「介護費用は親の資産から捻出するのが原則です。しかし、親が認知症になったら、親の預金口座などは凍結され、引き出せなくなります。

急ぎ対策を進める必要があります」

そう指摘するのは、ファイナンシャルプランナーの山中伸枝さん。

認知症患者が持つ資産の凍結は、国としても大問題だ。というのも、認知症患者が持つ金融資産額は増加の一途をたどっている。三井住友信託銀行の試算によると、2030年には約218兆円に増大し、これは家計金融資産全体の11%に相当するという。これほどの資産が活用されずに埋もれてしまうのは、日本経済にとっても大きな損失だろう。

日本証券業協会は2025年2月、認知症患者のために「家族サポート証券口座」という新たな仕組みを構築した。これを使えば、親が認知症になった後も子どもなどが代理人となって親の資産運用を続けられる。また、銀行や保険会社にも、あらかじめ代理人を指名する制度があるようだ。

親の資産を守るために、子どもは何ができるのだろう。自身も親の財産の把握や整理に着手したという山中さんに聞いた。

「親が認知症になっても、キャッシュカードと暗証番号があればATMから出金できると考えている人がいますが、本来はNGです」

最近はたとえ妻でも、銀行窓口で夫名義の口座から出金できないだろう。親の口座も同じだという。

ただ高齢者は認知機能の衰えのほか、病気などで入院することも増えてくる。

「そうした事態に備えて、預金者本人の認知機能が確かなうちに、『代理人』をあらかじめ指名する仕組みがあります」(山中さん、以下同)

名称は銀行によるが、みずほ銀行では「代理人予約サービス」、三菱UFJ銀行では「予約型代理人サービス」などと呼ばれる。

利用するには、まず預金者本人が銀行窓口に出向き、代理人を指名する。預金者の認知能力に問題がない間は預金者自身が取引を行うが、認知症を発症したら、指名された代理人が銀行に診断書を提出して、取引が始められるのだ。ほとんどの銀行で手数料は無料だ。

「ただし、銀行によりサービス内容はさまざまです。なかには代理人の指名制度がない銀行もあります」

たとえば、代理人による取引の開始を「預金者の認知・判断機能が低下したとき」に限る銀行もあれば、「預金者が銀行窓口やATMに来店できなくなったとき」とする銀行もある。親が利用する銀行で代理人ができること、できないことなどを確認しよう。

「認知機能が低下してからでは、代理人の指名はできません。早めの手続きが肝心です」

■制度利用の前に親の資産把握しておくこと

そして、よく似た手続きは保険会社にもあるという。

「『指定代理請求制度』です。保険の契約時や契約途中でも、指定代理請求人を設定できます」

保障の対象となる被保険者に特別な事情、たとえば病気などにより保険金等を請求する意思表示ができない場合、指定代理請求人が保険金や給付金の請求を行える。

治療上の都合で、親ががんなどの病名や余命の告知を受けていないにも、がん治療に関わる入院給付金や手術給付金、リビング・ニーズ特約保険金などを請求できるのだ。

「指定代理請求人は保険金等の請求はできますが、保険の解約はできません」

また証券会社は、冒頭で紹介した家族サポート証券口座を準備している。

「現在でも『予約型代理人』を指定する制度がありますが、投資商品の売却はできても買付けはできません。しかし、親の資産をうまく運用するには、投資商品の買付けまでできる手段が必要だろうと、家族サポート証券口座が制度設計されたようです」

