「今の人口減少や少子化は、日本にとって深刻な問題です。ずっと国に対して『ええ加減ちゃんとせなアカンで』という思いですから、明石市長としても真剣に取り組んできました。
こう語ったのは、明石市の泉房穂市長(58)だ。
さかのぼること5月7日、電気自動車企業「テスラ」のCEOであるイーロン・マスク氏(50)が《当たり前のことだけど、出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなるだろう。これは、世界にとって大きな損失になる》とTwitterに投稿。すると泉市長はツイートに反応し、こう綴った。
《“世界の損失”うんぬんの前に、私たち自身の問題として、日本が消滅しないよう、日本の“政治の転換”を図りたい》
子育てをサポートするために、こども医療費の無料化や第二子以降の保育料の完全無料化など、所得制限や自己負担なしの“5つの無料化”を行なっている明石市。泉市長は全国的にも類を見ない手腕で“こどもを核としたまちづくり”を進めているため、今回のツイートも大きな話題となった。
そこで本誌は泉市長に取材をすることに。すると、冒頭のようにツイートの真意を明かした。さらに「国全体で、こども支援を本気でしなきゃダメなんです」と強く訴え、こう続ける。
「マスクさんは『世界の損になる』といいますが、日本国民にとっては“自分たちの問題”ですからね。損得関係なく、未来に関わること。
‘03年に国会議員となり、’11年4月の市長選で初当選となった泉市長。こども支援に一気に舵を切った結果、明石市の人口は9年連続で増加し、合計特殊出生率も’18年には1.70を記録。さらに8年で税収が32億円も増え、’10年度の市の貯金は70億円だったものの、’20年には112億円に。うち2億円は、コロナ禍にも関わらず上乗せとなった分だという。
明石市の生活満足度は関西で1位に輝き、全国戻りたい街ランキングでも1位に。さらに調査の結果、9割もの市民が「住みやすい」と感じているとも判明している。
■積極的な子育て支援に2つの理由
現在、12年目の泉市長。なぜ、こども支援にフォーカスしてきたのだろうか。そう尋ねると、泉市長は「理由は2つある」と明かす。
「一つ目は、“子供はすべからく支援対象であるから”です。子供が1人で社会を生き抜くことはできません。どうしたって支援が必要なんです。
それに親が子育てをしっかりやるとは限りません。何らかの理由で途中から、子供を大事に思うことができなくなる人だっています。なので、子供の貧困や虐待死があるわけです。人間は悲しい生き物ですからね。『子供を社会のみんなで支えていく』というのが私の大きなテーマです」
そして、二つ目の理由は「子供は日本の未来だから」と話す。
「子供の数が増え、無事に育っていくというのは日本の未来にも繋がります。いま現役の人だって、必ず世代交代しますからね。老いた時に支えてくれるのは、今の子供たちですよ。それなのに日本は子供に冷たい。私は大学時代、教育哲学を専攻していました。『子供に冷たい社会に未来はない』と論文に書きましたが、悲しいことに、その冷たさは加速しているように感じます」
日本全体の問題を解決するための道のりは長い。しかし、「市長ならひとまず、明石の街を変えることはできる」という。
「市民の皆さんから預かった税金で施策を行うことで、街のみんなで子供を支援する。すると子供だけでなくて、街のみんなもハッピーになるんです。
俗っぽい言い方になりますが、地域経済も回りますからね。今の子育て世帯は大体が共働きです。家を買えばローンを組むことになり、自ずと住み着いてくれます。すると、夫婦の両方で市民税が増えます。
人気が高まると地価も上がる。建設業界の利益も上がって、法人市民税も上がる。『子供施策をやったら何かと得でっせ。国も自治体もちゃんとしなさいよ』と思います」
泉市長は「明石市では子育てにかかる経済的な負担を軽減したことで、人口増加と出生率の上昇に繋がっています」といい、「国の少子高齢化対策は本気じゃない」と主張する。
「子育てをしている層がどんどん貧しくなっているんですよ。収入が増えていないのに、負担ばかり増えているから。
■“子供は親の持ち物”という考えが日本に及ぼす悪影響
こども家庭庁は’23年4月に創設される見通し。子供をめぐる問題に対して、縦割り行政に阻まれることなく、一体的に取り組む組織とされている。虐待やいじめの対策、ヤングケアラー支援などを例に挙げているが、具体的な政策の内容や安定した財源を確保する手段は明らかになっていない。
