可愛いヒロインとの交流を通じて関係性を深めていく恋愛ADVは、今も数多くのタイトルが定期的にリリースされています。

このジャンルが確立し、今日に至るまでの道のりの中には、いくつもの転換期がありました。
恋愛ADVの先駆けとなった『同級生』などがPC市場でヒットし、家庭用向けでは『ときめきメモリアル』をきっかけに一大ブームを巻き起こしました。

そうした1990年代前半~中盤の熱気がやや落ち着き始めた1997年、PC向けに登場した『ToHeart』が爆発的に盛り上がり、1999年にリリースされたPS版『ToHeart』と共に、恋愛ゲームファンの心を力強く掴みました。

新たなブームを生む起爆剤のひとつとなった『ToHeart』は、美少女系恋愛ADVの歴史を紐解く上で、決して欠かせない存在です。しかし、令和における『ToHeart』は、懐かしいだけの存在ではなくなりました。

かつての『ToHeart』をベースに新たな形で生まれ変わった、“新生”と呼ぶべきもうひとつの『ToHeart』がニンテンドースイッチ/Steam向けに登場。あの時の恋心が、この令和に蘇りました。

30年近い時を経て復活した新生『ToHeart』は、どのように生まれ変わったのか。そして、あの頃の魅力は失われていないのか。かつての『ToHeart』を胸に、新生『ToHeart』のプレイに臨んだ体験をレポートとしてお届けします。

■描画表現が大きく変わった新生『ToHeart』
ゲーム画像やPVを見れば一目瞭然ですが、本作のキャラクターは全て3Dモデルで描かれており、その表情や動きも状況に合わせて流れるように変化していきます。

当時の『ToHeart』は、PC版・PS版のいずれも、ビジュアルはすべて2Dでした。見た目の印象はまるで変わっており、当時遊んだプレイヤーはまずビジュアルの変化に驚くことでしょう。


また、恋愛ADVにつきものの「イベントCG」も、3D表現に生まれ変わった新生『ToHeart』にはありません。イベントCGは、シナリオの盛り上がりや転換するタイミングを、より印象的に見せる役割もあり、かつての恋愛ADVには欠かせない要素のひとつでした。

では、新生『ToHeart』のビジュアルが3Dになったことで、魅力が失われたり、シナリオが盛り上がらないのかと聞かれれば、その答えは“NO”と断言できます。

■3D化で新たな刺激を生みつつ、イベントCGもこだわりの再現
まず、3D化の強みとして演出の自由度があがっており、例えばヒロインが立っているだけのシーンでも、主人公が椅子に座っていれば、カメラはやや見上げるような画角になります。目立った演出ではありませんが、相対的な位置関係が視覚だけで分かるため、臨場感が増します。

また、ヒロインのひとり「神岸あかり」は主人公の幼なじみで、毎朝のように一緒に登校します。あかりと並んで歩くシチュエーション自体は当時の『ToHeart』と同じですが、3D化により“実際に並んで歩く”というビジュアルを実現させているのです。

そして、イベントCG自体はなくなりましたが、「当時用意されていたイベントCGを、3Dモデルで再現する」という演出が盛り込まれており、当時遊んだプレイヤーが見れば「あのシーンが3Dになってる!」と驚くことでしょう。

最序盤を例にすれば、主人公と並ぶあかりがやや斜め上を見上げ、春の気配を感じる──という場面では、カメラの構図も彼女を見下ろす位置に切り替わり、当時のイベントCGを3D描写で再現しています。

ヒロインの「来栖川芹香」との出会いも、3D描写による再現が分かりやすい場面です。主人公の不注意からぶつかってしまい、芹香が倒れてしまいます。この時、どこかぼんやりとした表情で芹香が見上げており、ここが当時はイベントCGとして描かれました。


芹香との初対面を印象づける重要なシーンも、3Dで見事に再現されており、構図も概ね当時のまま。しかも、該当シーンに入る直前には、倒れた芹香に近づく前の主人公を描写したカットも入っており、3Dのおかげで演出の幅が広がっていることが窺えます。

本作の3Dモデルそのものの完成度は、アニメ調の3Dモデルとして動きも含めて違和感はありません。状況に応じて細やかな動きも見せてくれるため、3D化による影響は恩恵の方が大きいように感じます。

もちろん、単純に2Dの方が好きというユーザーもいるでしょう。しかし、キャラデザの変更と3D化は新生する上で一考に値する選択肢ですし、新たな刺激を生み出しながら原作のイメージも取りこぼさずにまとめ上げているように感じました。

