19歳のお誕生日を迎えた9月6日に、成年式を終えた悠仁さま。古式ゆかしい装束姿で臨まれた中心儀式「加冠の儀」では、堂々たるお振舞いが日本中の注目を集めた。

成年式に伴う一連の儀式を終えたのち、16日夜には次姉・佳子さまと国立競技場で「東京2025世界陸上」にご臨席。お二方で男子走り高跳び決勝や男子400メートル準決勝などを観戦し、選手たちに拍手でエールを送られていた。

そんな悠仁さまは、今年4月に筑波大学へ進学されたばかり。今後は学業を優先しながらご公務に参加されることとなるが、“等身大の素顔”にも関心が高まっている。

14日放送の『真相報道バンキシャ!』(日本テレビ系)では、悠仁さまと筑波大学附属高校で3年間同じクラスだった3人の同級生がVTRで出演。番組のインタビューに応じ、悠仁さまと過ごした思い出や悠仁さまのお人柄を明かしていた。

「出演した同級生たちは、悠仁さまと一緒にマクドナルドやスターバックスだけでなく、映画やカラオケにも行ったそうです。一昨年の12月には、悠仁さまがもんじゃ焼きを召し上がったことがなかったため、みんなで月島にもんじゃ焼きを食べに行ったというエピソードもありました。彼らは悠仁さまといまも連絡を取り合う仲だといい、一人の同級生は『3年間色々なことを共有してきて、本当に親友の一人としか思えない』と語っていました」(皇室担当記者)

これまであまり知られることのなかった悠仁さまの“素顔”だが、SNSでは悠仁さまがカラオケで歌唱されたアーティストにも注目が集まった。同級生が明かしたところによると、悠仁さまは「RADWIMPS」や「SEKAI NO OWARI」など日本の音楽シーンを牽引する人気バンドの楽曲を歌唱されていたというのだ。

流行の音楽にもアンテナを張られ、“普通の高校生”として同級生たちと友情を育まれてきた悠仁さま。筑波大学でも新たなご友人に恵まれ、バドミントンサークルにも参加するなど学生生活を謳歌されている。

そうした“若者らしさ”は、40年前に成年式が行われた父・秋篠宮さまと重なる部分もあるだろう。

「秋篠宮さまは学習院大学では法学部を選ばれましたが、生物学へのご関心が強く、お仲間たちと『自然文化研究会』を結成し、積極的にサークル活動に取り組まれていました。また、大学時代はギターやカメラ、テニスなど多趣味でも知られ、常連として通っていたスナックではギターの弾き語りを披露されたこともあったそうです」(前出・皇室担当記者)

秋篠宮さまは’85年11月に臨まれた成年に際しての記者会見で、お好きな音楽やミュージシャン、俳優を明かされた場面があった。以下、『新天皇家の自画像』(文春文庫)より引用する。

「ビートルズはずいぶん小さい頃から聞いていましたし、江利チエミはパティ・ページの持ち歌を歌っていましたね。ダイナ・ショアも好きです。最近では浅川マキ。俳優ではチャップリンは見てて面白いですね。たとえば『街の灯』とか『ゴールドラッシュ』とか」

記者から「懐かしい名前が出ましたが(笑い)、友人から『オジンくさい』といわれませんか」と投げかけられると、「しょっちゅう言われます(笑い)。何も新しくなければいけないとは思いません。時代に限らず、いいと思うものは好きになるんです」とお答えになっていた。

当時、秋篠宮さまが名前を挙げられた浅川マキさんとは、寺山修司さんに見いだされた女性シンガーソングライター。

’69年7月に発表した『夜が明けたら』『かもめ』などの楽曲がヒットし、アンダーグラウンドシーンでのライブ活動を中心とした。黒髪のロングヘアに黒ずくめの服がトレードマークで“アングラの女王”とも称され、’10年1月に他界した後も伝説的な存在として語り継がれている。

メジャーなアーティストを好まれる悠仁さまとは対照的ともいえるが、“好き”を追求されるご姿勢は悠仁さまも受け継がれていることだろう。

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