本作では、三重県伊勢地方に伝わる「人魚伝説」をモチーフに、不可解な事件と呪いが交錯する物語を群像劇で描き出します。前作から引き継がれた独特の空気感はそのままに、新たな舞台で展開される物語は、発表直後からSNSを中心に大きな話題を呼びました。
■あまりにも電撃的だった発表と発売
『伊勢人魚物語』の発表でまず驚かされたのは、発売までのスピードです。『伊勢人魚物語』の発売日は2月19日(Steam版は2月20日)。つまり、発表からわずか約2週間後のリリースとなりました。
現代のゲーム業界において、商品はまず「認知されること」が重要です。多額の予算と時間を投じて発売数ヶ月前からプロモーションを行い、周知を徹底した状態で発売日を迎えるのがセオリーとなっています。
また、開発・発売を手掛けるのは、大手メーカーのスクウェア・エニックスです。一般論として、大規模な企業ほど宣伝戦略は慎重になりがちですが、あえて従来の手法を打ち破り、発表から発売まで短期間で行った背景には、時間をかけた認知の広がりよりもユーザーの熱狂を重視する点に勝算があったと考えられます。
■異例の展開を支えた前作の圧倒的評価
このスピーディな展開を可能にしたのは、2023年に発売され、高く評価された前作『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』(以下、『本所七不思議』)の存在が欠かせません。
前作と本作に、物語上の直接的な繋がりはないものの、世界観やオカルトを軸としたミステリー構造など、共通点はいくつもあります。当然、前作のプレイに満足した人は、本作にも強い興味を示すことでしょう。
通常、新作は時間をかけて認知を広げます。しかし、発売までの期間内で作品の熱量が最大化するのは、発表直後です。時間をかければ認知は広がりますが、熱気は徐々に落ち着かざるを得ません。
認知の広がりよりも熱気を選ぶのは戦略のひとつですが、その戦略を支えた背景には前作が得た高評価があったものと思われます。『本所七不思議』のSteam版は、「すべての言語でのレビュー」の総数が5,000件(記事執筆時点)を超えており、「圧倒的に好評」を示しています。
前作がこれほどまでに厚い支持を得ているからこそ、長期的な宣伝よりも「すぐ遊べる」というサプライズで、購買意欲の最大化を狙ったものと思われます。
『本所七不思議』も発表から発売まで約1ヶ月と短かかったものの、さらに2週間も短縮した『伊勢人魚物語』のフットワークの軽さは、ユーザーから寄せられた信頼が支えになったのでしょう。
■ゲームクリエイターも『本所七不思議』を絶賛
『本所七不思議』を熱烈に支持するのは一般ユーザーだけではありません。業界の第一線で活躍するゲームクリエイターたちも、その完成度に脱帽しています。
『月姫』『魔法使いの夜』の作者であり、『Fate』シリーズの生みの親として知られる奈須きのこ氏は、電ファミニコゲーマーのインタビュー(【特別座談会】『FGO』奈須きのこ ×『Fate/EXTRA』新納一哉 ×『FF14』石川夏子 ― “人の心を狂わせる物語”の生み出し方を聞く)の中で、『本所七不思議』の演出などを評価し、「何よりシナリオが面白いんです」「シナリオに引っ張られてクリアまで徹夜でぶっ通し遊んだ」と絶賛しています。
また、4Gamerが2023年に行った企画「年末恒例企画「ゲーム業界著名人コメント集」。177人が振り返る2023年と,2024年に向けた思いを語る」では、『428 ~封鎖された渋谷で~』などで知られるイシイジロウ氏が、同年発売のゲームタイトルで衝撃を受けたタイトルに『本所七不思議』を挙げ、傑作ADVと評価しました。
さらに、『ユニコーンオーバーロード』などに深く携わった野間崇史氏も、テンポの良さや構造の面白さに言及。加えて、新作『伊勢人魚物語』の発表時には、自身のXアカウントにて喜びを露わにしています。
同業者の厳しい視点を持つプロたちが、揃って賞賛する作品。その系譜を継ぐ新作となれば、ファンが熱狂するのは必然と言えるでしょう。
■『伊勢人魚物語』の興味深い幕開け
熱気を高めたまま登場した『伊勢人魚物語』には、当然高い期待が寄せられました。必然的に超えるべきハードルも上がる中、その期待に応える内容になっているのでしょうか。
ここからは、筆者が『伊勢人魚物語』をプレイした体験を元に、本作に対する率直な手ごたえをお届けします。ADVなのでプレイする楽しみを奪わないよう核心的なネタバレは避けていますが、序盤の展開には触れているため、その点ご留意ください。
本作はタイトル通り「人魚」を題材としています。前作が開始数分で死者が出るスリリングな幕開けだったのに対し、本作はそこまで急展開ではなく、主人公の一人、水口勇佐が海女(本作では海士ではなく海女表記)として初めて素潜り漁を行う場面から始まります。
