「7月9日、製薬メーカーのデンカ、販売元の田辺三菱製薬は連名で、破傷風の予防のために用いられる『沈降破傷風トキソイド「生研」』の出荷を停止したことを発表しました。
理由は、製造工程の適格性の検証結果に疑義が生じ、再検証にさらなる時間を要するためのようです。
破傷風ワクチンに限らず、日本国内でワクチンが出荷停止や出荷制限されるケースは決して珍しいことではないと語るのは、医薬品不足情報などに詳しい医薬政策企画代表理事の坂巻弘之さんだ。
「厚労省の予防接種・ワクチン分科会においても、ワクチンの安定供給に関しては継続的に議論されています。最近でいえば、今年の百日咳の流行を受け、百日咳に対応した3種混合ワクチンが品薄状態になり、限定出荷に。その影響は現在も続いているようです。
また1月には、子宮頸がんワクチンが需要超過の状況になりました。一時期、副反応が大きく報じられたことから接種希望者が減りましたが、コロナ禍を経てワクチンに対する心理的ハードルが下がったことも関係してか、需要が高まったことが原因と考えられます。
国内でワクチンを製造するメーカーは限られているため、急に需要が高まっても、簡単に増産したり、他メーカーがカバーすることが難しいのが現状なのです」
さらに、製造工程が複雑であることも、ワクチンの安定供給を難しくさせているという。
「通常の医薬品は化学合成で製造できますが、多くのワクチンは、いわば生ものです。ウイルスや細菌を培養・抽出するなどの工程があるため、トラブルが起きやすいという側面があります。
今回、破傷風トキソイドが出荷停止になったことも、そういった工程でのトラブルが背景にあるのでしょう」(坂巻さん)
結果、今夏はトキソイドが供給不足に陥る可能性が高いのだ。医療ガバナンス研究所の理事長で内科医の上昌広さんは「手や足のケガには、例年以上に注意が必要」と警鐘を鳴らす。
「破傷風は、全国どこの地域の土壌でも存在する常在菌です。
誤ってクギを踏むなど大きなケガをすると、傷口から破傷風菌が侵入します。潜伏期間は1週間程度で、破傷風菌が体内で神経毒を産生すると、体がしびれたり、筋肉が硬直する症状が現れます。
さらに重症化すると筋肉が強く収縮する強直性痙攣などを起こします。背筋が収縮するとエビ反りのようになり、背骨が耐えきれずに折れてしまうケースも。呼吸筋に神経症状が現れると呼吸困難になり、死亡リスクも高まります。
人工呼吸器をつけて筋弛緩剤で筋肉の緊張を解いていく治療が施されますが、重症化してしまうと、死亡率も10~30%と高まるので、迅速な対応が求められます」
破傷風は衛生状態のよくなかった昔の病気と思われがちだが、国立健康危機管理研究機構の資料によると、年間100人前後の患者が報告されている。
「数年前にも、クリニックの外来に『母が破傷風で亡くなりました』という患者さんがいらっしゃいました。いまも命を脅かすリスクが存在する病気なのです」(上さん、以下同)
感染者は、45歳以上の中高年層が多いという。
「子供の場合、破傷風ワクチンを定期接種で受けているので、ほとんど感染しません。ただしワクチンの効果は10年程度で薄れるといわれています。20代、30代は体力があるためか感染例は少ないですが、50歳以上になればアメリカのようにワクチンの追加接種を考慮すべきでしょう。
リスクがあると考えられる場所で大きなケガをした場合などは、予防的にトキソイドを接種する必要があるという。
「トキソイドは、大きなケガの対処として破傷風発症を防ぐ処置にも使われます。その薬がなければ、適切な対処ができないことに。この夏は大きなケガをしないよういっそうの注意が求められます」
家庭菜園、ガーデニング、アウトドアキャンプなどをする人は、用具の扱いを慎重にして、作業中は軍手を着用すること。
「また、夏はゲリラ豪雨などの水害も多い時期。震災ボランティアでも感染リスクがあることが指摘されているように、瓦礫などが流された浸水地区を歩くとき、サンダルでは足をケガしますので、スニーカーや長靴を履くようにしましょう。
万が一、大きなケガをしてしまった場合は、すぐに傷口を入念に流水で洗って砂や泥を取り除き、しっかりと消毒して、医療機関を受診しましょう」
酷暑で注意力も低下しがち。思わぬケガが命に危険を及ぼすことのないよう、十分に気をつけたい。