いよいよ24日に開幕となるパラリンピック。NHKによる開会式の生放送では、NHK総合テレビの中継とは別に、Eテレで手話通訳付きの中継が放送される。
実は、8日に行われた東京五輪の閉会式でも、手話付きの中継が行われており、インターネット上で大きな話題を呼んだ。
手話付き中継では、ふだんのテレビ放送でよく見るワイプに手話通訳者が映る形ではなく、画面中央に閉会式の様子を流すモニターが配置され、視聴者から見て右側に男性の通訳者が立って手話通訳を行っていた。
ふだんあまり目にすることのない、手話通訳者の様子に、閉会式そっちのけで見入ってしまったという人も多かったようで、ツイッターでは“手話の人”がトレンド入り。通訳する言葉が無く“じっと画面を見つめる姿がシュール”、“表情が豊かで可愛い”、“手話の人楽しそう!”などの感想が相次いで投稿された。
一見、楽し気に見える彼らの動きや表情だが、じつはすべての振る舞いには、手話通訳を行う上での意味があったという。存在は知っていながらも、実際にかかわることは少ない「手話」の世界。今回は、この「手話」に関して、放送を行ったNHKに話を聞いた。
■ワイプの通訳者と、モニターの横に立つメインの通訳者の違い
放送では、メインで映る男性の手話通訳者の他に、画面左上にしばしば女性の通訳者が映るワイプが表示された。この2人にはどのような役割の違いがあるのだろうか?
「画面左側のワイプに表示したものは、式典運営側が用意した手話通訳です。組織委員会の橋本聖子会長、IOCのバッハ会長のスピーチの際には、式典運営側が用意した手話通訳が会場の大型モニターに映し出されていました。これを、手話通訳のない総合テレビでご覧いただいている視聴者のために、画面左側に表示したものです。一方、Eテレの番組映像に大きく映った通訳者は、耳の聞こえないろうの通訳者です」(NHK広報局・以下同)
普段テレビなどで目にする手話は、耳が聞こえる通訳者によるものがほとんどだが、Eテレの閉会式中継でメインとなって通訳をしたのは“ろうの通訳者”。
「これまでの番組制作の経験から、ろう者が手話通訳をすることについて、当事者からのニーズが高いことを感じてきました。Eテレの『ハートネットTV』『ろうを生きる難聴を生きる』では常々、ろうの通訳者にご出演いただいています。今回も同様に依頼しました」
手話を第1言語とするろうの通訳者の手話は、いわば手話ネイティブ。ろう者だからわかる、細かなニュアンスや表現があるという。
ここで気になるのは、耳が聞こえないろうの通訳者は、どのようにして通訳を行っているのかということだ。
「放送時、ろうの通訳者の向かいには、耳の聞こえる手話通訳者で“フィーダー”と呼ばれる方がいました。フィーダーが音声情報を手話に変え、ろうの通訳者はフィーダーの手話をもとに、ろう者により分かりやすい手話にして伝えているのです」
また、今回の放送では、3名のろうの通訳者(寺澤英弥さん、戸田康之さん、野口岳史さん)が定期的に交代。ふだんの放送で、キャスターが入れ替わることは珍しく、この様子もネット上では話題になった。
「通訳者が情報を適切かつ充分に伝えられる時間の上限が15分~20分であるため、交代をしていました」
一般的に同時通訳は非常に集中力を必要とするとされており、手話に限らず外国語を通訳する場合などでも、15分~20分おきに交代するケースが多いとされているのだ。
■なぜこんなにも表情が豊かなの?
大きく目を見開いたり、眉毛をあげたり、“楽しそう”といわれていた通訳者の豊かな表情や仕草。しかし、これには楽しく見える以上の意味があるという。
「“表情の豊かさ”と言われているものは、表情ではなく、手話の文法の一種になります。
一般的に、手で表現されると思われている手話だが、実は表情や体の動きも非常に重要。同じ手話でも表情や顔の動かし方によって、問いかけや誘い、否定など意味が変わる場合もあるのだ。
■どうして画面を眺めているの?
パフォーマンスの最中など通訳するものがないときには、モニターに映る閉会式の様子を眺めていた通訳者の方々。決して手持ち無沙汰だから眺めていたわけではないようだ。
「ろう者同士が会話をする際には、視線を合わせて話す習慣があります。通訳者が常に正面を向いていると、通訳する言葉がない間にも、視聴者(ろう者)の視点が通訳者に集まってしまう可能性がありました。そこで、閉会式の映像を見てもらう合図として、通訳者に映像を眺めてもらっていたのです」
出演された通訳者の皆さんは「無事終わってよかった」と語っているという。
今回のような手話付き放送が、特別ではなく当たり前のものとして受け止められる世の中。それこそが、東京五輪の掲げる「多様性と調和」に満ちた世の中なのかもしれない。