「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関し、4月15日に否定的な見解を示したBPO青少年委員会。
この見解では「刺激の強い薬品を付着させた下着を、若いお笑い芸人に着替えさせ、股間の刺激で痛がる様子を、他の出演者が笑う番組」や「深い落とし穴に芸人を落とし(ここまではドッキリ番組の定番であるが)、その後最長で6時間そのまま放置するというドッキリ番組」について言及。
これらの事例に対し、同委員会は「人間を徒らに弄ぶような画面が不断に彼ら(青少年)の日常に横行して、彼らの深層に忍び込むことで、形成途上の人間観・価値観の根底が侵食され変容する危険性」を憂慮。また「苦しんでいる人を助けずに嘲笑する」シーンは、発達心理学と脳科学の研究に基づき「子どもの中に芽生えた共感性の発達を阻害する可能性があることは否めない」としている。
同委員会は見解について、あくまで「番組制作者に対してバラエティ番組の基準やルールを提示することを目的として本見解を出すものではない」という。しかし、バラエティ番組にとっては、今回の声明が一つの転換点となりそうだ。
BPOの見解に対し、笑いのエキスパートは何を思うのだろうか? 30年以上にわたってNSC(吉本総合芸能学院)で講師を務め、かつてナインティナインにも指導していたという“伝説の講師”本多正識氏に取材をした。
■昔のお笑いは、現在ほど“痛く”なかった
「個人的には、今回の見解にあったような“痛みを伴う笑い”は嫌いですね。笑いをとるためにわざわざ痛い目や怖い目をさせる必要はありませんし、他のやり方でいくらでも笑いをとることはできますから。
芸人が苦痛を感じている姿を見て、周りが嘲笑するというのはイジメの構図そのものです。子供がそれを見たことで、実際のイジメに繋がってしまう可能性は大いにあるでしょう。
そもそも、『人が痛い目に遭うようなことは止めましょう』というのは、家庭や学校で大人がしっかり教えるべきことだとも思います」
続けて本多氏は、「苦しむ芸人を笑う風潮が年々ひどくなっている」と苦言を呈す。
「かつてザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』(TBS系)やビートたけしさん(75)らの『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)は“子供に見せたくない番組”の常連でした。しかし、当時の“痛みを伴う笑い”は今ほどひどくはなかったように思います。
例えばドリフでは、上から落ちてきたタライが頭に当たってズッコケるというお決まりのシーンがありました。
いっぽう、BPOが指摘している例は長時間の痛みや苦痛が想像できる。
「『全員集合』も『ひょうきん族』も、やることがもっと単純で、見ていて“滑稽”なんです。現在テレビで放映されているような、苦しい状況を助けることなく放置し、さらに嘲笑するのは“教育に良くない”という次元を超えた悪質さを感じます」
■テレビ局と制作側の連携がうまくいかず、あわや大惨事
さらに本多氏は近年気になった、バラエティでの“悪質な笑い”のケースを3つ挙げた。まず1つ目は’18年6月に放送された『水曜日のダウンタウン』(TBS系)での、コロコロチキチキペッパーズ・ナダル(37)を“突然車で連れ去る”という企画だ。
東京のJR恵比寿駅西側にあるロータリー付近でロケが行われたが、目撃した人たちが「男性が連れ去られた」と相次いで110番通報したことで、警視庁渋谷署が番組担当者を厳重注意したという騒動にまで発展している。本多氏は、こう述べる。
「ナダル君は番組のドッキリだと知らなかったと聞いています。たとえ知っていたとしても突然繁華街で嫌がる人を拉致するなんて、通報が相次ぐのも当然です。
TBS側は謝罪していますが、あの時、ナダル君はどれほど恐怖心を抱いたでしょうか。これがキッカケで彼が心身の不調を来していたら、番組側はどう責任を取るつもりだったのかを問いたいです。
