「ゼロの秘宝」で主人公は、他校と合同開催する“林間学校”のメンバーとしてキタカミの里へ。
DLC情報が明かされてからファンの間では、キタカミの里が東北・岩手の北上市がモデルなのではないかと噂されています。名前が共通しているのはもちろん、映像の中には北東北に酷似した地形やいわて応援ポケモン「イシツブテ」、“鬼”の要素など、多くの点で岩手県を想像させる部分が多いのです。
今回、岩手県在住の筆者は「キタカミの里」と、岩手県・北上市の共通点を探るために現地へ行ってきました!第1回では前編・碧の仮面で大きくクローズアップされている地域と、伝説ポケモン「オーガポン」について取り上げていきます。
◆DLCの舞台・キタカミの里を知ろう!
まず、本作の舞台である「キタカミの里」についての要素をおさらいしてみます。公式サイトの説明によると、この里は大きな山の麓に人々が暮らしており、田んぼやりんご園など、のどかな自然が広がっているとされています。主人公は里にある「スイリョクタウン」を拠点に林間学校に参加することになります。
また、主人公が向かう時期には、里で「オモテ祭り」と呼ばれる地域のお祭が開催されます。ほかにも「ともっこプラザ」と呼ばれる公園や「キタカミセンター」などの地名も紹介されています。
前編・碧の仮面では、伝説ポケモン「オーガポン」や地域に伝わるポケモン「イイネイヌ」「マシマシラ」「キチキギス」だけでなく、既存のポケモン「カジッチュ」の新たな進化した姿「カミッチュ」も登場。映像内では「ヤンヤンマ」「ウッウ」「エイパム」「グライガー」など、多くのポケモンの姿も確認できます。
◆噂の北上市へ。
筆者の住む盛岡から車で1時間ほどの場所に、岩手県・北上市は存在しています。水に恵まれたこの地では古くから大規模な集落が作られ、歴史とともにさまざまな人物が治めていたことが伝えられています。平成3年に旧北上市(昭和29年誕生)、和賀町、江釣子村が合併して現在の北上市となり、人口は約9万2千人です。
歴史に根付いた農業や、豊かな水を活かした工業が盛んな地というだけでなく、桜の名所「展勝地」や、温泉やスキーで楽しめる「夏油高原」、民俗芸能「鬼剣舞」などで観光地としても知られています。新幹線の駅もあるため、年間およそ100万人を超える観光客が訪れる地域です。
まずはこの北上市の文化を中心に「キタカミの里」で紹介された要素に共通したものを探していきます。
◆「スイリョクタウン」
主人公がゲーム内で拠点とする「スイリョクタウン」。この「スイリョク」と言う単語は、シンプルに「水力」ではないかと予想されます。水という点で言えば、北上市には一級河川である北上川が通っています。
北上川は東北で最大級であり、日本でも4番目の規模の河川。北上川は「日本書紀」に出てくる“日高見国”に由来しているのではないか、という説もあるようです。なお、北上市の名称はこの北上川や北上盆地といった地名から取られているとされています。
水が豊かな北上市および近辺地域では、水力発電所も多数存在しています。北上市内には3つの水力発電所があり、すべて北上川水系の川を使用しています。水系のひとつである和賀川の先にある湯田ダム(和賀郡)は、アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」の映像で使用されたことでも知られています。
北上市内ではそのほか、川を利用した水車小屋なども文化として保存されています。市内にある“親水公園お滝さん”では、毎年夏頃に水車小屋を利用して引いた蕎麦などを提供する祭りも行われます。
さまざまな場面で水との共生を感じる北上市、少し強引ですが「スイリョク(水力)タウン(町)」と言っていいのかも?
