【事例1】兄が生前分与された分は?
財産1千万円を持つ母と、A男とB子という子がいる家庭。母はA男の新居購入の足しに200万円を生前贈与し、財産の残額は800万円になった。
A男「遺産800万円だから法定相続分の400万円ずつ分け合おう」
B子「何言ってんのよ! アンタは生前贈与の200万円を受け取ってるでしょ。その半分の100万円は私の相続分にプラスよ」と主張。
兄妹で骨肉の争いが始まった。
「じつは、相続争いの約8割は、『ふつうの家庭』で起きています」
こう話すのは、円満相続税理士法人代表で税理士の橘慶太さんだ。
「2021年に起きた相続争いの調停・審判は1万3477件あり、うち遺産額1千万円以下は33%、5千万円以下は43.8%です。つまり相続争いの8割近くは遺産5千万円以下で起きているんです」
相続でもめるのは「財産が多い家ではなく、バランスが取れるだけの金銭がない、いわゆるふつうの家庭」だと言うのだ。
■生前贈与は遺産の前渡し遺産分割に加味される
さっそく、著書に『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】相続専門YouTuber税理士がお金のソン・トクをとことん教えます!』(ダイヤモンド社)がある橘先生に、冒頭の事例に関して解説してもらった。
《橘解説》生前贈与と特別受益
「多くの方が生前贈与と相続は関係ないと思っているかもしれませんが、間違いです。生前贈与は『遺産の前渡し』ですので、遺産分割する際は、それを加味して分け方を考えます。この前渡し分を『特別受益』と言い、遺産に持ち戻して計算することを『特別受益の持ち戻し』といいます。
母の遺産は生前贈与と合わせて合計1千万円ですので、すでに200万円生前贈与されているA男は、あと300万円を。
このほかに「ふつうの家族」を襲う相続トラブルを教えてもらった。
【事例2】介護の分も相続したい
A子は長年、認知症の母と暮らして介護してきたが、結婚で故郷を離れた姉妹のB子、C子は遠距離を理由に介護に参加しなかった。母が他界し、遺産の分け方の話し合いを三姉妹で持ったとき、A子は言った。
「長年、お母さんの介護をしてきたのは私。遺産の半分は私がもらいたいわ」。長年の介護で疲れ切ったA子に妹たちは冷たかった。「それ法律違反でしょ? 三姉妹は3分の1ずつが当たり前でしょ」
《橘解説》法定相続分と寄与分
「遺産の分け方には2通りあり、1つは遺言書がある場合。遺言がなければ、相続人全員で話し合う『遺産分割協議』で決めます。相続できるのは民法で定められた『相続人』で、相続人同士が受け取る遺産の分け方は『法定相続分』として目安が決められています。
A子の母は父と死別していて、相続人は3人の娘しかいませんので、法定相続分は3分の1ずつとなります。
A子が遺産を多く受け取るためには『寄与分』(被相続人の財産の維持に特別に貢献した場合に認められる)制度を主張することはできます。しかし実際に寄与分は認められないことが多く、もし認められても、希望する金額に到底及ばない結果になることがほとんど。
【事例3】遺言が不公平だ!
父、母、姉、弟、4人家族の父が他界。遺産の分け方を3人で話し合うことに。弟は「親父の遺産はぜんぶおふくろが相続すればいい。姉貴それでいいだろ?」と。姉も承諾し、遺産分割協議書を作らず、父名義の不動産の名義変更もせず放置していた。
しかしその後、母は「全財産を長男に相続させる」という遺言書を残して他界。姉、弟で相続の確認となる。
弟「親父が死んだとき、遺産はぜんぶ、おふくろが相続した。おふくろの遺言には、全財産を俺に相続させると書いてあるから、全額俺がもらえるはずだ」
姉「父さんの遺産を誰が相続するかは決めてなかった。父さん名義の不動産はそのままだし。遺産の分け方はこれからあなたと私で決めるのよ!」
《橘解説》遺産分割協議書
「父の不動産を母に、というのは口約束で、母の全財産は長男にというのは、遺言書に書かれている。この場合、遺言書の内容は有効と思われますが、父の不動産は、母が相続したという遺産分割協議の存在を立証するのは困難でしょう。
裁判になれば、父の不動産に関しては、姉の意見が有利になるでしょうね。法定相続分となれば、姉弟で2分の1ずつ不動産を分けることになりそうです。
遺産の話し合いがまとまった段階で遺産分割協議書を作れば、こういった口約束の言った、言わないは避けられます」
【事例4】認知症の母の遺言書
長女のA子は、母が亡くなった際に遺言書の内容をみて愕然とした。「全財産は長男のB男に相続する」と書かれていたのだ。「母は認知症でした。この遺言書は認知症と診断された後に書かれたから、無効です!」。しかし認知症の診断書などはなかった……。
《橘解説》認知症と遺言書
「被相続人が認知症の場合、『無理やり書かされたものだから無効だ』と訴えるケースは多いです。認知症の有無は、医師の診断書のほか、介護施設の介護記録、介護していた家族の証言など、総合的に判断されますが、証拠もなく『母は認知症だったに違いない!』と主張しても、基本的には通りません」
■たった14文字の遺言書で相続が可能になる!