2つ目は’13年7月に行われた、『SHINPUU3 奇跡の確率』(関西テレビ)の収録現場での出来事だ。それは素人男女10名の中からくじ引きで選ばれた人が、目隠しをしたGAG少年楽団(現・GAG)とコマンダンテの芸人5名に平手打ちをし、芸人たちが“叩いたのは誰か”を推理するというものだった。
番組側は参加者に「強く叩かないように」と指導していたという。しかしGAG少年楽団の福井俊太郎(41)は首のねん挫、そして坂本純一(38)は左耳の鼓膜が損傷する事態に。コマンダンテの安田邦祐(38)も軽い脳しんとうとなり、それぞれが全治1~2週間のケガを負うこととなった。当時、本多氏は怒りのあまり関西テレビの編成に連絡を入れたという。
「手加減のわからない素人に本気で芸人を殴らせるなんて、“やってはいけないこと”のレベルがわかっていないにも程があります。電話で『素人にビンタさせる企画を知っていたのか?』と編成に問いただしました。返事次第では訴訟を起こすことも想定していました。
すると調査の結果、編成が知らされていた企画と制作サイドが実際に行った企画が全く違っていたとわかったんです。編成も番組を見て驚いていました。このように、制作現場とテレビ局の編成との連携がうまく機能してない事例もありました。あわや大惨事なのに……。
■「怖くてやりたくないことは、仕事でもせんでええからな」
また本多氏は「かまいたちの2人が、大阪でロケ番組を中心に頑張っていた頃だと思うのですが……」と、3つ目の事例についてこう語った。
「ある番組で濱家隆一君(38)が事前に聞かされることなく、突然バンジージャンプをしなくてはならない状況になったそうです。でも、彼は極度の高所恐怖症。3時間、4時間経っても飛ぶことができず、日没で収録が不可能になってしまったといいます。結局、別の芸人が彼の代わりに飛び下りて、その場は何とかなったそうですが。
その後2人と会った時に、相方の山内健司君(41)が私にこう言ってきたんです。『先生、濱家に何か言ってやってくださいよ。みんなを何時間も待たせているのに“怖い”いうて、バンジージャンプを最後まで跳ばへんかったんです』と。“説教の一つでもしてくれ”と言わんばかりでした」
しかし、本多氏は濱家を責めなかったという。
「私は濱家君に言ったんです。『それで良かったやん。跳ぶ必要なんて何もない。怖くてやりたくないことは、たとえ仕事でもせんでええからな』と。
でも、言ったことは間違っていないと思います。自分が怖いと思っていることを、無理にやらされることで精神的なトラウマを負ってしまうこともある。その場合、誰が責任をとるのでしょうか? そもそも濱家君はバンジージャンプよりも、漫才やコントで何倍もの笑いをとることができる芸人です。『舞台を一生懸命頑張りや』と二人には伝えました」
その後、濱家に会ったところ「怖い仕事は、あれからずっと断っています」と彼は話していたという。
■「面白いからよろしいんやん」という制作側
「“笑い”のために必要以上の苦痛を与えていないか、テレビ局や番組制作サイドには細心の注意を払ってほしいんです。特に新人の芸人は、立場上、なかなか断ることができない子もいます。本人が『怖い、イヤだ』と言ったら、それ以上は無理強いしないでほしい。これは局側のコンプライアンスとして徹底してほしいですね」
と、本多氏は語った上で……。
「実は私は昔からこのようなことを言ってきましたが、『そんなこと言わんでも、面白いからよろしいんやん』というようなテレビ局のスタッフや構成作家が数多くいました。いまでもいるようです。“芸人には何をさせてもいい”という考えが根強いのでしょうがバラエティ番組に携わる人間は、一度自分たちで試してその痛みや苦しみを味わってみてから芸人に依頼すればいいと思っています。
ですから芸人には『“痛い、怖い、イヤだ”と思うような仕事の依頼は勇気をもって断りや』と指導しています。自己防衛というと大袈裟かもしれません。ですが、取り返しのつかない事故が起きてからでは遅いんですよ」