◆りんご
りんご園やポケモン「カミッチュ」など、キタカミの里ではリンゴを強調する要素が多めです。りんごは岩手県を代表する作物のひとつで、その歴史は明治時代まで遡ります。
「岩手県農業史」によれば岩手県でりんごの栽培が始まったのが明治5年。日本では明治4年にアメリカからセイヨウリンゴの苗が持ち込まれ、明治7年に全国への配布が始まったと言われているため、岩手県のりんご栽培の歴史はかなり古いことがわかります。
岩手県はリンゴの生産量全国3位を誇り、なかでも最高級リンゴとして知られる「江刺りんご」など、高いブランド力を持っています。また、1940年から毎年皇室へとりんごを献上していることもニュースとして取り上げられます。
北上市でもりんごの栽培は盛んに行われており、県内でも有数の産地として有名です。
◆田んぼ
岩手県の米の収穫量は日本で10位。北上市は岩手県だと4位の収穫量で、県内でも有数の米どころでもあります。北上市の主な栽培品種は「ひとめぼれ」で、近年では岩手県のブランド米「銀河のしずく」もかなり増えてきているようです。
基本的に岩手県の土地が広いということもあるのですが、それでもやはり北上市も田んぼの数はかなり多めです。
◆立地
キタカミの里は大きな山がそびえ立ち、その麓に人々が住んでいます。北上市の中心地は北上盆地にあるため、実は山の麓にあるという立地ではありません。とはいえ市の西には奥羽山脈があり、麓や山中にはそれぞれ集落や文化もあるため、決して山と縁遠い地域というわけではないでしょう。
北上市を代表する観光スポット「夏油高原」は、夏油三山と呼ばれる大きな3つの山から成る地形です。夏油温泉の歴史は古く、856年に発見されたとも、1375年に発見されたとも言われています。
次項では、北上市に残る“鬼”の要素を紹介していきます。
◆北上市の「鬼の館へ」。
DLCに登場する「オーガポン」は、恐ろしいお面を被った姿が特徴的な伝説ポケモンです。「オーガポン」は名称に「オーガ(鬼)」が含まれています。また、キタカミの里で行われる「鬼退治フェス」では、バルーンなどに「オーガポン」の意匠を確認できるなど、多くの点で“鬼”の要素が強く感じられる存在です。
北上市には、鬼の面を付けて踊る民俗芸能「鬼剣舞」が存在しています。キタカミという地名と“鬼”という共通テーマを決して無視することはできません。そこで、筆者はこの伝説ポケモンの秘密を解き明かすため、北上市・岩崎にある「鬼の館」を尋ねることにしました。
「鬼の館」は、平成4年に建てられた鬼をテーマにした博物館。「鬼剣舞」の発祥の地と言われる地域にあり、館内には、鬼を大きく分類して紹介する“鬼曼荼羅”や、日本各地の“鬼”にまつわる祭りの紹介、日本はもちろんインドネシア、中国など世界中の“鬼面”を飾るコーナーなど、数多くの“鬼”たちが飾られています。
後半では“まつろわぬ民(=鬼)”として、朝廷と戦うことになった東北の人々の歴史や系譜なども展示されています。さらに、ナマハゲで知られるような来訪神たちの紹介のほか、細やかな「鬼剣舞」の系譜や歴史、衣装などが紹介されるなど、素晴らしい展示の数々が用意されています。
“鬼”とは【恐れるもの】【畏れるもの】であり【神もしくは神の化身】である。朝廷はかつて北東(鬼門)の方角にあるということを利用して東北の地に住む人々を【征伐すべき鬼】と呼んだ。
展示されている鬼面のなかには「オーガポン」のお面のように笑っているようなものや、緑色の面も存在していました。ちなみに、チケットを買う受付で職員さんが折ってくれている「鬼の折り紙」があるのですが、こういう心遣いって嬉しいですね。
◆「オーガポン」はやはり「鬼剣舞」はやはりがモチーフか?
「鬼剣舞」は北上の地で千二百年以上続いていると言われています。死者の供養や悪霊祓いの意味を持つ“念仏剣舞”のひとつなのですが、この地域では「威嚇的な鬼の面」をつけて踊ることが特徴で、そこから「鬼剣舞」の名前で親しまれています。
北上市では、13団体が秘伝書による鬼剣舞を守り、1993年には2団体が国の指定する無形文化財に選ばれています。毎年夏には「北上・みちのく芸能まつり」が開催され、勇壮な鬼剣舞を見ることができます。それぞれの秘伝ごとの違いなどもあり、非常に興味深い祭りです。
北上市にはとにかく“鬼”を思わせる物が多く「鬼柳」と言った地名も。町中には細かく鬼の意匠やイラストが飾られています。なかでも多くの北上市民に「鬼剣舞」は愛されているようで、地元の喜久盛酒造が造る日本酒「鬼剣舞」は、地元のスーパーでも気軽に買えるほど親しまれてる銘柄です。
今回「鬼剣舞」を調べていくうちに、ひとつ大きな「オーガポン」との共通点を見つけました。「鬼剣舞」の“鬼”は実は【仏の化身】であり、そのお面には角がないのが特徴です。そして「オーガポン」を見てみると、通常時の仮面部分には角がないのです。これは3rd Trailerでの仮面が外れたシーンでも確認できます。
「鬼剣舞」は、地面を踏みしめることで悪霊を鎮める「反閇」と呼ばれる所作があります。現時点で「オーガポン」の技などは明らかになっていませんが、もし【じならし】や【しょうりのまい】などの技があれば、やはり「鬼剣舞」がモチーフなのかもしれませんね。
北上市には「キタカミの里」を思わせるいくつかの共通点を見つけることができました。いくつかはこじつけの部分があるかもしれませんが、角のない仮面という「鬼剣舞」と「オーガポン」の共通点は大きな発見ではないかと思います。
『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』のダウンロードコンテンツ「ゼロの秘宝」は現在発売中。「オーガポン」が登場する前編・碧の仮面は2023年9月13日に配信予定です。
次回は新ポケモン「イイネイヌ」「マシマシラ」「キチキギス」を中心に、岩手県で伝えられる民話の世界を紹介していきます。
参考文献:「北上市立鬼の館 常設展示図録」平成7年 編集・発行/北上市立鬼の館