【事例5】親の預金を兄が横領?
介護が必要な親と暮らす長男のA彦が、親の食費や医療費、介護などに必要な費用の支払いのため、親の通帳から現金を引き出して使っていた。
そんななか親が他界し、次男のB雄と遺産を分ける話し合いに。そこで「生活費や医療費にしては引き出し額が多すぎる! ネコババして現金を隠してないか?」となんと横領を疑われた!
《橘解説》帳簿の作成
「引き出した現金の使い道を明確にするのは、領収書をすべて保管しない限り困難です。ただ私の経験上、年間1千万円ほども引き出している場合は不自然といえます。
水道光熱費などは引き落としにしていれば現金は不要。医療費は、医療費控除の明細で把握できます。現金が必要なのは、食費や旅行費くらいです。
A彦の立場の“潔白の証明”には簡単な帳簿を作成することです。
『(1)現金でいつ、いくら引き出したか、(2)それを何に使ったか』をノートに書き、レシートを貼っておくことで、横領していない立証に十分な効果を発揮します」
【事例6】母親の遺産が貰えない
A人の父は、母と離婚後、B子と再婚。B子は父との間にC男を産んでいた。父が他界し遺産1千万円が残ったため、法定相続分で配偶者のB子は500万円、A人と異母兄弟のC男は各250万円を相続した。
その後B子が他界したが、A人の受け取るB子の遺産金額は0円だった。
《橘解説》後妻との養子縁組
「後妻が相続した財産は、後妻が他界したとき、前妻の子には基本的に相続されません。後妻の子だけが相続人になります。後妻に子がいなければ、後妻の兄弟姉妹が相続します。
もし再婚のとき後妻とA人が養子縁組していれば、いずれ後妻が亡くなっても法定相続分を受け取れますが、実際は養子縁組しないケースが多いです」
【事例7】夫のきょうだいとの分割
A彦とB美のあいだに子はなく、A彦には弟のC男がいる。
しかしB美は、「この土地は私の生活に欠かせないものなので、私に相続させてもらえませんか」と平行線に。
《橘解説》相続と配偶者居住権
「このまま話が進まなければ、法定相続分で配偶者が4分の3、兄弟姉妹は4分の1という相続になるでしょう。自宅と金融資産の配分を話し合う必要がありますが、自宅は遺産分割協議が成立するまで妻のB美が住む権利があります(配偶者居住権)。
妻がすべて相続するためには、夫が生前『妻にすべての遺産を相続させる』という、たった14文字の遺言書を作っておけばいいのです。兄弟姉妹には遺留分がないからです」
7つの事例について解説してくれた橘先生は「いま現在、家族の仲がいいとしても、油断しないでください」と話す。相続トラブルを「いつか来るもの」と捉え、7つの解説を読んで備えよう。
【遺産相続の基本ルール】
▼遺産の分け方は2種類あり、遺言によるものと、法定相続がある
▼法定相続分で遺産を必ず相続できるのは配偶者で、
(1)子どもがいる場合、配偶者が2分の1、子どもが2分の1を人数で分ける。
(2)子どもがいない場合、配偶者が3分の2、被相続人の親(直系尊属)が3分の1となる。
(3)子どもや直系尊属がいない場合、配偶者が4分の3で、兄弟姉妹が4分の1を受け取る
▼遺言書の内容に対して不服がある場合は「遺留分」制度があり、原則として法定相続の2分の1が遺留分となる(被相続人の兄弟姉妹には遺留分はない)