2025年9月12日に配信されたNintendo Direct。その中で『バーチャルボーイ Nintendo Classics』が、来年2月17日に正式配信されるという発表が行われました。


これに衝撃を覚えた視聴者は少なくないはずです。なぜなら、1995年7月に発売されたこのバーチャルボーイは「それまでの常識を覆す革新的なハード」と言われながらも、正味半年足らずで市場から消えてしまった製品。まさに疾風のように時代を駆け抜け、そのままどこかに去ってしまったということで今に至るまで語り継がれています。

そんなバーチャルボーイのソフト、そしてそれをプレイするための専用機器が発売されるというではないですか! これは何が何でもチェックしておかなければならない情報です。

◆「1995年」という時代に登場したハード
1995年は、日本の在り方が大きく変わった年でもあります。

1月には阪神淡路大震災が発生し、日本有数の大都市が一瞬にして壊滅しました。終戦直後の復興期以来積み上げてきたものが、あっという間に消え去ってしまった瞬間です。さらにその年の3月、東京では地下鉄サリン事件が発生しました。オウム真理教によるテロリズムは、日本人がそれまで信じ切っていた「当たり前」を覆すほどの衝撃をもたらします。

この時点で、大方の日本人は心の底では理解していたはずです。「今までのやり方は、もう通用しない」と。高度経済成長期、そしてバブル期は既に過去の光景となり、90年代半ばの日本は停滞の時期に突入していました。
そこへ日本史上有数の天災とテロリズムが矢継ぎ早に襲いかかったのです。

誰しもが苦悩の溜め息をついている最中に、バーチャルボーイが発売されました。

1995年7月21日、その日が訪れます。スタンドを使って机に立脚させる仕組みの真っ赤な筐体は、何とテレビを必要としません。手にフィットするグリップがついた革新的な設計のコントローラーを握り、双眼鏡を覗く要領で顔面をバーチャルボーイ本体にあてがいます。そこに広がるのは、赤と黒の3D空間です。

現代でこそVRゲームは当然のように存在しますが、何と任天堂は1995年の時点でその先駆けとなるハードを発売してしまったのです。

◆同じ官舎の友達が持っていた!
さて、筆者はこの当時小学5年生。父親が刑務官だった関係で、相模原市にあった法務省管轄の官舎に住んでいました。

官舎といっても、その実態はオンボロ団地。国家公務員は不況でもリストラされませんが、それと引き換えにお世辞にも高給取りとは言えません。その家族は「ザ・平民」という感じです。
そんな家庭が、全国から集まってくる。それが官舎というものです。

その中にいる、筆者の同い年の子Aくんがバーチャルボーイを持っていました。テレビCMで見たあの赤いハードが、Aくんの家のちゃぶ台にあるではないですか!

その時の記憶を発掘してみると、筆者は確か『マリオズテニス』と『ギャラクティックピンボール』をプレイしたはず。とにかく強烈に覚えているのは、その奥行きです。それまでの平面的なテレビ画面ではなく、まさにテニスボールがこちらに迫り来る3D画面です。ただし、そのせいでむしろボールの当たり判定がなかなか掴めなかった記憶も……。

◆「お前今どうなってるの?」
バーチャルボーイの3D画面は、左右の目の視差を利用した仕組みです。右目で見る景色と左目で見る景色は若干ですが明らかに異なります。バーチャルボーイのディスプレイになぜ「デュアルディスプレイ」という名がついているのかというと、要するに右目用と左目用に画面が分かれているから。

言い換えれば、このハードはテレビへの出力には対応していないということでもあります。

「おい澤田、お前今どうなってるの?」

筆者がバーチャルボーイをプレイする最中、Aくんが頻繁にそう声をかけてきます。
それも、何回も。テレビ画面で見るわけではないので、友達が今どんなプレイをしているのかを共有することができません。

これがバーチャルボーイの最大の欠点だと、筆者は解釈しています。

当時の家庭用コンピューターゲームとは、誤解を恐れずに表現すれば「子供の遊び」です。可処分所得のある大人は、スーパーファミコンやゲームボーイよりもゲームセンターでアーケードゲームにコインを投じていました。90年代は、そのあたりの棲み分けがきっちりされていた時代でもあります。

子供たちにとっての日常基盤は、今も昔も「学校のクラス」です。同じクラスの友達を家に誘ってゲームをします。その友達とプレイ画面を共有できないというのは、ゲームの醍醐味を半分削がれているのと同じ意味です。そうした理由から、バーチャルボーイは「買ってもらったはいいけれどすぐに飽きてしまったハード」になっていきました。

◆時代がバーチャルボーイに追いついた!?
また、この時代は既に初代プレイステーションが登場していたことにも言及する必要があります。

当時、筆者は少年野球チームに所属していました。
はっきり言って、野球はエラーばっかりでヒットもなかなか打てないヘタクソ選手でした。ですが、たった一つだけ得意なことがありました。それは長距離走です。そのおかげで、相模原市内の少年野球チーム対抗駅伝で5人抜きを実現し、親からご褒美にプレイステーションを買ってもらいました。

それがちょうど1995年の夏の出来事だったのですが、プレイステーションに比べるとバーチャルボーイは話題性でも魅力でも明らかに後塵を拝していました。プレステとバーチャルボーイ、どちらが欲しいかと聞かれたらそりゃもうプレステです!

「それまでの常識を覆す革新的なハード」は、それ故の特性と強力なライバルが災いして早々と市場から去っていきました。

しかし、それは「コンセプトが時代を先取りし過ぎた」とも言えます。

2020年代にはVRゲームというものが存在し、それが世界中の人々を虜にしている光景を我々は目撃しています。なぜ、そのようなゲームが現代になって売れているのかというと、テクノロジーの進化もある一方で「家庭用ゲームが子供のものだけではなくなった」という点も大きいのではないでしょうか。

可処分所得のある大人が、余暇に自室でゲームをする。そこに友達がいるわけではなく、一人で黙々とプレイします。昔なら「ゲームオタクしかやらないこと」と言われていた行為が、今では当たり前になっています。
「大きな画面に投影できない」というバーチャルボーイの欠点が、今であれば欠点とは見なされないのではないでしょうか。

そんなバーチャルボーイを現代に再現した専用ハード『バーチャルボーイ for Nintendo Switch 2/Nintendo Switch』は、Nintendo Switch Online加入者を対象にした予約を受け付けています。
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