華族は“おビンタ”で戦う──何を言っているのか一瞬理解できず、しかしこれ以上の説明はいらないほどパワフルなアクションゲーム『薔薇と椿 ~お豪華絢爛版~』(以下、薔薇と椿)がニンテンドースイッチ向けに発売され、一部ユーザーの間で熱のこもった盛り上がりを見せました。

実際に遊んだ一般ユーザーの評判はもちろんのこと、VTuberによるゲーム実況もたびたび行われ、“おビンタ”で繰り広げるバトルの模様がSNS界隈に大きく広がります。


非常に力強く、そしてセンシティブな“おビンタ”による対決。問答無用のやりとりに多くのゲームファンが注目しましたが、特に話題になりやすいのは、一見しただけでも分かる“おビンタ”の要素。確かにそれも大きな特徴ですが、しかし“おビンタ”だけが本作の魅力ではありません。

もうひとつ注目して欲しいのは、高貴な家柄である華族「椿小路家」を舞台とした、誇りと下剋上がぶつかり合う人間ドラマ──そう、「昼ドラ」を彷彿とさせるような女同士の戦いと、その顛末です。一周回って突き抜けている世界観の完成度、そして徹底具合が素晴らしく、見逃すには実に惜しいポイントです。

そこで今回は、本作を一通りクリアした筆者が、『薔薇と椿』で待つ魅惑的な物語を紹介します。“おビンタ”だけで終わらない本作の魅力に触れ、ぜひ本作のプレイをご検討ください。

なお、取り扱う内容の関係上、物語面についてのネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。

■『薔薇と椿』プレイの前にまず見たい、世界観を雄弁に描くOP映像
早速、その物語の魅力について迫ります……と言いたいところですが、まずは世界観をこれでもかと表現したオープニングから紹介します。

『薔薇と椿』は、椿小路家の子息・俊介と結ばれ、華族に名を連ねた女性「玲子」の反攻をきっかけに、物語が動き始めます。俊介の死を境に“下民の女”と蔑まれた不当な扱いに立ち上がり、華族と庶民の誇りをかけた“おビンタ”バトルが始まるのです。


なぜ“おビンタ”で決着をつけるのかは、「華族なので」という一言に尽きます。作中の説明によれば、「おビンタは華族の女性がお相手を許せない時にだけ許される、由緒正しき競技」とのこと。それ以上の詮索は、華族らしからぬ振る舞いに違いありません。

このように強烈な世界観を持つ『薔薇と椿』ですが、椿小路家との確執・おビンタによる決着・女たちのプライドといった重要なポイントを、わずか1分強のオープニング映像と主題歌だけで雄弁に語ってくれます。

まず映像の冒頭でいきなり、「つぼみにくるまれたままの やわらかな おさつい」と、なかなかのフレーズが放たれます。「やわらかな おさつい」、いつか使ってみたいと思わせる言い回しです。

「ばらのそので きずついても ひけない きせつがある」は、まさに今の玲子そのもの。“おビンタ”で(かなり物理的に)傷つく目に遭うとしても、一人の人間としての誇りのため、そして俊介と過ごした居場所を守るため、立ち上がる。本作の展開を的確に示している一文です。

そんな玲子の振る舞いを、椿小路家の女傑たちが素直に受け入れるはずもありません。ぶつかり合うしかないこの状況を、「ことばじゃ もうおさまらない はじめましょ おビンタのあらし」と表現。「おビンタのあらし」で厳しい戦いを予感させる一方で、お互いに譲らぬ意気込みがこもった「はじめましょ」という言葉が、非常に力強さを感じさせます。


そして飛び出す「てのひらのシビレは たけきおんなのあかし」。筆者もそれなりの年月を生きてきましたが、ビンタによる攻撃をこれほど気高く綴った表現を見たのは、生まれて初めてかもしれません。

主題歌の一部だけを見ても、優れた言葉のチョイスとテキストセンスの良さが光ります。本編の物語も、いい意味で始終この調子なので、注目して欲しいと願う気持ちもお分かりいただけることでしょう。

ちなみにオープニング映像は、本作を開発した「NIGORO」の公式YouTubeチャンネルで公開中なので、興味が沸いた方は一度ご覧になってください。

■華族を相手に“おビンタ”で成り上がる! 昼ドラ的展開と玲子の台詞が冴えわたる
“おビンタ”による玲子の下剋上。それは、ただ暴力で相手を従えているように見えるかもしれませんが、実のところ“おビンタ”でダメージを与えるのは、肉体よりもその精神。相手の誇りや意志、品格といった「心」を折る行為なのだと思われます。(顔が変形するほど肉体面もダメージを受けていますが!)

