1996年9月に登場したアーケードゲーム『トーキョーウォーズ』(ナムコ)は、今でも対戦型シューティングゲームの名作として語り継がれています。
ドット絵では表現できない一人称視点/三人称視点切り替え可能の戦車戦。ペダルひとつで前進と後進を切り替えることができ、さらに回転砲塔を駆使する戦車独特の動きに圧倒され、その世界観に引き込まれていった人も多い作品です。さらに、アクション毎に流れる車長のボイスも極上の臨場感を与えました。
◆「ポリゴン革命」の只中で
セガサターンの登場は1994年11月、初代プレイステーションの登場は同年12月。ここからゲーム業界では「3Dポリゴン戦争」が勃発しました。
それまではドット絵の2Dグラフィックだった格闘ゲームのキャラクターが3Dになり、彼らの戦うステージも立体的なもの、言い換えれば「現実とほぼ同様の光景」と化しました。考えてみれば、2D格ゲーは基本的に「縦と横」のみの世界で、本物のボクシングのように「相手の側面を取れるようにお互いがサークリングし続ける」ということはできません。しかし、3D格ゲーではそうした「周回移動」の概念が実装されています。それだけでも、当時は革新的だったのです。
もちろんそれは、格ゲーだけでなくシューティングゲームも同様。
『トーキョーウォーズ』は、当時の人々に「全方位バトル」の迫力を伝えてくれた名作アーケードゲームと言えます。
イギリスのチャレンジャー戦車がモチーフの緑軍戦車と、ロシアのT-80戦車がモチーフの白軍戦車に分かれて、副都心と湾岸地域で激突します。両軍の戦車に性能差はなく、火力も移動速度も全く同じ。それがむしろ激闘に油を注ぐ要素になっていたりもします。
◆リアルな近距離戦車戦
筐体の操縦機構は戦車砲発射ボタンのついたハンドルと、前進用ペダル×1、後進用ハンドル×1。たったのこれだけです。ハンドルは車体の移動だけでなく、停止時には砲塔の回転操作も兼ねています。
制限時間内に敵軍を全滅させるか、敵より1両でも多く生き残っていれば勝利。ただし上述の通り、緑軍戦車と白軍戦車に性能差は一切ありません。これは要するに、どちらかがよほどの腕前でなければ大接戦になりがちということでもあります。
ステージの副都心と湾岸地域は、いずれも建物や障害物だらけの場所。ヨーロッパの平野であれば、障害物があまりないために遠距離砲撃戦になりがちですが、平野面積の少ない日本ではその逆。勢い余った戦車同士がごっつんこすることも!
そして、敵を撃破したりダメージを受けたりする度に流れる車長の声も、ゲームに迫力を与えていました。「命中!」「第4装甲板損傷!」「退避、退避!」という切羽詰まった声を聞きながら、傷ついた戦車を操作していきます。
◆大人になって接した筐体
この『トーキョーウォーズ』が登場した当時、筆者は小学6年生。その頃から、筆者はゲームセンターに行く度に『トーキョーウォーズ』をプレイしていました。カーレースを題材にしたドライビングゲームは当時もよくありましたが、戦車のゲームは非常に珍しく、それ故にガッツリとハマってしまいました。
そこから筆者は相模原市の中学校、世田谷区の高校、そして訳あって静岡市に移住し、ゲームセンターの店員になります。驚くべきは、このゲームセンターに『トーキョーウォーズ』が設置されていたということ。確か2005年頃だったと思いますが、ある日突然本社の人が『トーキョーウォーズ』を店内のスペースに置きました。大いに感動してしまったことを覚えています。
『トーキョーウォーズ』は、かなり息の長い作品だったのではないでしょうか。
◆世界中のプレイヤーとスコアを競うことも!
そんな『トーキョーウォーズ』ですが、アケアカ配信版ではアーケード版と同様の遊び方ができる「オリジナルモード」の他、「ハイスコアモード」や「キャラバンモード」などが搭載されています。世界中のプレイヤーとスコアを競うことも可能です。
この作品は国外にも根強いファンが存在します。中には『トーキョーウォーズ』がきっかけで戦車シューティングゲームを自作し、クラウドファンディングで資金を集めた人も。もちろん、そうした人はほぼ間違いなく『トーキョーウォーズ』を長年やり込んでいる強豪です。かつてハマったアーケードゲームの腕前で、世界中の人々を驚愕させる……ということもできるかもしれません。
オンラインによるネットワーク対戦モードがないという点は少し物足りないものの、ゲーム自体の面白さは一切損なわれていない点は高評価に値します。筆者と同じ1980年代生まれの男の子たちは、とりあえずチェックしておくべきゲームと言えます!


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