実際に利用できるのは、8月ごろの見込みだという。

「家族サポート証券口座はあらかじめ代理人を決め、公正証書で委任契約を結ぶ必要があります」

金融機関にはそれぞれ代理人の制度があるが、利用の前に親の資産を把握しておくことが大前提だ。とはいえ、たとえ親子でもお金の話を切り出すのはむずかしい。

「親のお金事情を聞き出すのではなく、親が困っていることを手伝うというスタンスが重要です」

山中さんは「最近、私の保険を整理したら、思った以上に大変だったわ。お母さんは大丈夫? 整理できてる?」などと聞いたそう。

「高齢者には役所からの書類がたくさん届くものです。『ちゃんと手続きできてる? 手伝おうか』といった声かけもいいでしょう。

親はきっと多くの書類にうんざりしているでしょう。手伝おうかと声をかけると、喜ぶ親御さんが多いと思います」

まずは保険の証券などを整理して、リストを作るのがおすすめだ。

「どこの保険会社に、だれが(被保険者)何の目的で(保障内容)いくら(保険金等の金額)受け取れるかをリスト化しましょう(表参照)。その際、証券番号とコールセンターの電話番号を忘れずに。保険金などはコールセンターへの電話で請求できます」

保険の整理が進んでくると、親は安心するのだろう。銀行通帳なども見せてくれるようになる。

「銀行預金については、銀行名、支店名、口座番号と現時点の残高をメモしてください。光熱費やクレジットカードの引き落とし口座や年金が振り込まれる口座も確認を。複数の年金がある人は口座が分かれていることもあります」

親が投資などの資産運用を行っているなら、どの証券会社か、株か投資信託かといった投資の種類、投資金額などを控えておくとよい。

「高齢者でもネット証券を利用する人がいます。必ずIDとパスワードを聞いてください。利用していることを知らなければ、親の財産を取りこぼすことにも」

きょうだいにはどう伝えればいいのだろう。

「事前に『親の預金などを整理する』とひとこと伝えておくのがポイントです。その後、作ったリストを見せ、通帳などの保管場所を知らせておくといいでしょう」

このとき、利用頻度の低い銀行口座などは解約して口座数を減らすことも大切だ。

また高齢者は手術に耐えるほどの体力がない人も多い。本当に必要な保険を選んで、不要な保険の解約を検討しよう。

「資産を整理しシンプルにすることで、管理が楽になります。代理人の指名手続きも整理してからでないと大変ですよ」

■成年後見人が必要になる場合は早めに準備を

きょうだいがいる場合、代理人は誰が務めるといいのだろうか。

「親の近くに住んでいる人がいいと思います。金融機関との委任状のやり取りや、印鑑が必要という事態にも対応しやすいでしょう」

実際の介護が始まったら、「勝手に親のお金を使った」などときょうだい間でもめることも。

「父を看病したときは、父の寝室に現金の出し入れを記録するノートと財布を置いていました。おむつを買った、通院時のタクシー代を払ったなどの使途と金額をノートに記録し、財布から現金を受け取ります。ノートにはその日の出来事などもメモして、交換日記のように情報を共有していました。財布の現金がなくならないよう管理するのは姉の担当でした」

親が今は健康でも、認知症はいつ発症するかわからない。

「代理人の手続きを先延ばししていて認知機能が怪しくなってから慌てて駆け込んでも、金融機関がすでに認知症だと判断したら、代理人の指名はできず、成年後見制度の利用を求められることがあります。また、自宅を売却して高齢者施設の入所金にあてたいときなど、不動産の売却は成年後見人しかできません」

成年後見制度には法定後見と任意後見の2種類ある。

認知機能が低下してからだと法定後見を選ぶこととなり、後見人には弁護士などが選任されることが多い。となると、後見人が決まるまでに最低でも1カ月はかかり、後見人への謝礼は財産額にもよるが月2万~6万円かかる。なにより認知機能が低下してから任命された後見人は、親の希望を知ることができず、希望に沿った支援はむずかしい。

「実家の売却などが予想される場合は、親が元気な早い段階から成年後見の手続きを始めましょう。親の認知機能が確かなら、子どもなどを任意後見人として指名することも可能です」

親の認知症で資産が凍結されるのを防ぐには、前述の金融機関の代理人指名などの簡単な手続きから、早く手を打つことが重要だ。

「認知症なんてまだまだ先」と笑い合えるうちに、準備を始めよう。

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