そんな「女たちの戦い」は、椿小路家の次女・沙織との対決から始まります。彼女は登場早々、玲子の目つきを揶揄し、「何よその目は?」「所詮は下民の女ね!」と、分かりやすいほどの罵詈雑言。それに対する玲子は、堂々と「私は椿小路家長男の妻」「この家は私が継ぐのです」と宣言し、「庶民の女は打たれ強くてよ!」と小気味よく言い放ちます。

初戦から濃密なやりとりですが、その勢いは先に進むほど濃密さを増していきます。
2人目の対戦相手である長女・静香は、「あはれと思ふからこそ椿小路家に置いてあげてゐる恩をお忘れかしら?」(原文ママ)と、絵に描いたような上から目線。どストライクで直球ストレートな、昼ドラ台詞です。

もちろん、そんな圧力に屈する玲子ではありません。長男の妻である自分に相続権があると主張するものの、静香も「この家を継ぐのは長女の私」と対抗し、「下品な女は出て行きなさい!」と言い放ちます。次女発言の「下民」をさらに下回る「下品な女」へと繋げた、見事な昼ドラワードコンボです。

こうして、椿小路家の娘たちを“おビンタ”で下していく玲子ですが、椿小路家の一族だけが敵ではありません。長年仕えてきた、家政婦の三田も訳あって立ちはだかります。

ちなみに三田は、女性ながら体格に恵まれており、繰り出す“おビンタ”はむしろ掌底の如く。この辺りから、バトルは徐々にビンタの枠を超え始めていきます……が、いずれもあくまで“おビンタ”の範囲。華族の戦いに、許容はあってもルール違反はありません。

また“おビンタ”バトルは、決して荒々しいだけにあらず。沙織と静香の母親である華江とのバトルでは、こちらの“おビンタ”がヒットすると、目を★にして衝撃を受ける華江の姿が見られます。
華族らしく、歴史を感じさせる愛らしい表現(具体的には昭和の漫画テイスト)は、品の高さの表れでしょうか。

ちなみに華江は敗北描写も美しく、少女漫画的なビジュアルで散っていきます。また敗北直後の台詞も「これがあなたの痛みなのですね」と、玲子が受けた仕打ちと“おビンタ”を重ね合わせた見事な言い回し。さすが椿小路家の奥様です。

ですが、華江を倒しても玲子の戦いは終わらず、“おビンタ”による下剋上は最終局面へと突入します。ネタバレ含む記事とはいえ、物語の終盤を語るのはプレイする楽しみを奪う行為。玲子が迎える最大の難関とその結末は、ぜひプレイしてお確かめください。

■庶民の下剋上だけでは終わらない! 華族による華麗な復讐も、また蜜の味
これで、『薔薇と椿』の物語は完結……と思うのは早計です。玲子は本作における中心人物ですが、常に主人公の座にいるわけではありません。彼女の下剋上は、あくまで最初のシナリオ「伝説の薔薇の嫁」に限った話。このシナリオをクリアすると、沙織を主役に据えた「復讐の白き椿」が開放されます。

玲子に負けてはや1年。
屈辱にまみれた沙織は、未だに玲子を「下民の女」呼ばわりし、椿小路家の全てを奪い返す新たな“おビンタ”バトルに挑む姿が、「復讐の白き椿」で描かれます。

立場が逆転し、敗北にまみれた華族が「下民の女」に立ち向かう。それは「シーズン2」とも言うべき展開で、これもまた実に昼ドラ的です。しかも、椿小路家の女たちはいずれも、新たな奥様となった玲子にかしずいており、かつての味方が敵となって立ちはだかります。こうした展開にシビれる方も多いことでしょう。

姉の静香に始まり、家政婦の三田、三田の娘である双子・右子と左子、従姉妹の春日向日葵、そして最終決戦の玲子と、沙織による下剋上も至難の道を極めます。

ちなみに右子と左子は同時に戦うので、絵面的には2対1。どちらが“おビンタ”を繰り出すか分からず、ちょっとズルい印象も受けます。ですが、こちらの“おビンタ”1発でふたりとも痛がるので、やはり“おビンタ”は至極公平。立場も人数も全て平等にする、素晴らしい決闘方法です。

また従姉妹の春日向日葵は、表現にやや悩みますが、あけすけに言えば……『ストリートファイター』シリーズに登場する「ブランカ」にも通じるような見た目。人間の枠から外れかけているようにも見えますが、“おビンタ”は人種の差も問いません。
“おビンタ”は全てを解決します。

玲子との対決についても伏せておきますが、庶民の女による反攻を描いた後に、華族による復讐を綴るなど、見る者の目を離させない構成も心憎い『薔薇と椿』。キレの良い台詞の応酬で紡がれる華族の戦いは、どこまでも昼ドラ的な刺激に満ちていました。

──と、ここで終れたらまとまりも良かったのですが、『薔薇と椿』はそんなこじんまりとした作品ではありません。「伝説の薔薇の嫁」が終わると、いきなり「ワールドユース編」が始まります。

華族とまったく結びつかない“ワールドユース”という言葉に、大変驚かれたことと思います。ご安心ください。本作を遊んだほとんどの方も、同じように感じたことでしょう。もちろん筆者も同様です。

突然、世界を相手に“おビンタ”バトルを繰り広げる「ワールドユース編」。さらに、椿小路家の長女・静香が主役を務める「静かなる椿の日常」と、『薔薇と椿』で紡がれる物語は進むごとに奥深さを増していきます。

“おビンタ”というセンセーショナルな手段に目を奪われがちですが、そうした対決を軸に描く数々の物語も、『薔薇と椿』の魅力そのもの。譲れぬ女たちの戦いの模様は、直接体験する価値アリです。

「てのひらのシビレは たけきおんなのあかし」。その証を求め、おJoy-Conを振るう日々に、その身を投じてみてはいかがでしょうか。椿小路家はいつでも、あなたの下剋上をお待ちしてゐます。
編集部おすすめ