■年金制度をきちんと理解して損をしないように気を付けよう
「年金制度改正法」が2025年6月に成立した。「あんこのないあんパン」論議が注目され、紆余曲折を重ねた末の成立だ。
発端は2024年の「年金の財政検証」で、このままでは基礎年金の目減りが続く可能性があると指摘されたことだ。当然、改正法では基礎年金の底上げ策を盛り込むべきだろう。
だが、法案提出前から、財源として厚生年金の積立金を活用することをめぐって批判が続出。与党は底上げ策を削除した形で年金改正法案を提出した。
これが基礎年金の底上げという中心課題(=あんこ)のない法案(=あんパン)だと揶揄されたのだ。
その後も議論は二転三転し、最終的に「2029年の年金財政検証を見て改めて検討する」ことを附則に記載。結論は先送りされた。
「基礎年金の底上げは重要な問題です。基礎年金の目減りが続き低年金に陥ると、年金だけでは生活できない人が増えるでしょう」
そう指摘するのは社会保険労務士で『50代からのお金の新常識 知っている人だけが得をする人生逆転プラン』(かや書房)の著者、社労士みなみさんだ。
「ただ、報道が“あんこ問題”に集中しすぎたように思います。改正法には基礎年金の底上げ以外にも、私たちの生活に直結する重要なポイントがあります」(社労士みなみさん、以下同)
社労士みなみさんいわく、改正法の大きな柱は4つある。
うち1つは冒頭から述べている「基礎年金の底上げ」だが、残り3つは「在職老齢年金」と「遺族厚生年金」、「106万円の壁撤廃」だ。
「どれも要点を理解していないと、自分の年金受給額が減ってしまう危険性があります。
年金制度はむずかしいという先入観があり、きちんとした理解をあきらめてしまう人もいるようですが、年金制度を知らないために損するなんてもったいないと思いませんか」
年金制度改正法で変わった点を整理しよう。そのうえで、年金を取りこぼすことなく上手に増やす方法を社労士みなみさんに教えてもらおう。
【在職老齢年金】年金のカットを気にせずに働けるように
働く高齢者は20年連続で増加し、いまや914万人にのぼる。また、65~69歳で働く人の割合は、20年前は3人に1人だったが、今では2人に1人にまで広がった(2024年9月、総務省)。
昨今の人手不足で高齢者の労働力にも期待が高まるなか、高齢者の働く意欲をそぐと問題視されるのが「在職老齢年金」だ。年金をもらいながら働き、収入が一定額を超えると年金が減額される。
改正法では、年金減額のボーダーラインとなる「支給停止基準」を引き上げる。2024年度の50万円を基に、2026年度は62万円にする。
在職老齢年金に関わるのは基礎年金を含まない、月収と厚生年金の合計額だ。
これが55万円の場合、停止基準が50万円だと5万円の超過。超過した5万円の2分の1、2万5,000円が減額される。
具体的に見ていこう。会社員のAさん(66歳)は月収45万円と、基礎年金を月7万円、厚生年金を月10万円受給する。
月収と厚生年金を足すと55万円だが、これは2025年度の支給停止基準51万円より4万円多い。従って4万円の2分の1、2万円が支給停止になる。Aさんが受け取れるのは厚生年金が月8万円になり、基礎年金の月7万円と合わせて月15万円だ。
今回の改正によって、2026年度の支給停止基準は62万円となった。Aさんの月収と厚生年金の合計55万円は、基準の62万円を下回る。Aさんの支給停止はなくなり、本来の年金額である月17万円が受け取れることになった。
「Aさんに65歳未満の妻がいたら『加給年金』も受け取れます」
加給年金は厚生年金の受給者に養われる妻などがいるときに支給される“年金の家族手当”だ。ただし、在職老齢年金制度で厚生年金が全額支給停止となる場合、加給年金も受け取れない。
「加給年金が停止になるのは今もレアケースですが、改正後はもっと減るでしょう。
改正法が施行されると、在職老齢年金制度が今より限定的になります。よほどの高所得者でない限り、年金カットを気にせず、たくさん働けるようになるでしょう」
