「夫を殺害した犯人は、統合失調症により不起訴に……。怒りをぶつけられるところもなく苦しみましたが、ただ、泣き寝入りだけはしたくなかったんです」
そう語るのは、1981年のデビュー以来、40年以上にわたって活躍し続ける漫画家の森園みるくさん(67)だ。
森園さんの夫である村崎百郎さんは、“鬼畜系・電波系ライター”と称され、1990年代後半のサブカルチャーシーンにおいて「鬼畜ブーム」を巻き起こした立役者だ。その“ゲスっぷり”が秀逸な文章は熱狂的なファンを獲得し、ゴミ漁りのノウハウを解説した『鬼畜のススメ』(データハウス)や、自身の電波体質について綴った『電波系』(太田出版)などの著書もある。
そんな村崎さんが、読者を名乗る32歳の男性に、自宅で48カ所を滅多刺しにされ殺害されたのは、2010年7月23日のことだった。
痛ましい事件から15年の月日がたった今だからこそ、日増しに“ある思い”が強くなっているという森園さん、夫婦関係や事件当時のこと、これまで明かしてこなかった犯人に言いたかったことなどについて話を聞いた――。
「もともと私が村崎さんの文章のファンだったんです。2年ほどの交際を経て結婚しました。当時、私が38歳、村崎さんは34 歳でした。結婚してからは村崎さんが原作を担当し、私が漫画を描くという共同作業も多かったです。村崎さんは、アイデアが降りてこないとさっぱり原稿が書けないタイプで、原作が上がってくるのはいつも締め切りギリギリのタイミング。そこからの作業は大変でしたが、忙しくても仕事の合間に毎日2人で外食に行くような、仲のよい夫婦だったと思います」
■結婚から14年、事件はある日突然起こった――
「その日も、原作の締め切りで切羽詰まっているころでした。まだ何もできていない状態で、村崎さんはパソコンの前で『うぅ~』と唸っていました。
2時間ほど外で時間をつぶしてから、原作が上がって、村崎さんの機嫌も直っていることを願いながら帰宅すると、自宅の前に何台ものパトカーが停まり、規制線が張られていたんです」
警察官に誘導されたパトカーの中で、森園さんは事件の報告を受けたという。村崎さんを刺殺した犯人は、現場から警察に「今、人を殺しました」と自ら通報し、既に警察署に連行され、遺体も警察病院に運ばれた後だった。すべては、森園さんが家を空けていた2時間の間に起きていたのだ。
森園さんは精神的なショックから、事件現場となった自宅に帰ることができず、それから8カ月余り、ウィークリーマンションで暮らすことに。そして、“ある後悔”に苛まれ、食事も満足に取れず、眠れない日々を過ごした。その間、家族以外のほとんどの人との連絡を遮断し、仕事もできる状況ではなかった。
「事件当日、私はいつもの癖で、玄関に鍵をかけずに出かけたんです。それで、『もし鍵をかけていれば彼は助かったのでは?』という責任を強く感じていました。『もしも、一緒に出かけていれば?』『私がもっと早く帰宅していれば?』とか、ぐるぐると自分を責め続けてしまい……。けんか別れのような最後だったのも後悔するばかりで。
でも、考えれば考えるほど、事件に関しては不思議なこともあるんです。村崎さんは、当時110kg以上もある巨漢で、空手の黒帯も所持する人。それに比べて、犯人はヒョロっとした細身の男。明らかな体格差があるのに、一方的に刺されるなんてことがあるのか疑問だったんです」
■ “村崎氏の予言”と“霊媒師のひと言”で気持ちが楽に
「以前から仲のよかったミュージシャンの友人が私を心配して、霊媒師さんを紹介してくれたんです。ウィークリーマンションまで来てくれて、その霊媒師さんから『(村崎さん)本人は(自分に急な死が訪れることを)わかっていたんだよ、大丈夫』と言われました。それで、“呼ばれていったんじゃ、仕方ないか…”といったような方向に考え方を変えることができて、だいぶ気持ちが楽になりました。
じつは事件の1カ月前。村崎さんは自分が殺されることを“予言”していたのだという。
「とても真剣な顔で、大事な話があると呼ばれて。『おれは、もうすぐここで包丁で刺されて殺されるんだ……』と伝えられました。
そのときは“何言ってんだコイツ”と思って。まったく信じてなかったんですけど。
