「(定額減税の)給与明細への明記は政策効果を国民に周知徹底し、知ってもらううえで効果的だ」
5月22日、国会でこう語ったのは岸田文雄首相(66)だ。6月から、岸田首相の肝いりで始まる1人あたり4万円の定額減税(所得税3万円、住民税1万円)。
政府は突如、減税額の給与明細への記載を義務付けることを発表。それに対し、「事務手続きが煩雑になる」「減税だけアピールかよ」などの反発が高まっている。
本来、多くの庶民にとっては、減税はありがたい話だ。だが、岸田首相を支持する声がいっこうに高まらないのは、減税が一度限りであることと、それを上回る物価高が続いているためだ。
今年3月の消費者物価指数(生鮮食品・エネルギー含む総合指数)は、前年同月比で2.7%上昇。
とくに、コーヒーやオリーブオイル、牛肉など輸入食材の価格が高騰。先日は、オレンジの世界的な不作による価格高騰もあって、国内大手メーカーが相次いでオレンジジュースの大幅な値上げや、製造・販売休止を発表している。
さらに6月から、政府の補助金が半減するため、平均的な家庭で、電気・ガス代合わせて、月に500~600円ほど負担増になる見込みだ。
こうした家計の支出増について、岸田首相は「物価上昇を上回る賃上げ」を実現することで、対応すると豪語してきた。しかし、ここにきて、岸田首相にとって都合の悪い調査結果が。
■資源・食料の争奪戦に円安で物価高が進行
大同生命の調査によると、2024年度に賃上げの予定がない零細企業(従業員5人以下)は46.8%と半数にのぼることがわかった。
「検討中」(30.6%)と回答した企業が賃上げしなければ、約8割が賃上げなしということになる。
さらに、中小零細企業全体で見ても、約6割が賃上げの「予定なし」「検討中」と、二の足を踏んでいることが判明した。
「約7割の労働者が中小零細企業に雇用されていますから、給与所得者の多くが賃上げされていないと考えていいでしょう」
そう解説するのは、経済評論家の加谷珪一さん。改善の兆しもあるものの、賃上げが中小零細企業全体に波及するまでには「時間がかかるのではないか」という。
「日本の中小零細企業は、大手企業の下請け的な仕事に従事していることが多く、大企業に無理やり値引きをさせられるというような商慣行が存在してきました。
このところ、公正取引委員会が大企業への指導を強めていて、過度な値引き要求が減ったおかげで賃上げできる中小零細企業も出始めています。しかし、中小零細企業の競争力そのものを強化しないことには、長期的な賃上げに結びつきません」
賃金が上がらないまま、物価高騰だけが続いていけば、資産の構築がままならないばかりか、預貯金を取り崩さざるをえない可能性まで出てくる。日本銀行の予測によると、2025~2026年度は、おおむね2%程度の物価上昇が続くと見込んでいる。
「今後、特に高騰する可能性が高いのは食品価格だ」と警鐘を鳴らすのは、東京大学大学院特任教授(農業経済学・国際経済学専門)の鈴木宣弘さんだ。
「異常気象が常態化していることに加え、各地で紛争のリスクも高まっています。ウクライナのように耕地が破壊されたら、ますます値上がりする可能性があります。そのうえ、中国が紛争リスクの高まりに備えて、国民14億人が1年半食べられるだけの食料備蓄を始めていることが、穀物の品薄に追い打ちをかけているのです」
加えて深刻なのが、国内農家の衰退だという。
「100%輸入に頼っている飼料や化学肥料の高騰で農家は大赤字。
前出の加谷さんも、「今後、ますます輸入品の価格は高騰していくだろう」と懸念する。
「途上国から中所得国に成長するときは、爆発的に牛肉やコーヒーの消費量が増えます。現在、アフリカなどの多くの途上国が豊かになり、消費量が増えて争奪戦になっています。食品のみならず、資源エネルギーなどの獲得競争も激化するでしょう。
そんななか、日本は国力が落ちて円安が止まらない状況です。そうなると、食料品はもちろん、電気やガソリン代の高騰などもあり、あらゆるモノの価格が上昇していくことが予想されます」
ひとたび不作が起こったり、紛争が激化したりすれば、物価上昇率は、たちまち年3%や5%と膨らんでいく可能性もあるという。
「いったん値上がりすれば、状況が落ち着いても下がる可能性は低い。それを考慮すると、物価は10年後には20%、20年後には30%ほど上昇している可能性もあります」(加谷さん)
■20年後の60代夫婦は毎月12万円不足する
20年後には年金生活に入っている人も多いだろう。頼みの綱は年金だが、その見通しは暗い。
「年金はもともと物価の上昇とともに、受給額も上昇していく仕組みでした。しかし、“マクロ経済スライド”が導入され、受給額の上昇は抑制され、物価が上がっても年金額は上がりづらくなりました。
2019年、金融庁の発表によって、“老後2000万円不足問題”が話題になったことを記憶している人も多いだろう。
このまま物価上昇が続けば、20年後に年金だけだといくらお金が足りなくなるか、試算してみた。
物価の上昇によって消費支出が3割上昇し、年金額と非消費支出(社会保険料や税)が1割上昇したと仮定した場合、夫婦2人の世帯だと月12万654円も不足することになる。
“老後2000万円不足問題”のときと同様に、30年の累計で計算すると、なんと4343万円もの赤字に。
“おひとりさま”の場合は、月に7万2473円、30年で2609万円の赤字という試算が出た。
■50代から生活の抜本的な見直しが必要
いま50歳前後の人が、今後20年で、不足分の4000万円を補う方法はあるのだろうか。 前述のように賃上げの恩恵を受けられない人も多いなか、退職金を考慮しても、数千万円単位の資産形成は容易なことではない。
ファイナンシャルプランナーで節約術に詳しい丸山晴美さんは、「子育てが一段落した50代は、人生最後の“貯めどき”」として、7つの見直しを勧める。
「扶養内で働いている方は、年収200万円以上を目指して、より稼げる仕事に就くことをおすすめします。どこも人手不足なので、50代でも正社員で雇用してくれるところはあるはず。社会保険に加入すれば、年金受給額も増やせます」
住まいの見直しも必須だ。
「子供の独立は、住み替えのチャンス。
細かい支出もチェックしよう。
「まずは、固定費の見直し。格安のモバイルプランなどに変更すれば、月1000円程度で利用できます」
食料品を節約するためには、加工食品を極力避けること。
「冷凍や加工食品の値上げが続いていますから、できるだけ生鮮食品のまとめ買いと、冷凍保存をして自炊することで節約できます」
また、クーポンや、シニア割などを活用することで、年間数万円の節約になるという。さらに大切なのが、「お金にも働いてもらうこと」だと丸山さん。
「無理のない範囲で、税優遇を受けられるNISAなどに投資してみましょう」
高齢になるほど、抜本的な生活の改変は難しくなる。体力のある50代のうちに始めるべきだと丸山さんはアドバイスする。危機的な物価高騰時代。政府の施策に期待できない以上、自分たちで乗り切っていくしかない。