「うちの子どもたちは仲がいいし、大した財産もないから、自分が死んでもその後、相続トラブルになることはない」と思い込んでいる親たちは多い。
ところが、家庭裁判所に持ち込まれる相続トラブルは、この20年で約1.5倍以上に増えて、近年の新受件数は1万4,000件強で推移。
「相続は遺産が少ないほどトラブルになりやすく、なかでも多いのは、すでに父親は他界していて、その後、母親が亡くなったことで、財産を子どもたちで相続する場合。すでに独立している子どもたちは集まれる機会が少ないうえ、限られた時間の中で決めなければならないことがたくさんあるので、冷静さを失いがち。特に、自宅とわずかな現金しか残っていないというケースは注意が必要です。やはり、親御さんが元気なうちに、自宅や預貯金をどのように相続してほしいのか、きちんと決めてもらうことが大切です」
そうアドバイスするのは、相続問題に詳しい行政書士の竹内豊さん。「死んだ後の話をするのは不謹慎だ」と思うかもしれないが、親族が集まれる機会に、相続について話し合っておくことが、トラブルの回避につながるという。 本来、被相続人の死亡をもって始まるはずの相続だが、なぜ、生前から準備しておく必要があるのだろう。それは、「被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10カ月以内に相続税の申告・納付」を、故人の居住地を所轄する税務署に出向いて行わなければならないというルールがあるからだ。
「親が『遺言書』を遺していない場合は、相続人で遺産分割協議を行い、『遺産分割協議書』を作る必要があります。これを含めた必要な書類を10カ月以内にそろえ、相続税の申告・納付手続きを済ませなければなりません。仮に相続財産が基礎控除額(3,000万円+法定相続人の数×600万円)以下であれば相続税はかかりませんが、持ち家がある場合は、自宅の評価額だけで基礎控除額を超えてしまう可能性もあるので注意が必要です。万が一、申告が遅れてしまうと、不動産の『小規模宅地等の特例』などの優遇が使えなくなり、相続税の額が増えてしまう恐れも出てきます」(竹内さん・以下同)
さらに、親に多額の借金があったことがわかった場合は、3カ月以内に家庭裁判所に相続放棄を申し出ることで、負債を背負わずに済むといった選択肢もあるので、モタモタしてはいられない。
■スムーズな相続のためには親の生前から準備が必要
もちろん“みとった後”も忙しい。葬儀や納骨のほかにも、健康保険、年金の死亡手続きや、銀行口座やクレジットカードの解約など、やらなければならないことは山ほどある。そんななかで円滑に相続を進めるためには、親の生前にやっておくべきポイントが3つあるという。まずは、相続財産を確認すること。
「通帳を集めて残高を確認しておきましょう。相続開始後の預貯金の払い戻しは大変手間がかかります。複数口座があるとなおさらですので、口座はなるべく1つにまとめて、あとは親御さんが元気なうちに解約してもらうといいでしょう」
通帳とともに、金融機関の届出印はどれなのか、目印のシールでも付けておくとわかりやすい。また、故人の銀行口座を解約するときに必要なこともあるので、日ごろから自分の実印もきちんと管理しておきたい。
続いて、自宅はいくらの価値があるのかを、固定資産税の通知書をもとに調べておく必要がある。土地が共同名義になっていると相続時にややこしくなるので、自宅の登記簿謄本を取得して、所有者が誰なのか把握しておこう。
2つ目のポイントは、誰が相続人になるのかを確認すること。
きょうだいは2人だけなので、相続人は2人、と思いきや、じつは両親は再婚で先妻の子がいた、なんてこともありうる。
「戸籍謄本を取り寄せて相続人の数を把握し、簡単な家系図を作成してみましょう。たとえば、父がすでに他界して、母の財産を3人の子どもが相続するときは、法定相続分は3分の1ずつになります」
そして3つ目が、具体的な遺産の分け方を決めておくこと。介護の負担など、親との関わり方はきょうだいによって異なることもあるので、必ずしも法定相続分のとおりに分けなくてもよいというのだ。
「たとえば、長男が親の介護やみとりの中心になり最期まで面倒を見たとしたら、『ほかのきょうだいたちより多くの財産をもらってもいいはず』、と思うでしょう。そのようなときは『遺言書』を活用して、相続に親の意思を反映せておくことです。きょうだい間の話し合いを円滑に進めるためにも、生前に『遺産の分け方の確認』をしておくことが大切です」
相続でもめる原因の多くは、この「遺産の分け方」にあるが、そうしたトラブル回避の“切り札”になるのが「遺言書」だ。自ら公証役場に足を運んで、口述しながら公証人が作成する「公正証書遺言」と、原則すべてを自分で自書して作成する「自筆証書遺言」の2通りがあるので覚えておこう。
いっぽう、「終活」ブームとともに耳にする機会が増えてきた「エンディングノート」は、相続財産を目録にするときには便利なツールだが、これだけで安心と思ってはいけないという。
「エンディングノートは、終末期の医療の受け方やお葬式のやり方など、故人の希望を周囲の家族に伝えておくのにとても便利なツールなのですが、法的な効力はありません。かえってエンディングノートに書いてあることが原因でもめることもあるので、どれだけの財産を誰に遺すという相続に関しては、『遺言書』を作成して、具体的な分配方法を決めておくことをお勧めします」
ちなみに’19年1月改正の相続法施行により、自筆証書遺言の作成は、だいぶハードルが低いものに。遺言書に添付する「財産目録」は、それまで手書きに限られていたのが、パソコンでの作成が認められるようになったほか、通帳などのコピー添付も認められるようになった。また、昨年7月からは、自筆証書遺言を市区町村の法務局で預かってくれる保管制度ができ、書類の不備を指摘してもらえるようになった。
■もめない相続のカギは相続人同士の“納得感”
しかし、いくら「遺言書」で財産の分け方を指定しても、ほかの相続人から遺産の最低限の取り分である「遺留分」を請求されると、渡さなければならないといった決まりもある。
たとえば、母と同居する長男が、「弟と妹は介護をほとんど手伝わないのだから、相続財産は分けなくてもいいだろう」と考えたとしよう。長男の気持ちを察した母は、「長男だけに相続財産を渡す」という「遺言書」を書こうとしたが、弟と妹から「遺留分」を請求されたら、法定相続額の2分の1を渡さなければならず“争続”のもとになる。
もし遺産が3,000万円であれば、3人のきょうだいで分ける場合の法定相続額は1人1,000万円で、遺留分はその2分の1の500万円という計算になる。遺言書を書くときには、こうした遺留分に配慮し、相続人同士が納得できる内容にしておくことが望ましい。
また、遺言書に不備があると無効になることも。遺言書を作成した「日付」の時点で親の認知機能に問題があったり、体調不良で正確な判断ができていないということが後でわかったりすると、無効になることがあるので注意したい。
「遺言能力といって、遺言の内容を十分理解したうえで自分の死後にどのようなことが起こるのかを想定できる能力が問題になります。遺言能力がない人が遺言を書いたとして、ほかの相続人がその内容に納得いかないと家庭裁判所に申し立てられると、無効になる可能性があります」