好みやこだわる部分によって意見は様々かと思いますが、髪型を変えたあかりが3Dで動くのを見られただけでも、新生『ToHeart』と出会えてよかったと思う次第です。

■変わらぬ物語の味わいと、ボイスを選べる安心感
グラフィック表現が大きく変わった一方で、物語に関わる部分の多くは当時のまま。当時、好評を博したシナリオ(PS版ベース)もほとんど変わってないため、再誕にありがちな改変にがっかり、といった残念要素はほぼ皆無です。

『ToHeart』はビジュアルや音楽なども高評価の一因ですが、ヒロインの魅力と内面を深掘りするシナリオが人気を博したもっとも大きな理由でした。多くのプレイヤーが支持する物語が“ほぼそのまま”なのは、未経験者にとっても嬉しい材料のひとつでしょう。

また、PS版以降、キャラクター陣に声がつきましたが、今回発売された新生『ToHeart』では、当時のキャスト陣で楽しめる「レガシー」と、新たなキャスト陣が声をあてる「モダン」の2種類を用意。
キャラクター毎に、当時と今のボイスを設定できます。

当時から『ToHeart』に触れていた人は、「レガシー」の声に思い入れがあると思います。本作ではその思いに応えるべく、新キャストのボイスのみだけでなく、オリジナル版のキャストのボイスも聴くことができるのです。

加えて、2種類の担当ボイスがあるのは未経験者にも十分恩恵があります。単純に考えてヒロインごとに2パターンの声が選べるため、より好みの演技や声質をチョイスできます。自分が想像したイメージの声に近い方を選べば、結ばれた時の喜びはさらに増すはず。

個人的な話ですが、あかり役を長年務めた川澄綾子さんのボイスは、距離感の近さとおだやかな包容力が感じられ、「まさにあかりの声」という印象を今も受けました。一方、新生版では市ノ瀬加那さんが演じており、リアルな幼なじみっぽさのある声の表現に、新たなあかり像を感じ、こちらもかなり魅力的です。

その結果、ちょくちょくボイスを切り替えたり、同じセリフを2回再生したりと、非常に移り気なプレイだったことを告白します。

■他愛のない日常とささやかで大きな変化を、今も描く新生『ToHeart』
目に見えて変わった点、変わらずに再会できた点、新生『ToHeart』にはその両面がありましたが、いずれもかつての名作を損なうものではなく、この令和に登場する上で必要な変化とこだわりだったように思います。

ただし、シナリオが基本的にそのままなので、主人公やヒロインが過ごす日常の時代性も変わっていません。そのため、彼らの生活にスマホはありませんし、本を買うにもネットではなく書店に出かけます。


メイドロボや超能力といった要素が出てくるとはいえ、描写から物語まで『ToHeart』の根幹にあるのは穏やかな日常です。しかし、あくまで当時の日常なので、現代の日常と照らし合わせるとズレを感じてしまうかもしれません。

穏やかな日常だからこそ親近感を覚える人々を描く作品ですので、本作で初めて『ToHeart』に触れる人は、この点を踏まえた上でプレイしましょう。

世界の滅亡に関わったりはせず、時間や次元を超える出会いもなく、避けられぬ誰かの死を目の当たりにするような展開も『ToHeart』にはありません。

しかし、誰の身の上にも起こりかねないささやかな変化が、少年少女の心に小さからぬ葛藤を生むーーそんなドラマを丁寧に積み重ねた物語こそが、『ToHeart』の魅力です。

他愛のない会話を交わすだけの登校を、味気ないと感じるか、そこに日常を見出すか。当たり前の日々に価値を感じられる人であれば、かつての『ToHeart』を味わった経験がなくとも、新生『ToHeart』を十分楽しめることでしょう。

また、描画表現による変化を味わえるのは、経験者だけの特権です。変わらず素晴らしい物語を、この令和に改めて触れられるのもひとつの幸いでしょう。価格も、ダウンロード版なら3,080円(税込)、スイッチのパッケージ版でも4,378円(税込)とお手頃なのも嬉しいところ。

ファンにも未経験者にも、それぞれの理由からお勧めできる新生『ToHeart』。春に始まる物語を、この夏に楽しんではいかがでしょうか。


なお、本編ではサブキャラクターとしての登場だった「セリオ」と「佐藤雅史」の新たなストーリーが、DLCとして配信されました。「レガシーボイス」こそないものの、当時描かれなかったふたりの物語が紡がれるのも、新生『ToHeart』ならではの要素でしょう。

誰にとっても初めての“セリオと雅史の物語”、こちらもどうぞお見逃しなく。

『ToHeart』はニンテンドースイッチ/Steam向けに販売中。価格はDL通常版が3,080円(税込)、パッケージ版が4,378円(税込)です。詳しくは公式サイトをご確認ください。
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