【前編】25年ぶりに新作が公開 映画監督・君塚匠「55歳で僕もADHDと診断。生きづらさの理由がわかった」から続く

6月21日より、映画『星より静かに』が公開されている。

ADHDなどをもつ、生きづらさを抱える人をフィクションとドキュメンタリーを交えて描いた異色の作品だ。監督を務めるのは映画監督の君塚匠さん(60)。26歳で、『喪の仕事』(永瀬正敏主演、1991年)で商業映画デビュー。その後も数々の映画を撮ってきたが、『星より静かに』は25年ぶりの監督作品となる。50代で自身もADHDと診断された君塚さん。映画への思いを聞いた。

■ADHDや発達障害への差別をなくしたい

「ちょっと待ってください、メモしたのがありますから……」

なぜ25年ぶりの監督復帰を思い立ったのですか? と聞くと君塚さんは手帳をめくり出した。書き殴ったようなメモ書きが、理路整然と判読できるらしい。

「うん、うん……。簡単に言うと、差別に遭ったんです」

2020年、自身も通っていたことのある「就労移行支援事業所・にじ鶴見」に集う人々を追うドキュメンタリー番組の企画を練った。「ほぼ採用」の段階で、プロデューサーに企画意図を確かめられ、自身にADHDがあり、にじ鶴見に通っていると話した。

「すると『僕が撮る(監督する)』企画が、『にじ鶴見の人々を撮る僕をほかの監督が撮る』企画にすり替わりました。

僕は『それは受けられない』と思った。僕はあくまで監督で出演者ではないんです」

プロデューサーにそう伝えると、「ADHDの人には監督を任せられません」と回答がきたそうだ。

「危なっかしくてとても仕事を与えられないという意味です。ほかにも10カ所くらいプレゼンしましたが、すべて不採用でした。テレビドキュメンタリーでは引き受け手がない=自分で作るしかない。そして『自分で作るなら、映画しかない』と思ったんです」

旧知の俳優・蜂丸明日香さん(41)と、内浦純一さん(50)に理解を得て、映画製作のクラウドファンディングが始まり、200万円ほど集まった。そして信頼を寄せる森重晃プロデューサーに協力を仰ぎ、クランクインを迎えることとなった。

「森重さんは僕より年配ですが、ADHDの特性を理解してくれました。そして『撮影スタッフは、君塚監督が集め、監督自身も出演すること』を注文されました」

これによって、登場人物が実名で登場するドキュメンタリー部分と、フィクションであるドラマが連動して展開する君塚オリジナルの世界観が実現したのである。さらに次の“事件”もエピソードとして取り入れることにした。

「ある制作会社のプロデューサーたちとやり取りするなかで、彼らが僕を陰で『クレイジー』と呼んでいたことが、誤送信されてきたメールでわかりました。僕は、彼らがADHDを理解して仲よくしてくれているとばかり思っていた。

そんな彼ら同士では、僕を『あのクレイジーが……』とメールで呼んでいたんです」

驚きと怒りが込み上げた。だが信じていたことを裏切られたのが「なにより悲しかった」という。

「僕はADHDや発達障害への理解を深め、差別をなくしたかった。一方、発達障害がなくても、生きづらさを抱えた人はたくさんいる。そんなすべての人に、映画を通じてカミングアウトして伝えるのが、僕の使命だと、決意しました」

ADHDを自覚し、打ち明けたことで、人生が動き出した。どうして仕事が勢いづけば、私生活も一気に展開するようだ。

「監督は、夜中にムクッとベッドを起き出して、アイスやお菓子を無我夢中に食べ続けます。私が朝起きると、空箱が散らばっていて。こんな妖怪みたいな夫と私はいま暮らしているんですよ!」

目を細めて話すのは君塚さんの“新妻”茂木千鶴香さん(50)だ。書道家・水墨画家として活躍する千鶴香さんと君塚さんの初対面は2024年10月、書道や水墨画などのライブパフォーマンス「墨博」が行われた浅草公会堂でのこと。それまでもメールやSNSで知り合いだったが「グイグイ来られ始めた時期だった」と千鶴香さん。

