【前編】美輪明宏が「天才」と評するアーティスト・田村大 無名のころからブレない“こだわり”から続く

2020年にスポーツ紙からの依頼でフィギュアスケート界のレジェンド・浅田真央の30歳記念特別イラストを手掛けるなど、スポーツアートのトップランナーである田村大さん(42)。米国プロバスケットボールリーグ・NBA公認イラストレーターの肩書を持ち、野球やサッカーのほか、あらゆるプロスポーツから依頼が日々殺到する。

それだけでなく、HUBLOT、FENDI、ポルシェ、トヨタ、ナイキ、森永製菓……といったハイブランドや一流メーカーからのオファーもひっきりなしの売れっ子アーティストだ。

9月14日、アディダス社からの依頼で手掛けた作品をチェックするため、東京・青山のイベント会場を訪れた田村さん。会場には先に行われた東京2025世界陸上の出場選手10人のイラストが、高さ2m・幅7mの大迫力のタペストリーになって展示されていた。田村さんを起用した、アディダスドイツ本社・スポーツマーケティング事業本部長のジェニファー・トーマスさんはこう話す。

「世界的なアーティストである田村さんに、国際的なスポーツイベントのプロジェクトに参加していただけると決まったときは、たいへんうれしかったですね。

仕上がった作品を見て、アスリートの迫力をここまで表現できるものなの!? と、プロジェクトチームの全員が感激していました」

田村さんが、自らが描いたイラストを見上げてつぶやく。

「こうして改めてみると、手前みそですが、かっこいいなぁと(笑)。僕の作品を通じて、選手やスタッフ、関係者のみなさんの間にコミュニケーションが生まれていると伺って、とてもうれしいです」

田村さんがイラストを描いた10人のアスリートの1人で、この日、会場を訪れていたのが、6日後に女子七種競技で見事金メダルを獲得することになる米国代表のアナ・ホール選手。彼女もまた、田村さんの絵を見つめながら、笑顔でこう語った。

「ダイナミックな動きや、筋肉の細部までとても細かく描かれており、驚きました。いつも私はピンクのネイルをしているので、それも書いてくれていてうれしいです」

トーマスさんが続ける。

「このタペストリーはドイツの本社に持ち帰って、全社員の目に届く場所に飾る予定です」

まさに世界的アーティストの田村さんだが、世界を舞台に活躍するきっかけとなったのが、自らが「いま考えると、無謀にもほどがありますね(笑)」と振り返る“売り込み”だった。

バスケットボール用品を扱うメーカーのデザイナー、その後似顔絵制作会社の勤務を経て、フリーになったのが2018年1月。独立前に“似顔絵の世界チャンピオン”を決める「ISCAカリカチュア世界大会」(米アリゾナ州フェニックス)で見事総合優勝を果たしていた田村さんが迷わず定めた目標が、NBAに関わる仕事だった。

高校時代にインターハイでベスト8、亜細亜大学で主将を務めるなど、自分のルーツであるバスケと、人を描く世界一の技術。この2つを武器に、バスケ界の最高峰にぶつかってみたかった。

当時、日本では楽天株式会社がNBAの独占配信権を持っていた。怖いもの知らずの田村さん。大胆にも、最初からトップにアプローチすることを試みる。

「独立して2カ月後の3月が三木谷浩史社長の誕生日だと気づきました。でも、大企業のカリスマ社長となるとまわりが臆してお祝いさえも言えないはず。そこで僕の唯一の武器、イラストで勝手にお祝いしちゃおうと」

NBAコミッショナーのアダム・シルバー氏と三木谷社長の絵を描いてインスタグラムにアップしたところ、なんと三木谷社長が直々にフォローしてくれた。

「そこからトントン拍子に話が進んで、NBA公認イラストレーターの肩書をいただいたんです。ただし、NBAの仕事が始まると、カリカチュア世界一で極めた人物デフォルメして描く手法は使用NG。

そのため、新しいタッチを確立させていきました」

最初のオフィスは、東京都足立区にある小さなアパートのワンルーム。そこから1年を待たずして、大きな目標を達成してみせた。

NBAのお墨付きを得て以降、SNSに絵をアップし続ける「田村大の小さなギャラリー」には、一般ユーザーから有名人まで、世界中から鑑賞者が集まるように。

「このフォロワー数が、そのままアーティストとしての自分の“戦闘力”になると信じて、毎日のようにアップしていました」

あるとき、田村さんがアップしたNBAのスーパースター、レブロン・ジェームズの絵に《かっけえな》とコメントが。反応したのは、タレントの武井壮(52)だ。

「そこから交流が始まり、ある日、都内の高級店で焼き肉をごちそうになったんです。“名前を売る”戦略など、武井さんはご自身の体験に基づいて本気のレクチャーをしてくれました」

