歩くことから始まる脳の回復──血流・酸素・糖質の最適バランス...の画像はこちら >>

脳疲労とは気分の問題ではありません。脳がエネルギー不足に落ちた時に現れる「生理学的」な“現象“です。
体重のわずか2%しかない脳が、安静時で全体の20%以上の「消費エネルギー」し続けている事実が、その重要性を物語っています。エネルギーが少し不足しただけで、「思考力」「判断力」「集中力」が低下します。脳は一秒たりとも待てない子どものように、燃料が切れた瞬間に駄々をこねて「疲れた」と発信するのです。

脳の燃料は酸素と糖であり、血流によって脳へ運ばれます。酸素と糖は細胞内にある「ミトコンドリア」に取り込まれ、ATPというエネルギー発電所が生産されます。ミトコンドリアの多さは心臓筋膜、肝臓、腎臓、筋骨格、そして脳に多く存在しており、もし血流が滞れば材料の酸素が届かず、糖が不足すれば燃料は絶たれ、ミトコンドリアが働けません。ATPが生まれなければ神経の信号は途絶え、脳は疲労を表面化させます。脳疲労の本質はここにあります。

では、どうすれば脳に酸素と糖を届けられるのでしょうか。その答えは実に単純です。歩くことです。長時間座り続ければ血流は弱まり、30分も経てば脳血流が低下することが研究で確認されています。

しかし立ち上がり歩くだけで、第二の心臓ふくらはぎの筋肉はポンプのように働き、全身の血流は一気に改善します。酸素と糖が再び脳に届き、ミトコンドリアは燃料を受け取りATPを生み出します。その瞬間、脳疲労が和らぎます。

ここで見落としがちになるのが、「糖の扱い」です。脳が必要としているのは穀物や野菜や果物などから得られる緩やかなブドウ糖です。

では糖質制限をしている人はどうでしょうか。糖質を控えても体は肝臓で糖新生を行い、最低限のブドウ糖を作り出します。脳は無燃料にはならないのです。見落とされる点は極端さです。極端な糖質制限によって血糖が不安定になれば、ミトコンドリアは燃料を得られず、脳疲労はむしろ強くなります。大事なのは糖を摂るか摂らないかの極論ではなく、安定して供給される状態を保つことこそが重要なのです。

オートファジーもまた同じ誤解を含みます。

それ自体が細胞の掃除機のように、古いタンパク質や傷んだミトコンドリアを分解し、再利用する仕組みで、「小食や断食」でこの働きが促されると思われていますが、すでに歩いてミトコンドリアに酸素を送ることでオートファジーができます。

近年の研究では、有酸素運動つまり歩くことがミトコンドリアの数や質を改善することが明らかになっております。歩くことは血流を良くし、酸素と糖を届けるだけでなく、エネルギー工場そのものを鍛える行為です。それが歩行の持つもう一つの意味です。

脳疲労を解決するのは、意志の力や流行の健康法ではありません。血流が滞れば酸素は届かず、糖が不安定なら燃料は絶たれ、ミトコンドリアに酸素が届かなければATPの産出はされません。脳疲労は仕組みの乱れとして誰にでも起こります。だからこそ歩くこと、呼吸を深めること、安定した糖の供給を意識すること。オートファジーや糖質制限といった方法を選ぶ人であっても、見落としてはならない本質がここにあります。

──脳疲労の本質は歩くことにあります。血液を活発に動かし、酸素と糖をミトコンドリアに届ける。その当たり前の仕組みを軽んじ、制限や小食だけに頼れば、脳は必ず燃料不足という形で抗議します。

燃料を絶えず必要とするこの臓器に、私たちはどう応えるのか。脳疲労の答えはすでに足元にあります。歩くという最も簡単な行為こそ、脳を整えるための本質なのです。

参考文献
Raichle ME, Gusnard DA. Appraising the brain’s energy budget. Proc Natl Acad Sci U S A. 2002;99(16):10237-10239.(ニューメキシコ州立大学)
Dienel GA. Brain Glucose Metabolism: Integration of Energetics with Function. Physiol Rev. 2019;99(1):949-1045.(ハーバード大学)

(上野 由理/美脚専門家)

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