「電話番号を交換して以来、電話が頻繁に来るようになって『僕、ADHDなんだ』と言われました。

そして『墨博』の朝、『今日、行きます!』とメールが入ったんです」

千鶴香さんは埼玉県済生会鴻巣病院の精神科デイケアで作業療法としての書道を教えており、発達障害のある人にも接していた。

「だから抵抗はなかった。というより、そのときの私には、監督のようなグイグイという押しが必要だったのかもしれません」

じつは千鶴香さんは、君塚さんと初対面する約4カ月前の昨年6月、前夫を56歳の若さで胆管がんで亡くしたばかりだったのだ。それほどの喪失感と深い悲しみにいた千鶴香さんを見舞ったのが、君塚さんの“鬼電”と“鬼メール”。

「あなたを前向きにサポートしたい」「お互いに向上したい」「2人で動き出そう、前進しよう」……。とめどなくメッセージが届く。千鶴香さんが振り返る。

「ふつう夫を失ったばかりの女性に、何度もメールしたり電話するのは、わきまえた大人だったら、絶対にしないと思います。でも監督は自分の気持ちに純粋で、本音と建前を使い分けるのが苦手。その熱意に、しっかり心の隙間を埋められてしまった」

2024年11月29日、君塚さんの還暦祝いと、映画『星より静かに』の完成祝いを兼ねたパーティで、彼は「僕の好きな人で婚約者。いずれ結婚します」と出席者に紹介。今年に入って鶴見区と、千鶴香さんのアトリエがある埼玉県深谷市をお互い行き来する二拠点生活を始め、事実婚の夫婦となった。

「深谷で仕事していても、監督は朝っぱらから電話をしてくるので、いまはオンライン通話状態にして仕事を進めています……っていうか、進まないんですけどね」

ただ、一緒に暮らしてみて彼の努力もわかるようになった。

「毎日、向こう1カ月分の予定を確認しているんです。そして明日の予定や約束を手帳やメモ用紙に書き出す。それには感心します」

君塚さんに「どうしてそこまで、千鶴香さんに執心したのか?」と問うと、照れたのか、急にアーティスティックに寄せてきた。

「ジョン・レノンはオノ・ヨーコの心と才能を見た。僕も、茂木の水墨画を評価したし、彼女は波乱の半生をくぐり抜けてきた、大人の女性でもある。僕の、いちばん大きな“依存先”なんです」

■「クセツヨだけどいい」「愛おしい存在」

「じゃあ、出席を取ります!」

壇上の君塚さんが点呼しようとすると、前列の男子学生が「先生、まだ休み時間です!」

「あ、そうか」と君塚さんが苦笑いでメガネを外し、腕時計を覗く。東京服飾専門学校(豊島区)で彼は週2回、モデルやファッションデザイナーを目指す学生たちを相手に映像分野の講師を務める。2023年度から依頼している経緯を、同校の野間憲治理事長が語る。

「君塚先生のADHDは、ひとつの個性です。学生には個性をパワーとして発揮できるコに育ってほしい。だから、君塚先生のエネルギー源である情熱と集中力を、学び取ってほしいんです」

学生たちの君塚“先生”評は……。

「ちょっとクセツヨだけど、その道のプロって感じでいい」
「すごい作品を撮った先生がゆっくりていねいに教えてくれる」

次世代とのコミュニケーションは、なかなか上々のようである。姉・柳瀬清美さん(63)は「千鶴香ちゃんが来てくれた」ことが安心材料だ。

「何十年と、凍ってた時代があるから、弟にはそれを、これからの人生で取り戻してほしいんです」

千鶴香さんも、「お義姉ちゃんは、いまがいちばんうれしいと思う」と目下飛躍中の夫に目を細める。

「試写会で初めて『監督夫人です』とゲストの方に紹介されました。監督の才能も含めて、ぜんぶ好き。愛くるしい、愛おしい存在です」

妻がノロケれば、姉は弟に腕をまわす。2人の女性に囲まれて、君塚さんは決まりが悪そうだ。

「この画、映り大丈夫ですかね? 読者にヘンに思われないですか?」

どうにもカメラフレームの中身が、気になって仕方ないようだ。興味の先に純真で、まっしぐら。周りに合わせようとすればぎこちなくなるけれど、それもご愛嬌で、大きな魅力だったりする。君塚匠監督が、いま再び脚光を浴びるゆえんである。

(取材・文:鈴木利宗)

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