別れ際、武井はスーパーカー・マクラーレンに乗り込み、爆音のエンジンとド迫力のクラクションを鳴らして去って行ったという。

「武井さんは、あえてそういう景色を見せてくれたのかなと。『お前もここまで来いよ』というメッセージに感じました」

田村さんの作品集の帯コメントも寄せてもらうなど、武井とはいまも交流が続いている。韓国発の世界的アーティストBTSのメインボーカル・ジョングク(28)のイラストを描いたときは、フォロワーが1週間で11万人も急増。彼のパーソナルトレーナーが、ジョングクの誕生日にプレゼントしたいという依頼を受けてのものだった。

「ジョングクがSNSに僕の絵の写真をアップしてくれたんです。

それがネットニュースになって、一気にたくさんの人に僕の名前を知ってもらうことができました」

絵を通じて、バスケ界の憧れのスターとのつながりも。

「NBAのスター“シャック”こと、シャキール・オニール選手のファンで。依頼されてもいないのに彼の絵を描いてインスタにアップしたんです。それを本人が気に入ってくれたようで、シェアしてくれたこともありました」

その後、長年にわたってシャックの相棒だったコービー・ブライアント選手がヘリコプターの墜落事故で亡くなってしまう悲劇があった。直後に、シャックから追悼の絵を描くよう頼まれた。

「悲しい出来事でしたが、やはり僕の使命は『誰かのために描きけることだ』と確信したんです」

突き進むべき道は、より明確になっていった。同時に、名前が広く知れわたると、思わぬ悩みにも直面することに。さまざまな“儲け話”の類が田村さんに近づいてきたのだ。

「嘘をつかれたり、利用されそうになったり、かつての仲間に裏切られたこともあります。でも、人と関わることを避けていては前に進めない。僕の作品に、人とのつながりは欠かすことができませんから」

たくさんの出会いに恵まれたと田村さんは振り返る。創業100年、4代続く京都の書画専門店・松本松栄堂の松本健二郎さんとの出会いもその一つ。

松本さんが語る。

「うちは雪舟をはじめとする古美術品と“100年先まで残る”と感じる美術品のみを取り扱う美術商ですから、流行の現代アートなどにはまったく関心がありませんでした。

ところが、友人と食事をしていた席で、ふと目に入ったインスタの田村大の作品に引き込まれて。なんて品のある絵だろう、と。

彼の画風に日本画のエッセンスが加われば、100年残る作品ができ上がるに違いないと、すっかり魅了されてしまったんです」

炎、水、絶滅危惧種の動物、ご神木……。松本さんからの多様なリクエストに応えるたび「田村大の新境地」が切り開かれていった。出会いから7年後、2025年春、東京都港区にある増上寺で田村さんの個展が開催された。全30点の作品が並び、来客者数は1千人を超えた。田村さんが振り返る。

「室町時代から600年以上の歴史がある増上寺で、個人の画家として個展を開催するのは初のことでした。松本さんのご尽力のおかげで実現したんです。

僕の作品を評価してくれる人が、わざわざ会いに来てくれて、絵を好きだと言ってくれて、その場で買ってくれる──。

手渡しを信条とする僕にとっては、奇跡の時間に感じましたね。感謝の思いでいっぱいでした」

結果、総額3千万円を超える絵が、4日間で完売した。個展の開催にまさに東奔西走した松本さんが言う。

「うちのお客さまに、室町絵画にしか興味がないという方がいらっしゃるのですが、その方が『田村大の石の絵』に一目惚れして購入を即決されたんです。私の目に狂いがなかったと安心しましたよ。

古くから『絵は人なり』と言いますが、彼のもつ人懐っこも魅力的なんです。彼の絵を見て、実際に話をすると、誰もが応援したくなる」

増上寺で展示された絵が挿絵として掲載されているのが、美輪明宏さんの新著『令和を生きぬく貴方たちへ 未来世代が輝くミワちゃま語り20』(光文社)。この本の表紙「14歳の美輪明宏」のイラストも、田村さんが手掛けている。

完成した絵を見せるために美輪さんと対面した際、田村さんはこう語りかけられたという。

「こんなに美しく、正確に描いてもらったのは初めてです。世間にはいろいろな天才がいるけれど、あなたもその一人ね」

ペン1本でたくさんの人々を魅了する若き天才画家のさらなる活躍に注目したい――。

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