《#教皇選挙 の原作小説の翻訳を出します(@hitomikengo 訳)!!》

8月9日、個人出版社「廣井書房」がXにこう投稿した。

映画『教皇選挙』といえば、ローマ教皇を決める教皇選挙「コンクラーベ」を舞台にしたロバート・ハリス著の同名小説を実写化したミステリー作品で、今年のアカデミー賞では8部門にノミネートされ脚色賞を受賞。

3月に日本で公開されると、ミニシアターでの上映を中心としながらも連日満席を記録し、2カ月で興行収入10億円を突破する異例のヒットを記録した。

いっぽう、廣井書房の公式HPにある「商品」ページには、3冊の書籍が掲載されているが、発売中のものは1冊で、残り2冊は『教皇選挙』を含めてどちらも発売前という状況だ。原作小説の邦訳本を待ち望むファンは多かったが、あまり聞き覚えのない個人出版社が注目作の翻訳本を出版するという告知にはX上で疑問の声があがることに。

《よく分らない展開。聞いた事の無い出版社と、翻訳の経験あるの!?の翻訳者による出版らしい…》
《てっきり早川書房あたりが出すものだと思ってた》
《ええ…こんなとこがビッグタイトルの出版権獲得すること、あるんだ》

冒頭の投稿であわせて紹介された詳細や公式HPによると、メインの販売方法は通販サイト「BASE」上でとなり、電子書籍の販売は予定しておらず、書店に対しては先払いによる直取引で卸すという。また、翻訳を手掛けるという人見謙剛氏の翻訳本における実績は、2000年頃に出版されたビリヤードの解説本しか現状確認できず、人見氏のXの経歴も「元高校英語教員」と紹介されている。

こうした数々の点が重なってか、Xでは待望の翻訳本が出ることを喜ぶ声が上がる一方で、疑問も噴出しているのだ。

廣井書房も告知の中で《一個人にすぎない私がこんなビッグタイトルを扱えるとかありえないと思いませんか??おそらく他の出版社がチャンスを残してくれたんだと思います。そうに違いません。で、それを私が拾った。そのほかにも、ここまでこぎつけるのに奇跡を連発させてるんですよ?》と、自ら「奇跡」と評している。

そのため、廣井書房は告知から2日後の11日、自身のXで《#教皇選挙 日本語版について、ご心配をおかけしているようです。

申し訳ございません。@CCLV_movie (映画版の公式アカウント)が、後日弊社から日本語版を出すことをアナウンスする予定です》と、出版とは本来関係のない映画の公式アカウントが“証明する”と釈明する事態に。

そこで、映画の配給元であるキノフィルムズに12日に問い合わせたところ、宣伝部の担当者も一連のXでの騒動を把握した上で「事実」と認めた。

「本作の原作者であるロバート・ハリスの著作権/日本語本訳出版契約を担当しているエージェントを経由して、本作の原作を廣井書房さんが翻訳出版される旨を伺いました」といい、映画公式アカウントからのアナウンス予定についても「事実です。原作者と廣井書房さんのあいだで正式に契約書が締結されたことが本日上記エージェントに確認できましたので、本日中に映画公式Xにて投稿(アナウンス)予定です」と回答。

回答通り、12日の17時45分に《原作 翻訳出版 決定 #廣井書房(@Hiroishobo)より刊行 発売は2025年冬》とアナウンスし、《なお、翻訳出版権において弊社キノフィルムズの関与はございませんが、原作者と廣井書房様の間で契約が締結した旨をエージェンシーに最終確認いたしました。そのため廣井書房様と弊社において今回の告知タイミングにズレが生じ皆様にご心配をお掛けしたこと、ご容赦賜れますと幸いです。翻訳出版についてのお問合せやご意見に関しましては廣井書房様宛にご連絡頂きますよう、お願い申し上げます》と、映画公式から異例のアナウンスを出していた。

そこで、当事者である廣井書房に翻訳出版権の獲得の経緯を問い合わせたところ、書面で回答が寄せられた。まず、経緯について、自らハリス氏の日本での代理人を務めるエージェント会社に「問い合わせた」といい、「私が権利を獲得できた理由ですが、他社の内情は私も存じておりませんので推測ですが、おそらくどことも交渉がまとまらなかったものと思います」と回答。

さらに、「ロバート・ハリス氏の近年の本はどれも未訳」と指摘しつつ、「いくら権利が空いている状態でも、誰でも取れるわけではありません。どこも翻訳権を与えていない相手には、翻訳権は与えられません。

交渉の最初に、これまでの翻訳書の実績を問われ、答えられなければそれで終わりです」と実績がない状態での新規参入の困難さを説明した。

しかし、同社は「どうやったかはお答えできません」としつつ、実績のない状態から物理学者リチャード・ファインマンについてのドイツ語の著書の翻訳権を獲得した実績があることを挙げ、「この実績があったから、ハリス氏も私に権利を与えるという判断に傾いたのだと思います。番狂わせが起きたのです。死ぬまで自慢話にすると思います」と振り返った。

また、通販サイトでの販売がメインとなることについては、「取次と取引するには、1か月で2冊の新刊を出す必要があり、私はそれを満たさないからです」といい、書店とは条件が合う「直取引であれば喜んで応じるつもりです」と回答。「教皇選挙が首尾よく売れれば、ハリス氏の他の本も、刊行が止まっている翻訳小説も、マイナー趣味の本でも出すことができるかもしれないので、ぜひ応援してもらいたいです」と意気込みを明かした。

邦訳本の発売時期は11月~12月を予定しているという。

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