【遺族厚生年金】男女格差解消も受給期間が大幅に短縮
国民年金でも厚生年金でも、死亡した年金加入者に18歳未満の子どもなどがいれば「遺族基礎年金」が支給される。これは年100万円を超える手厚いものだ。
だが、子どもが成人後やそもそもいない場合、国民年金には遺族年金の仕組みはない。厚生年金の加入者には「遺族厚生年金」があるが、男女で大きな格差があった。
現在、30歳未満で夫と死別した女性は、遺族厚生年金の受給は5年間のみだが、30歳以上だと遺族厚生年金を生涯受給できる。
いっぽう、55歳未満で妻と死別した男性は、遺族厚生年金がない。55歳以上での死別では生涯受給できるものの、受給開始は60歳だ。つまり若くして妻と死別した男性には支援がなかった。
今回の改正では、一挙に男女格差が解消された。男女に関係なく、60歳未満での死別で、遺族厚生年金がもらえるのは5年間のみ。60歳以上での死別では今と同様生涯もらえる。
「国は、遺族厚生年金の給付終了後も月収が低いなど配慮が必要な場合は給付を続ける、また、5年間の給付額は現在の約1.3倍にするなどと説明しています。とはいえ、女性にとっては改悪だと思います」
改正法が施行される2028年度にB子さん(35歳)が2歳年上の夫と死別したケースを考えよう。子どもはいない。
会社勤めの夫は厚生年金に15年間加入。年収は500万円で、年金算出の基になる標準報酬月額は41万円だ。B子さん自身は夫の扶養内でパート勤めをしていた。
改正前なら、B子さんが受け取る遺族厚生年金は年約50万6,000円。B子さんが90歳まで生きると、55年間の総受給額は約2,780万円。長生きしても安心だ。
しかし改正後、B子さんは60歳未満なので受給は5年間のみ。「有期給付加算」で約1.3倍になっても年約66万円。5年間の総受給額は約330万円とかなり減る。
「受給している5年間に、その後の生計を立て直す必要があります」
ただし、女性への改正は2028年度から20年かけて段階的に行うという。そのため、すでに遺族厚生年金を受給している人や、2028年度に40歳以上になる妻は改正法の適用を受けず、従来どおりの遺族厚生年金が受け取れる。
【106万円の壁撤廃】社会保険加入の拡大で働き方改革を
国はパートなど短時間労働者の社会保険加入を広げるため、社会保険加入の要件を改正する。
今の加入要件は(1)従業員等が51人以上の企業で(2)週20時間以上働き(3)月8万8千円以上の収入があるなど。収入要件を年収換算して「106万円の壁」といわれる。
改正後は(1)従業員数の要件を10年かけて縮小し撤廃する。また、(3)収入の要件を3年以内になくす。最低賃金が上昇して1,016円以上になると、1,016円×(週20時間×4週+7時間)で8万8千円を超える。そのため、(2)週20時間以上の要件があれば(3)収入要件は必要ないというのだ。
C子さんのケースを見ていこう。時給は1,200円のパート社員。週20時間、月80時間労働で社会保険に加入した。
保険料は介護保険を含む健康保険が約5,600円、厚生年金が約9,000円、雇用保険は528円で合計約1万5,000円。手取りが約8万1,000円に減るのがデメリットだろう。
とはいえ10年間加入すると、老後の年金は年約6万4,000千円上乗せというメリットがある。10年分の厚生年金保険料は約108万円だから17年間年金を受給すると元が取れ、82歳以降は払った保険料より受け取る年金額が多い“もらい得”だ。
さらに「傷病手当金」の対象にもなる。仕事を休んでも最長1年半、給料の3分の2が補償される制度で、C子さんが20日仕事を休むと約3万7,000円が受け取れる。
「保険料負担を乗り越えて『もっと稼ぐ』選択がおすすめです」
【PROFILE】
社労士YouTuber 社労士みなみ
28万登録者の「定年前後のお金の新常識」を運営。新刊『50代からのお金の新常識』(かや書房)が発売中