村崎さんを刺殺した犯人は、精神鑑定の結果、統合失調症と診断され、通院歴や病歴から心神喪失等の状態にあったという理由から不起訴となった。森園さんはこれを不服とし、検察審査会に審査の申し立てと不起訴記録の開示を請求したが却下され、犯人は医療観察法に基づき、精神科病院への入院措置となった。
練馬警察署の調べによると、犯人は当初、『電波系』の共同著者である漫画家・根本敬氏を殺害するつもりだったが、当日本人が不在だったため、標的を変更、村崎さんの自宅に向かい、犯行に及んだのだという。
「犯人が罰せられるのであれば気の収めようもあったのかもしれません。でも、相手が心身喪失等の状態にある場合は罪に問うことができません……。不起訴処分は、遺族にとってはとてもショックでした。どこにも怒りをぶつけようがなく、本当に辛かった。
それに事件後、入院中の犯人が根本敬さん宛に何枚にも及ぶ分厚い手紙をよこしたんです。私も読ませてもらったのですが、紙の裏かなんかに鉛筆の殴り書きで、もう、意味不明でした。
その手紙を見たときに、『謝罪の気持ちをもつような思考の人じゃない』『この人に何かを求めてもムダだ』と思いました」
やり場のない怒りに思い悩んだ森園さんは、警察から「犯罪被害給付制度」という国の制度があることを教えてもらい、申請することに。犯罪被害者等給付金として満額(約1千万円)に近い金額を受け取ることができたという。ただ、夫を突然失った悲しみが癒やされることはなかった――。
■人生後半の目標「犯罪被害者の遺族の力になれたら」
森園さんをどん底に突き落とした事件から15年――。当時を振り返り、森園さんは言う。
「日本でも、想像もできないような凄惨な事件が増えていますよね。被害者にはなんの落ち度もないのに、ある日突然、まったく知らない他人によって家族の命を奪われて……。それで、泣き寝いりなんてできないですよ!
私の場合は、自分を責めて眠れない日々が続いたとき、家族や霊媒師さん、いろんな方の助けで救われることもありました。大学で仏教の講座を受けたり、お寺にも通いました。夫の最後の言葉を聞きたくて、恐山で有名なイタコに会いに行ったことも」
自分が経験したことを、同じような立場に置かれた人々のために役立てたい――。
「事件当時、私と同じような経験をした人とつながりたくて、そういった活動をしている団体をネットで検索したんです。アメリカには、みんなで話すことで心を癒す『グリーフケア』のような活動を行う団体がいくつもあるんですが、日本にはなかった。被害者の会があっても『○○事件の被害者の会』といったように、一つの事件に特化したものばかりでした。
辛いときに、何かにすがるような思いで、誰かと気持ちを共有したいけど、まわりに家族が殺された経験を持つ人なんて、そうそういませんから。心の奥深いところでは、誰ともつながることができず、被害者遺族はとても孤独なんです」
痛ましい事件をニュースで見るたび、決して報じられない犯罪被害者の家族のことが心配になると森園さんは言う。
「救うなんて大そうなものではなく、ただ気持ちを共感したり、情報を共有できる場所を提供できたら、と思うようになりました。犯罪に強い弁護士さんや、事件被害者の心のケアができる精神科医の先生に監修してもらって、そういった活動を、これからの人生の目標にしたいと思っているんです。
こうしてメディアで発信することで、『私も!』という方がいらしたら、一緒に行動を起こしませんか?
というより、自分でゼロから団体を立ち上げるのは労力がいるので、誰かに団体を作ってもらって私を誘ってもらいたい、というのが本音でもあるのですが(笑)」
森園さんは、今まで事件に関する取材はほとんど受けていなかったが、犯罪被害者の家族への思いを伝えたいと、今回、取材に応じてくれた。時折冗談を飛ばしながら当時を振り返り、胸の内を語ってくれた森園さんに感謝申し上げたい。
森園みるく/山口県周南市出身。1981年に小学館より少女漫画家としてデビューして以来、レディコミからギャグ漫画まで幅広く執筆。

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