「私が絵本の世界で生きていけるようになったのは、この子たちのおかげなんです―」
1冊の絵本を手にそう語るのは、創作歴50年を数える絵本作家のいもとようこさん(80)。これまで絵本や児童書などを500冊以上手がけてきたいもとさんが今夏に出版したのが、20年にわたり一緒に暮らした猫たちのことを初めて描いた絵日記『うちのねこ』(金の星社)。
《ある日、わたしのところに、ちいさなシャムねこがやってきた》
と始まる『うちのねこ』には、「アーモンド」(のちにムームー鳴くから「ムー」に改名)とおよめさんの「ジーナ」、そして2匹の子である「タンポポ」と「チー」たちのかわいらしく、ふんわりした絵とともに、いもとさんの愛情に満ちた文章が綴られている。
「ニャンコたちの性格はそれぞれ違っていて、いくら叱りつけてもまったく言うこと聞かない子もいれば、いじけてしまう子も。本気で怒ったり、何かを訴えようと顔全部で表したりする子もいました。まじめで、一生懸命で、必死で、一途で、わがままな猫たちとの楽しかった日々のありのままを絵日記にしただけ。懐かしく思い出しながら、挿絵感覚で3カ月ほどで描き上げました」
じつは『うちのねこ』の4匹の猫たちは35年前に“お星さま”になって、今は机の横にいるという。なぜ、いま絵日記を出版しようと思ったのだろうか――。
「昨今“終活”が注目されていますが『年寄りは死ぬ準備をしなさい!』と言われているようで複雑な気持ちでいました。
それでも、身の回りのものの整理をしていたのですが、亡くなってもお墓に入れることができずに、そばにいる猫たちと一緒に土に還れるお墓があればいいな、と考えるようになったんです。でも、そのことを友人に話すと怪訝な顔をされてしまって。
いっぽうで、4匹の猫といつも一緒に寝ていたことを昨年末に妹に話したら『おもしろ~い!』と。今までプライベートな話を絵本にしようなんて考えたこともありませんでしたが、妹がおもしろがってくれたこともあり、この子たちのことを本にしようかなと。
それに、この絵日記を読んでもらえば、一緒にお墓に入りたいという私の気持ちもわかってもらえるでしょう」
猫たちへの愛と感謝を作品に込めたいもとさん。
「大学時代に、福音館書店の月刊絵本『こどものとも』を手に取って創作絵本の存在を知り、絵本作家になろうと考えました。
でも、どうやったらなれるのかわからず、校長先生をしていた父の言うとおり、小学校の美術専科の教師に。でも3年ほどで辞めて、結婚を機に上京し、東京で子ども向けの絵画教室を開きながら、手作りの絵本を出版社に持ち込んでいました。そのころに一緒にいたのが『うちのねこ』に登場する猫たちです。
出版社には『誰かの作風に似ている』とフラれ続けることが7?8年続きました。そんな私の姿をずっと見ていた、あの子たちだけが味方。猫を飼っている間に男が“2匹”いましたが、どちらも捨てました(笑)。でも、猫とだけは離れられませんでしたね」
誰もが一度は触れたことがあるいもとさんの作品は、ふかふかした温かみのあるタッチが特徴。愛猫たちのかわいらしさを表現したくて、オリジナルの技法を作り上げたのだという。
「猫はどんなに怒っても、寝ていてもキレイなポーズなんです。その柔らかさをどうやったら表現できるかといつも考えていました。
絵本の世界には絵が上手な人がいっぱい。そんな世界で生き残っていくためには、オリジナリティが必要です。あの子たちがいてくれたおかげで、絵がそんなに上手じゃない私でも、独自の技法を会得し、絵本作家になれたんです」
独自の技法を見つけたいもとさんが『ひとりぼっちのこねこ』でデビューしたのが’76年のこと。
《そうこうしているうちに、絵本の仕事がいそがしくなり、ねこたちと遊んであげる時間がなくなってきた。ねこたちは、わたしの横でじ?っと仕事が終わるのを待っている。わたしが筆を置くのを待っているのだ》(『うちのねこ』より)
いもとさんが振り返る。
「4匹が次々に天国へ行った後に後悔したのは、あの子たちは生まれて以来、私しか知らないで生きていた、ということ。危ないからとずっと家に閉じ込めて、私だけのものにしてしまったことがずっと申し訳なくて……。
お別れの夜、冷たくなった体を抱っこしながら、違う世界にいったら、私しか知らないのにどうやって過ごしていくのだろうと心配で心配で……。だから今も、『これからもずっと一緒だよ、待っていてね』と話しかけているのです」
愛情を注がれた猫たちもまた、天国からいもとさんを見守ってくれているに違いない。
最後にいもとさんは、絵本の可能性についてこう語る。
「自分が体験できないことを疑似体験でき、他人の考えや感じ方がいろいろあることを知り、自分を反省したり、他人の気持ちを思いやったりできるのが絵本。
絵と文章が一つの世界を作り、読者をたちまちその世界に連れて行ってくれるのが絵本の魅力です。じっくり味わえる紙の絵本は、豊かな心を育むサポートをしてくれるはずです」
絵本に生き生きと描かれた猫たちは、今日もたくさんの子どもたちやお母さん・お父さんの心の中で、元気に走り回っている――。
【PROFILE】
いもとようこ
兵庫県生まれ。金沢美術工芸大学油画科卒業。『ねこの絵本』『そばのはな さいた ひ』でボローニャ国際児童図書展エルバ賞を2年連続受賞。『いもとようこうたの絵本1』で同グラフィック賞受賞。’15年、パリとボローニャで絵本原画展を開催