「『男はつらいよ』シリーズのマドンナ役の出演依頼があったときは、うれしさのあまり、安易に二つ返事でお受けしたんです。でも、あまりに大きな役でしたから大変なプレッシャーで、最初の撮影のときは熱を出してしまうほどでした」

こう振り返るのは、竹下景子さんだ。

マドンナ役として3作品に出演したが、国民的映画だと実感する日々だったという。

「ロケ地では多くの人が“寅さんが町に来てくれた”と喜んでくれました。撮影終了後、スタッフの方がメーキングのスナップ写真を集めたアルバムをプレゼントしてくださったのですが、どの写真を見ても、カメラの後ろに黒山の人だかりが映り込んでいるんです」

2作目の、北海道知床半島でのことだった。

「現地の漁協の方が、毛ガニをいっぱい送ってくださって。“1パイ”ではなく、軽トラックの荷台が埋まるほど“いっぱい”の量でした。3回目のマドンナ役のときにロケで訪れたウィーンでも、町全体が撮影に協力的で、どこに行っても歓待されました。さすが音楽の都だけあって、山田(洋次)監督さんは現地の方にサインを求められたのですが、どうやら小澤征爾さんと勘違いされてしまったよう。ちょっと困っておられました(笑)」

出演者たちもあたたかかったという。

「さくらさん役の倍賞千恵子さんには、おだんご屋さんに行かないとお目にかかれなかったので、撮影でご一緒する機会は少なかったですが、あるとき仕事帰りのさくらさんが自転車をひきながら、私と一緒に歩くシーンがありました。撮影の合間、ヒールを履いている私を見て『それじゃあ疲れるでしょ。これを履いて』と、ご自分のサンダルを私に譲ってくれて。倍賞さんは、自転車のペダルに素足をのせていました。

ゲストにも心を尽くしてくださるんですね」

名優・笠智衆さんの演技を見ては、山田監督から「よい役者というのは、120%の実力のなかで、100%の芝居ができる。繊細な表現が大切だよ」というアドバイスをもらったという。渥美清さんからも学ぶものが多かった。

「撮影の合間、『景子ちゃん、コワい話を知りませんか?』と聞かれて。私は霊感がないので全く知らないとお伝えすると、代わりに渥美さんが怖い話を始めたんです。『青い月がギラリと光って……』。語りの世界に入り込んでしまうような表現力に、うっとりしたのを覚えています」

『男はつらいよ』(1969年~)

渥美清さんが演じる主人公“フーテンの寅”こと車寅次郎が柴又や日本各地を舞台に、そこで出会ったマドンナと恋と騒動を巻き起こす国民的人情喜劇。1995年までの26年間に全48作が公開され「一人の俳優が主人公を演じた最も長い映画シリーズ」としてギネス世界記録に認定されている。

【PROFILE】

たけした・けいこ

1953年生まれ、愛知県出身。1973年に本格デビュー後、数多くの映画、ドラマに出演。また、『クイズダービー』(TBS系)に16年間レギュラー出演し、三択の女王として人気を博した。

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