「公園から道路に飛び出そうとした3歳の息子を、追いかけながら必死に呼びかけたんですが、ちょうどゴーッという飛行機の音と被ってしまって声が届かなくて……。どうにか追いついて手首をつかみました。

間に合わなかったらどうなっていたことか」(港区在住、20代女性)

「通学路に見通しの悪いT字路があります。これまでは接近音で車が出てくるのがわかったんですが、飛行機が飛んでいるときは車の音がかき消されて本当に危ない。ちょうど飛んでいるのが子供の下校時間だから、不安で不安で」(品川区在住、30代女性)

数分おきにすさまじい轟音とともに、驚くほど大きく見える飛行機が頭上を飛んでいく。屋外では会話もままならず、窓を閉めても音が聞こえてくる。それどころか、子供の命が危険にさらされることも……。昨年3月から運用が開始された羽田新ルート下の住民たちの日常だ。

2019年4月に退位なされ、現在は仙洞仮御所(高輪皇族邸)にお住まいの上皇陛下と、美智子さまもまた同様の状況に置かれている。本誌は公文書開示請求で、新ルートを管轄する国土交通省と宮内庁のやり取りを記録した文書を入手した。

■パチンコ店の店内なみの騒音の可能性

文書によると、新ルートの高度は高輪皇族邸付近でわずか540mほど。もっとも接近した場合の水平距離は、敷地内から約80m、両陛下がお住まいの建物から約160mという近さになる。付近の騒音は〈屋外で最大70~75デシベル(街路沿いの住宅地の騒音程度)〉と書かれている。しかし、その実態を都心の低空飛行に反対する『みなとの空を守る会』の共同代表・増間碌郎さんが語る。

「数分おきに飛来する飛行機のエンジン音がうるさくて仕事が手に付かないほど。低空飛行の航空機に対して、多くの住民が騒音や振動への怒り、落下物の恐怖をつねに感じています。上皇ご夫妻のお住まいの高輪皇族邸も大きな騒音に包まれています」

元日本航空機長で航空評論家の杉江弘氏はこう指摘する。

「新ルートは急角度で着陸態勢に入ることが強いられ、パイロットたちからは操縦の難しさ、危険性などを指摘する声があがっています。とくに上皇ご夫妻がお住まいの付近は、最終進入ポイントに入るために、降下角を調整するためエンジンの出力を上げるので騒音がさらに大きくなるのです」

杉江氏はパチンコ店の店内や走行中の電車内の騒音レベルの80デシベルに達している可能性もあるという。

■懸念される落下物と最悪の事態

さらに落下物の危険もある。

「着陸のために車輪を出す振動で、部品や氷塊などの落下物の危険性が高まります。羽田空港に着陸する場合、新宿から品川上空で車輪を出すことになりますが、高輪皇族邸はその範囲内です。都心部に航空機からの落下物の報告はまだないようですが、国交省に航空会社から小さな部品が欠落していたという報告は入っている。都心部のどこかに落下している可能性もあります」(杉江氏)

落下物だけではなく、最悪の事態も想定せねばならない。

「7月2日、ハワイ・ホノルル空港を飛び立った直後のボーイング737型の貨物機がホノルル沖の海上に緊急着水しました。エンジントラブルが発生し、空港に戻ろうとしたが戻れずに着水。

貨物機だったことから、日本のメディアはあまり報道しませんでしたが、こういう事故はいつ起きても不思議ではありません。都心部上空を低空飛行する航空機に何かしらのトラブルが発生したら、大惨事につながる危険性があるということです」(杉江氏)

■五輪のために強行された新ルート

もともと、羽田新ルートは、安倍晋三前首相の肝いりの政策「観光立国」のために、羽田空港の国際便の発着数を増やす目的で構想された。

2018年は住民との「双方向の対話」の時期と位置づけられていたが、今回入手した文書からは〈東京オリンピック開催に間に合わせることを念頭に〉や〈無線誘導の必要上(中略)経路を左右にずらす余地はない〉という結論ありきの本音も見える。

ここまで強引に進められたのは、安倍首相が“東京五輪が行われる2020年に外国人観光客4,000万人”という目標を掲げたためだ。しかし、コロナ禍によって外国人観光客は大きく減り、新ルートは無用のものに。コロナが収まった後も、観光客が以前の水準まで回復するかは未知数だ。

「羽田低空飛行見直しのための議員連盟」の事務局長で立憲民主党の松原仁衆議院議員はこう語る。

「新ルート計画は、五輪のために住民の声をまったく無視して、熟議も重ねないまま強引に進められてきました。これは、安倍元首相から菅首相と長期政権になり、強者の発想で、つねに上から目線の強権的な政治の象徴でもあります。内閣官房に人事権を握られている省庁は妄信的に政府の指示に従うだけ。これだけ危険性がともなう計画ですから、本来なら省庁間ですりあわせを行い、地域の不安を払拭したり、丁寧に住民の声に耳を傾けたりするべき。しかし、今は役人が見ているのは、政府の顔色ばかりです」

東京五輪のため、上皇ご夫妻を含む、ルート下で生活するすべての人々の生活を無視して行われた羽田新ルート。

今こそ、見直しの時期がきている。

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