現代韓国の若者と聞いて何を思い浮かべますか? 日本では外交上の軋轢ばかり注目されますが、流行語大賞にも選ばれた『愛の不時着』など韓流ドラマで活躍する俳優たちや、米ビルボードで首位を獲得したBTSなど、華やかな世界での成功者が数多くいる印象も強いのではないでしょうか。

しかし、ごく一部のそうした上澄み以外の、市井の若者たちの実態は「非常にシビアな現実の中にいる」。

今年9月に『韓国の若者』(中公新書)を上梓した安宿緑氏は、そう喝破します。

安宿緑氏に、若者たちが抱える「生きづらさ」について、日韓の比較を交えて教えてもらいました。

■フェミニズム文学勃興の裏には

――韓国発のフェミニズム文学『82年生まれ、キム・ジヨン』が、日本でもベストセラーになるなど大きな反響を呼びましたが、実際に韓国を生きる若い女性の現状はどのようになっているのでしょうか。

「労働、恋愛、結婚……。あらゆる側面で、厳しい現実があります。フェミニズム文学のムーブメントもコンテンツ発のものではありません。女性たちの実際の苦しみをまざまざと写し取ったことで、女性たちの間で大きな話題となりました」

――たとえば日本でも男女間での賃金格差など問題は山積みですが、韓国の方が一層深刻ということですか?

「はい。労働関係についても、日本以上に格差があります。男性の平均賃金に対する女性の平均賃金の比率を割り出したデータでは、日本が25.7%なのに対して韓国は36.7%(2016年のデータ)。これはOECD加盟国のなかでも最悪の数字です。

また採用選考時にも、『同じスペックの女性と男性がいれば、ほぼ確実に男性が採用される』なんて声も耳にします。ここはデータで検証するのが難しい部分ではありますが、日本以上に男女間での差別・格差が強いと感じていますね」

■韓国は日本より風俗のハードルが高い

――ごく一部の大手企業以外では、かなり賃金が低いとも聞きましたが、女性だとさらに下がる上、そもそも就職自体にハンデがある……。

日本では貧困女性などがパパ活に励むのが社会問題ともなっていますが、韓国の貧困女性はいかがでしょうか。

「日本ので見られるようなアプリを使って気軽に売春、というのはまずないです。多くの貧困女性は、市場で野菜を売るバイトなどを副業としているようですね。

風俗店に勤めたり、個人的な売春を行う女性ももちろんいるのですが、日本より『バレたら終わり』という感覚が強く、みなひた隠しにしています。

そもそも女性が男性と密室で会うことに対するハードルが日本よりも高いですし、男性自体も素面で一人で買春をすることはほぼないというか、絶対に軽々しく口には出しません」

――性に対して日本んい比べてオープンではないのですね。キリスト教の信者が多い韓国ですが、宗教による影響もあるのでしょうか?

「宗教観によるものではなく、同調圧力でしょうね。とにかく日本よりもそういった行為が露呈したときの風当たりが強い。

日本では以前、政治家とのパパ活が週刊誌で報道された女子大生が、その後ユーチューバーとして人気を博していましたが、韓国では到底考えられない話です。韓国だとそうした場合、二度と日の当たるところに戻れず、ひっそり隠れて生きていくしかなくなります。

性に限らず、『人の噂も七十五日』なんてことがまったく通用せず、社会に覚えられ続けてしまう。そうした寛容さのなさが、韓国で生きづらさを抱える人が多く生まれてしまう、根本的要因の一つではないかと感じています」

■独身・子なしで生きてはダメ?

――ワーキングプアのような女性も少なくないなか、結婚や出産についてはどのような意識を持っている人が多いのでしょうか?

「『非恋愛・非SEX・非婚・非出産』をあらわす『4B運動』(“非”は韓国語で“ビ”とも読まれる)や、就職や結婚、出産などのあらゆるライフイベントを手放さねばならない世代を指す『N放世代』(Nは変数の意)といった言葉がよく使われるほど、恋愛・結婚・出産などを望まない、望めない人が多いです。

そうした言葉を掲げる本人たちはあくまで『自分の意思・価値観として』そうした思想を持ち、実践していると言います。

ただやはり社会にはびこる多重貧困や、女性に対する抑圧などの影響が一切ないとは言えないだろうと感じていますね」

――日本でも「草食系」「独身貴族」と言った言葉がありますが、韓国の方が重たいですね。

「日本以上に少子高齢化が深刻なんです。韓国の出生率は2018年から1.0人を切っており、19年には0.92人と過去最悪を更新。この数字は少子化が叫ばれる先進国のなかでもダントツに低く、世界ワースト。

一方で日本以上に独身者に厳しい目が向けられがちだという社会的背景もあり、若者たちは個人的な価値観や置かれている現状と、それとは裏腹な世間からの圧力の間で苦しんでいます。そのため、非婚主義を掲げる女性たちが連帯し、支え合うことを目的とした団体も多数あるほどです」

BLACKPINKなどをはじめとした、世界を股にかけて活躍する華やかな女性たちのイメージとは裏腹に、女性に対する抑圧は日本以上に厳しいようです。

少女時代』のサニーが「結婚を必ずしなければならないの? 恋愛も、したければするものだし。なぜ、あえてしなければならないのか分からない」と発言し、韓国国内の女性たちから大きく支持されたと本書中でも紹介されていますが、日本のアイドルが同様の発言をしたところで同じように支持を得られるものでしょうか。女性たちをエンパワメントするフェミニズム文学が韓国で流行するのには理由があるようです。

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