漫画家の寺沢武一氏が2023年9月8日に亡くなったと、先日各方面で報じられました。

寺沢氏の漫画家歴は長く、1978年には「コブラ」で初連載を獲得。
「週刊少年ジャンプ」でも掲載が1984年まで続き、以降も「スーパージャンプ」など複数の媒体で「コブラ」を描き続けました。

また、「BLACK KNIGHT バット」、「鴉天狗カブト」、「ゴクウ」、「武 TAKERU」、「GUNDRAGON」など様々な作品を生み出しながら、代表作とも言える「コブラ」の執筆も定期的に続け、2019年には「COBRA OVER THE RAINBOW」の連載を開始。長き生涯にわたり、熱意と意欲を持って漫画執筆を続けた作家でした。

筆者もいちファンとして、各作品……特に「コブラ」を愛読し、のめり込んできた読者のひとりです。脳腫瘍といった大病で筆を置く時期もありましたが、そのたびに寺沢氏は必ず舞い戻り、素晴らしい作品を提供し続けてくれました。

ですが今回の報は、寺沢氏の戻らぬ旅立ちとなり、ファンたちが悲しく見送る形となってしまいました。筆者もまた、胸にぽっかりと空いた穴を苦しく見つめるばかりです。

どれだけ嘆いても、時は戻りません。そして、作者が去った後でも、作品は残り続けます。個人として失ったものの大きさを痛感していますが、ひとりのライターとしてすべきことは、寺沢氏の名作とその足跡をこれからも伝えること。その想いから、寺沢氏の代表作である「コブラ」の魅力や特徴などを、今回改めて紹介します。

■「週刊少年ジャンプ」に登場した、アウトローな宇宙海賊
漫画「コブラ」の連載は、1978年に「週刊少年ジャンプ」で始まりました。
当時の週刊少年ジャンプは、「キン肉マン」や「ドーベルマン刑事」などの人気漫画が活躍。また後続で「Dr.スランプ」「キャプテン翼」「キャッツ・アイ」なども登場し、大きな盛り上がりを見せます。

70年代に連載されていた「アストロ球団」のように、破天荒な作品も少なからずありました。ですが時代の移り変わりと共に、青春を謳歌するものから戦いに命がけで挑むものまで、王道系の少年漫画層が拡大していきました。

バトル漫画の多くは、正義や倫理を重んじて、悪側の敵と戦う作品がほとんど。そんな時代の中、漫画「コブラ」は宇宙海賊を主人公に据え、法律を歯牙にもかけないアウトローを描くSFアドベンチャーとして発進しました。

■少年漫画では異色の主人公像
本作の主人公は、作品名と同名のコブラ。フルネームは不明で、本名なのか偽名なのかも分かりません。左腕に銃(サイコガン)を仕込み、見事なプロポーションを持つ相棒「アーマロイド・レディ」と共に、宇宙船「タートル号」を駆り様々なお宝を華麗に奪います。

コブラの性格は、軽口が多くユーモアに溢れており、“仕事”の最中もあまり緊張感を見せません。その砕けたスタイルは女性相手でも変わらず、美人と見れば興味を示し、手慣れた様子で声をかける場面も多々あります。

こうした性格の主人公は、特に当時の少年漫画ではかなり珍しい部類でした。
しかもコブラの場合、容姿との兼ね合いもまた特徴的です。こうしたキャラクターの場合、二枚目やイケメンでもおかしくありませんが、コブラの見た目だけを語るならばずばり「三枚目」。たれ目で団子鼻という見た目は愛嬌こそ感じますが、ハンサムとは言い難い容姿です。

特に連載第一話目のコブラは、自ら記憶を消して社会に埋没しているため、うだつの上がらないサラリーマンに他なりません。

少年漫画の主人公、しかも宇宙海賊。そこに、三枚目なビジュアルの組み合わせは“奇妙”にも思えます。しかし作品を読んだ後は、その印象が一変。味のある表情との組み合わせがこの上なく格好良く、“絶妙”だったのだと驚かされます。

■組み合わせの妙で魅了する「コブラ」と、その成功
宇宙海賊だが群れることなく、盗みの過程で殺しもしない。法律に頓着はせず、しかし情には厚い。降りかかる火の粉は払い、大事な相手に手を出すヤツはたとえ大組織のリーダーでも悠然と立ち向かう。女に甘く、時に罠にハマることもあるが、外道なら男女問わず殺すことに躊躇いはなし。


こうしたいくつかのギャップと、ここ一番では決める振る舞いが、コブラという人物を魅力的に引き立てます。そしてお宝を狙う一方で、決して欲深いわけではなく、困難への挑戦を楽しんでいる面が大きい模様です。例えば、相棒のレディを助けるために向かった「カゲロウ山」の山頂にはニ十トンもの金塊があったのに、コブラは全く目もくれずに下山しています。

また、山分けを約束した相手が死んだ時は、その場にルビーを置く場面もありました。自分の分け前が減ることは全く厭わず、国宝を惜しげもなく分け与えます。「わけまえだ。天国にいくときのワイロにつかいな」と、粋な台詞と共に。

いわゆる「正義の人」からはほど遠く、強いて言えば劇画系漫画に近い主人公像と言えるでしょう。そんなコブラを、敢えて少年漫画の主人公に据えた寺沢氏の先見の明は、コミックの発行部数5,000万部超え(全世界累計)という大成功をもって正しく証明されました。

■コブラの魅力が溢れ出す、名台詞の数々!
コブラが人気を集めた大きな理由のひとつは、ルビーの下りでも垣間見せた軽妙な台詞にあります。彼が発した名台詞は今も語り継がれており、中にはコラージュもされるほど、馴染みやすく切れのいい台詞回しが次々と飛び出します。

