「主人が愛した山口県、私も本当に大好きです。この地域のためにこれから活動していきたい」

10月15日、安倍元首相(享年67)の地元山口県下関市で県民葬が執り行われ、喪主挨拶に立った昭恵夫人は冒頭のように述べた。

【解説】安倍元首相の公開資産の内訳

安倍昭恵さんに学ぶ 夫が急死したときの損しない相続の画像はこちら >>

安倍元首相の公開資産は1億793万円。山口県内に宅地、畑、山林など複数の不動産、2475万円の定期預金やゴルフ会員権(6口)があり、相続人である昭恵夫人の動向と、遺産相続の行方にも注目が集まる。

「この場合、法定相続人は昭恵さんと安倍元首相の実母の2人。配偶者の法定相続分は3分の2、親は3分の1なので、昭恵さんは約7195万円を相続することになります」

こう話すのは、相続問題に詳しい税理士の山本宏氏だ。

では、夫妻の居住していた家はどうなるのだろう。東京・富ヶ谷にある推定20億円超ともいわれる豪邸だが、ここは安倍元首相の実母・洋子氏と実兄の名義となっている。

「こちらは安倍元首相名義でないので、相続できません。ずっと居住していれば引き続き住むことも可能ですが、今後、たとえば山口県などに昭恵さんが転居すると、法律的には戻る道は閉ざされてしまいます」(山本さん・以下同)

また、法定相続分があるとはいっても、土地や不動産などの資産を額面どおりに分けることは困難。多くの場合で、相続人同士での話し合いが必須となるのだ。

「近年、働き盛りの男性が急死し、相続でもめることが増えています」

では、私たちが当事者になった場合、どうしたら損をせずに夫の遺産を相続できるのだろうか。

まずは、3つのパターンに分けて、法定相続分を整理しよう。

安倍夫妻のように子どものいない夫婦は約4割に上る(2019年)が、子どもがいなかった場合だとーー。

〈1〉故人の親が健在→配偶者3分の2、父母が3分の1となる。
〈2〉親が亡くなり兄弟姉妹がいる→配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1となる。
〈3〉親、兄弟姉妹が他界し、子である甥・姪がいる→配偶者4分の3、甥・姪が4分の1となる。

しかし、これだけで簡単に話がまとまらない場合も。遺言書があると、そちらが優先されるからだ。

「たとえば、『(妻ではない)第三者に財産を譲る』というケースも。この場合、長年連れ添った配偶者は生活が脅かされてしまいます」

■遺留分申請が損をしないカギ

そんなときの救済措置として設定されている制度が「遺留分」だ。

「『遺留分』とは、遺言書があったとしても残された家族が生活に困らないよう、決して侵されることのない権利。近年、この遺留分で争うケースも多いのです」

たとえば、「妻に財産は相続させず、土地や不動産を実家のきょうだいに相続させる」旨の遺言書を残すこともある、と山本さん。

「〇〇家の代々の財産を妻に渡さず『実のきょうだいに相続させたい』などという遺言は、地方都市の、代々資産が受け継がれてきた家では珍しい話ではありません。そうした場合、妻(配偶者)が遺留分を申し立てることができます」

遺留分の分配は表(画像参照)のとおり。相続人の順位(子・親・きょうだい等)により、取り分は変わる。

安倍家の場合は、妻と親が相続人のため、昭恵さんには遺産のうち3分の1は遺留分として確保されることに。

「また、『妻に全財産を相続させる』と遺言が残されていた場合でも、ほかの相続人から遺留分を申し立てられることもあります」

もしも安倍元首相がそのような遺言を残していた場合、遺留分を申し立てることができるのは実母だが、妻の取り分ももちろん残る。

つまり、遺言にどんな内容が書かれてあっても、基本的に配偶者は相続できる立場にあるのだ。

では、実務的にはどのように相続の手続きが進むのだろうか。

「遺言がある場合は、遺言執行人が財産一覧を作成し、それを法定相続人全員に示します。その報告を受け、遺留分権を持つ親族は自分の権利が侵害されていないかどうかを確認。もしも遺言に自分の名前がないなど、損をするような内容だったら、速やかに遺留分の申し立てをしましょう。1年以内に権利を行使しなければ、時効となってしまいます」

しかし、先に述べたとおり、現金以外の財産をきっちり額面どおりに分けることは困難だ。

「現実では分割協議・法定相続分などというのは『絵空事』でしかありません。換金性の低い不動産などは結局、どこで妥協点を見つけるかです」

そうなると、泥沼の争いは避けられないーー。そこで、山本さんがおすすめするのは、「まだまだ先」だと思わずに遺言書を作っておくことだという。

「遺言があれば、受益者(財産をもらう人)が納得できないからといっても、遺言のとおり執行することも可能です。

相続人間で話し合いができるなら、遺言を撤回し分割協議をする、という手立てを講じることもできるのです」

できれば、残された人がもめないように遺留分を配慮しながら、この土地はこの人のもの、この建物はあの人のもの、などと明言するのがベスト。

泥沼の争いを避けるためにも遺留分制度をしっかり覚えておき、財産の確認や遺言書の作成を進めておこう。

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