展開する『魔法使いの夜』の体験版は、少々不親切に見えるかもしれません。ですが、いえ、だからこそ様々な断片をかき集めることができ、それこそが本作の魅力を最もよく伝える“予告編”の役割を果たしているのだと感じました。
1章の最終盤から始まり、7章や5章を経て、最後は1章の冒頭に戻って幕を閉じる体験版『魔法使いの夜』。その独特な構成も含め、これは今よりも少しだけ神秘が色濃かった10年前の世界から届いた、青子の新たな魔法なのかもしれません。
(C)TYPE-MOON