例えば、以前知り合った女性(美人)から「あなたにあってぜひたのみたい事があるの」と通話で告げられた際、コブラは「どうした 背中のファスナーでもとまらないのか」と切り返します。
普通なら用件が先に気になるものですが、小粋なジョークを挟む瞬発力に唸らされます。また、美人の頼み→ファスナーと連想する発想力もさすがです。

また、とあるスポーツの球団に選手として潜入する際、その面談中にオーナーから「身長8フィート4インチ、体重193ポンド、なかなかいい体をしているな」と言われると、「でもバストとヒップには自信がないんだ」と返答。このシチュエーションとタイミングで、これだけの軽口はなかなか言えません。ちなみにコブラのプロポーションは、しなやかで逞しい筋肉に包まれており、バスト=胸囲ひとつとっても見事なものです。

「聖なる騎士伝説」編では、傲慢な教徒の高説に対して、苦しむ人々を余所に教会は何をしていたと言い放ち、「天上で神様の足の爪でも磨いていたのか」と皮肉を口にするコブラ。その態度に「神を侮辱するつもりかっ」と怒りをぶつけられるものの、「神か……最初に罪を考え出したつまらん男さ」と鮮やかに一蹴します。

コブラの在り方としてユニークなのは、彼は神のごとき存在と出会ったこともありますが、崇拝をしない一方で強烈な拒絶も示しません。神も一個の存在として受け止めているに過ぎず、交わす言葉は対等で、見上げも見下してもいないのです。

恐るべき影響力を持ったまま姿を消した古代火星人に対しても、その全能ぶりに「神」と称しながらも、「神は天にいて人を見まもるだけでいい。……手は出すな!」と断言する場面は、“人としての強さ”を示し続けたコブラらしい見事な締めくくりでした。

■特にお勧めしたい切り返しとその顛末
個人的に特に気に入っているのは、死刑囚が集う星で、その先行きを諦めている人物に向かって放った一言です。
不運にしがみつくこと自体が不運、運は力づくで自分の方に向けるものだと口にするコブラに、死刑囚が「その運てえやつに負けた時はどうするんだ」と訊ねると、一コマの間を置いてこう答えます。「笑ってごまかすさあ!」

コブラはジョークを好み、どれだけ危険な時でも笑みを絶やしません。ですが、何かを目指して失敗した時、一度たりとも“笑ってごまかした”ことはありません。常に全力を尽くし、いかなる時も諦めず、タフに生き続けてきたコブラ──そんな彼だからこそ、全く正反対の「笑ってごまかすさあ!」という軽口がビシッと決まります。

それを言われた死刑囚は、この話の最後に見事“運を力づく”で向かせました。笑顔を浮かべるように、口角を上げたまま。笑いごとではない危機的な状況を、笑いながら乗り越えていく……そんな男たちの背中を、眩しくも美しく描いたのが漫画「コブラ」という作品でした。

■ゲーム業界も席巻した「コブラ」の活躍
「コブラ」は、その内容だけでなく、作品としての取り組みも先進的でした。当時はまだ機材も高く、技術的にも模索状態だった「デジタルを活用した漫画表現」を、寺沢氏はいち早く取り入れます。

連載漫画としては当時異例の試みでしたが、昨今ではデジタルによる作画はすっかり当たり前に。これもまた、寺沢氏の先を見る目が鋭かった証左のひとつでしょう。

デジタルへの取り組みがいち早かったのも後押しになったのか、「コブラ」はゲームとの相性も良く、様々なプラットフォームで「コブラ」原作のゲームが登場しました。
PCエンジン時代には、CD-ROM2向けに『コブラ 黒竜王の伝説』や『コブラII 伝説の男』などが発売されています

またPS時代には、愛銃と左腕のサイコガンで敵と戦う『コブラ・ザ・シューティング』が生み出されたほか、デジタルコミックシリーズのラインナップに『コブラ・ザ・サイコガン(前編)』『コブラ・ザ・サイコガン(後編)』『コブラ・ギャラクシーナイツ』が加わります。

さらに2005年には、アーケード向けに『コブラ・ザ・アーケード』がリリース。ジャンルはガンシューティングで、ロックオンした敵に必ず命中するサイコショットは、原作のサイコガンを再現する心憎いシステムでした。残念ながら移植などはされていないので、今後なんらかの形での復活を切に望みます。

そしてもうひとつ見逃せないのが、今年3月に判明した「コブラ」の新たなゲーム化の動き。フランスのパブリッシャー「Microids」と「トムス・エンタテイメント」が、アニメ「コブラ」のゲーム開発を進めていると報じられました。

この時はまだプリプロダクションの段階だったので、詳細はもちろん現時点の具体的な動きなども不明ですが、悲しい出来事があったからこそ、よりよいゲーム作品を作り上げて欲しいものです。なお当時の予定では、PCとコンシューマ向けになる模様です。

当時の少年漫画には珍しい切り口と要素ながら、唯一無二の魅力で読者を虜とし、40年を超えて愛され続けてきた「コブラ」。この名作は多数のコンテンツへ広がり、様々なアニメ作品やゲーム化、そして今もまた新たなゲームプロジェクトが進行しています。

「コブラ」という作品は、これからも活躍が続くことでしょう。ですが、寺沢氏の手による完全新作を見る機会は、残念ながら失われてしまいました。それは例えようもなく悲しい事実ですが……ひとりのファンとして、巨匠との別れを“笑ってごまかす”つもりです。寺沢武一氏と生み出された作品の数々が、長く語り継がれることを願いながら。
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