そんななか、こども家庭庁という名前も物議を醸している。もともとは“こども庁”という呼び方だったものの、岸田政権になってから自民党内の議論で「子どもの基盤は家庭」との声が相次いだため“家庭”の2文字を付け加えることになったのだ。
野田聖子子ども政策担当大臣(61)は’21年12月の会見で、「そもそも名称は仮置きだった」と述べた。しかし「“子供のことは家庭で”という考えが広がるのでは。大変懸念しています」と泉市長は苦言を呈す。
「日本は世界でも類を見ない価値観の国で、“子供は親の持ち物”という考えが非常に強い。親に責任があり、権限もある。
5月10日、岸田文雄首相(64)は政府の教育未来創造会議で「現在、世帯年収約380万円以下の学生を対象に実施されている授業料の減免、給付型奨学金支給といった制度を拡充する」と提言。続けて、「約380万円を超える中間所得層についても、子が3人以上の世帯と理工系や農学系の学生に対して支援する」と述べた。
泉市長は「条件をやたらつけて、『大変貧しい人にしか手を貸しません。他は親がやってくださいよ』と。『それほどしたくないわけ?』って思いますよ。国民のことを考えていたら、これほど冷たい政治はしないと思います」といい、呆れ顔を見せる。
「政府の施策の大半は『子供を産むな』というマイナスのメッセージに繋がっています。『産んだら自分で責任取れよ』という国で、産めるわけがありません。逆に『産んでくれてありがとう。
さらに泉市長は、OECD(ヨーロッパ諸国を中心に日本やアメリカなど38ヵ国の先進国が加盟する国際的な経済協力開発機構)を例に挙げる。
「OECD諸国の中で、日本は公共事業費が平均の倍。にも関わらず、子供予算は平均の半分です。私が大学生だった40年以上前から、ずっとそうなんです。公共事業で経済を回してきたけれど、もはや経済成長はしていない。なぜかというと、そういう時代ではないから。それなのに、ずっと同じままなんです。
他の国と同じように公共事業を半分に抑えることがまず必要。それにプラスして、子供予算を2倍どころか3倍にしないとダメです。それほど日本は少子高齢化の面で、危機的な状況にあります」
■「やるならちゃんとやりましょうよ」
実は当初、こども庁に対して賛成の立場をとっていた泉市長。「先頭を切って応援団をやっていましたよ」という。
「でも、途中から『えー!』ってなってきてね。今は子ども基本法案も子ども・子育て法案も両方反対。むしろ、“しない方がいい”とすら思っています。
まず文科省含めて、組織改変をしないと意味がありません。しかもこども家庭庁は方針も不明確で、財源も不十分。ちゃんとお金を使ってやりましょう。そうでないと人は動きませんから。
先々のことを思うと『このタイミング逃すともったいないよ』と言いたい。単に“家庭”って文字を入れても、何も変わりませんよ」
泉市長が就任する前、明石市の子供に関連する予算は約100億円だった。ところが、泉市長は倍の200億円以上を注ぎ込むことに。こども部門の職員数も39人から135人に増やした。泉市長はこう明かす。
「子供を守るためにはお金が必要です。こども家庭庁は“金は増やさん人も増やさん”ですから、うまく機能するわけないんですよ。これでは国民も冷めてしまいますよね」
本誌の取材直前、日本記者クラブでこども家庭庁に関する講演を行ない、「縦割り行政が残ったままなら、むしろつくらない方がいい」と強く非難していた泉市長。「さっきも言ってきたんですけど、やるならちゃんとやりましょうよ。もったいないから」と訴える。
「未就学児には4つの種類があります。保育所や幼稚園、こども園に行っているか。もしくは在宅しているか。そしてこれらの管轄は、みんなバラバラなんです。保育所と在宅は厚労省が担当で、幼稚園は文科省。こども園は内閣府と。3省庁に分かれたまま、ずっと解決されて来なかったんです。そして、こども家庭庁に文科省はほとんど関わっていません。
省庁の縦割りによって現場も混乱しているのに、利権という“しがらみ”もあります。保育園は保育協会、幼稚園は幼稚園協会。それに属する国会議員もいる。既得権益が蔓延して、改善しようにもどうしたって動かないわけです。『いつまで、そんなことやってまんねん』っていうのが本音です」
【第二章】泉房穂市長 出生率アップのキーワード語る「二つの不安を取り除くこと」 へ続く