しかし、展開がスローペースかと言えば、それは全く異なります。素潜り漁は一見穏やかなミニゲームかと思いきや、漁の最中に「自分にそっくりの亡霊」のような影が現れるなど、プレイヤーの興味を引く展開を冒頭からしっかりと組み込んでいます。
さらに、勇佐が海女になった理由として、自身も被害者となった海難事故で命を落とした母親の存在が大きかったことも判明します。この事故は大嵐によって引き起こされたもので、勇佐も海中に飲み込まれ、命が危うい状態でした。
人が到底泳げない大嵐の中、誰かが自分の手を掴み、救ってくれた──その記憶を思い出した勇佐は、自分を助けたのは母親ではないかと語り、母親が人魚だったかもしえないと友人に告げます。
こうした説明文だと突飛に見えるかもしれませんが、疑問を浮かべてもおかしくない情報も提示されるため、プレイヤー側に疑問は浮かんでも拒否感までは覚えません。
また、プレイヤーの視点である主人公からの発言なので、オカルトめいた話も「一旦受け入れよう」という気持ちになりやすく、ゲームという媒体をうまく使っている印象も受けました。
こうして、母親の影を求めて海女を始めた勇佐の物語は、その後意外な方向へと転がっていきます。
■視点と時間を操る多面的構造
『伊勢人魚物語』の物語は、勇佐についても詳しく語られますが、主人公は彼だけではありません。
勇佐がいる亀島へ数ヶ月前にやってきた「白浪里」や、謎めいた主婦「志貴結命子」、ファンタジー作家のアメリカ人「アルナーヴ・バーナム」といった主人公たちもプレイヤーの視点となり、彼ら彼女らの立場から本作の物語が多面的に描かれていきます。
例えば、海難事故で帰らぬ人となった勇佐の母親について、「人魚だったのでは?」という疑問から始まり、オカルト色を一気に強めますが、結命子の視点では母親の生存説が浮かび上がり、現実的なサスペンスも匂ってきます。
ひとつの物事が視点によって変化し、真実へと集約していく流れに、シナリオの秀逸さを垣間見た想いです。勇佐の母親については、ここからさらに展開が広がっていくので、未プレイの人も安心して本作を遊んでください。
また、本作の興味深い点は、視点の数だけではありません。
ある事件について調査する視点がある一方、別の視点ではその事件が起きる前の時間に巻き戻り、そして事件へ深く関わる張本人そのものとなったことも。こうした構成も、複数主人公だからこそなせる技でしょう。かつて調査した事件に、プレイヤー自身が直接携わる形で真実が明かされる。その体験も、まさにゲームならではの味わいです。
こうした事件と真相の関係性だけでなく、主人公同士のクロスオーバーは、物語全体を大いに盛り上げてくれます。ただの観光客として出会った人物が、別の視点では重要参考人を連れ去ったこともあり、「ここであの人物が絡んでくるのか!」と驚かされることも少なくありません。
さらに本作は、伝承や史実をモチーフにしているため、ゲーム内の資料も膨大です。ひとつひとつが興味深いのはもちろんですが、先のシナリオに深く絡む伏線が張られていることもあるため、油断がなりません。その仕込みに気づいていても、また気づいていなかったとしても、伏線が回収された瞬間にはカタルシスや衝撃が走り、プレイ意欲を加速させてくれます。
■『伊勢人魚物語』という個性を発揮した『パラノマサイト』最新作
ネタバレを極力回避するため、作品としての構造や実感を中心に語りましたが、物語自体の完成度が高く、プレイに没頭したことも告げておきます。
また、本作の物語は時系列が順序通りでなく、多面的に展開しますが、情報そのものは分かりやすく伝えられ、さらに展開の丁寧さも相まって、読みにくさや難解さやありませんでした。
その上で、情報が謎を埋める瞬間に立ち会うと、パーツがハマったような心地よさを味わえます。用意周到に積み上げられた伏線とシチュエーションが合致する、その精度の高さが満足感に繋がっているのでしょう。
前作とは共通する部分は多いものの、切り口だけでなく味付けや心のくすぐり方は、本作独自の仕上がりになっているように感じました。それでいて、『パラノマサイト』というシリーズの枠組みにはしっかり収まるという、絶妙なバランス取りにも唸らされます。
感想はプレイした人の数だけあると思いますが、『本所七不思議』の続編として高まった期待に応える以上の出来映えを、『伊勢人魚物語』が見せてくれたように思います。
その証左となる一言で、今回の記事を締めくくらせていただきます。一刻も早く、3作目を出してください、と!


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