【中編】「才能がない」と事務所からクビ宣告まで…森口博子 不遇の下積み時代救った「タモリの金言」から続く

今年、芸能生活40周年を迎えた歌手の森口博子さん(57)。1991年に劇場版アニメ『機動戦士ガンダムF91』の主題歌「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」がオリコン9位のヒットとなり、その年から6年連続で「NHK紅白歌合戦」への出場を果たした。

「水の星へ愛をこめて」(1985年)や「宇宙の彼方で」(2016年)「Ubugoe」(2022年)など、時代も世代も超えて歌い継がれる名曲を圧倒的な表現力とともにファンに届けてきた森口さん。転機となった“過酷な現場”と、12月3日に発売された40周年記念アルバム『Your Flower ~歌の花束を~』の制作の裏話を語ってくれた。

■新人時代に立てなかったレコード大賞のステージへ

「転機となると、2007年にブロードウェイ作品のミュージカル『タイタニック』に出演させていただいたことかもしれませんね。声量もあがるなど、歌につながると思って挑戦したんですけど、最初はあまりにもできなさすぎて……。

まわりはミュージカル経験のある俳優さんが多いなか、私のポップスの歌い方ではエネルギーが足りないって、海外から来られた女性の演出家の方に言われたんです」

指導のなかで、驚きの英単語まで飛び出した。

「『もっと腹から声出すのよ。これ以上、エネルギーが落ちたら、キルユーよ』って真剣に言われて。『えっ、私殺されるの?』って(笑)。彼女にしてみたら、1人だけエネルギーが足りてないと感じたんでしょう。

もう開き直って、『やるべきことやってダメだったら、ミュージカルはこれを最後にしても結構でございます』くらいの気持ちで挑んだら、ゲネプロ(本番前の最終リハーサル)で、演出家の方が『オーマイガー! 大勢の中で博子が輝いてるわ!』って言われたんです(笑)。実際、今までよりも声量も広がってきて、次のミュージカルをやった時にもさらに成長を感じました」

この経験は森口さんの自信につながった。そして、磨き上げられた歌唱力はSNS上で“森口博子の歌唱力がヤバい”と話題となり、若い世代が彼女に注目するきっかにもなった。

「2019年からガンダムソングなどのアニメソングをカバーしたアルバムを毎年リリースしているんですが、最初の1枚からオリコンウィークリー3位にランクインしたんです。前のアルバムから、約28年ぶりのオリコントップ10入りで、これは女性アーティストで歴代1位の“インターバル記録”だそうで驚きました」

このアルバム『GUNDAM SONG COVERS』は「第61回日本レコード大賞企画賞」に選ばれる。

「新人の当時、同期が賞レースに行くのを見ていたのに、令和で50代になって初めて、レコード大賞のステージにやっと立てるんだ。こんなことが起こるんだ“夢には締め切りがない”と感動しました。それから、2019年以降に毎年リリースしたアルバムが7枚すべてオリコントップ10入りという奇跡に遭遇したんです。

本当に報われたんですよね。デビュー直後はリストラもされかけたし、レコードもお店になかなか置いてもらえなかったのに、お店では森口博子の特集コーナーができたんです。竹内まりやさんや小田和正さんの横とかに私のコーナーがあって、プロモーションビデオまで流れているのを見ると『嘘でしょ!?』って思うんです(笑)」

■「泣きながら曲を書いてくれた広瀬香美さん」

40周年記念アルバム『Your Flower ~歌の花束を~』は、そんな森口さんの集大成ともいえるアルバムだ。これまで楽曲を提供してくれたことのある売野雅勇さん、岸谷香さん、木根尚登さん(TM NETWORK)、西村由紀江さん、西脇唯さん、ニール・セダカさん、畑亜貴さん、平松愛理さん、広瀬香美さん、前山田健一さん、と豪華メンバーが終結し、新曲を書き下ろした。しかし制作にあたって、トラブルもあった。

「今年5月のライブ中に転倒してしまって、左足首を剥離骨折して2カ月ぐらい車椅子と松葉杖の生活になってしまいました。仕事もいろいろキャンセルになって、落ち込んでタモリさんに電話しました。

『いいとも』でレギュラーだったころから、中学校の後輩としてずっと可愛いがってもらっていたので。

『アルバムの制作やアニバーサリーコンサートも控えてるのに本当に悲しすぎる。40周年のタイミングでこれは神様から何の試練なんですかね』って話したら、タモリさんは『アルバムがじっくり作れるじゃないか』って言ってくれたんです」

「森口は歌が大好きで、歌があるんだったら、今できること、今歌える歌を精一杯やればそれでいいんだよ」。40代のときにかけられた、そんなタモリさんの言葉も思い出した。怪我をした事でスタッフのみなさんも時間に余裕持たせてくれて、アルバムの制作に集中できたという。森口さんも納得の作品に仕上がった。

「広瀬香美さんとは30年来の親友で、私が悩んでた頃とか、いろんな時代を知っているんです。だからファンのみんなとの関係、広瀬さんとの友情を全部曲に詰め込んで書いてくれて。それで広瀬さんが『いろんな人に楽曲を提供してきたけど、泣きながら書いたのは博子ちゃんが初めてだった』って言ってくれて私も号泣でした。

『歌手も女優もミュージカルもやってる博子ちゃんだったら、歌い出しを芝居っぽく始めたらすごくいいんじゃないかな』って。それで、ため息から始まる歌になりました。流石のプロデュース力とアイディアでジーンとくるドラマティックな大作です」

■ガンダムのあの名曲のアンサーソングが

さらに、森口さんの代表曲のひとつ「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」を作詞作曲した西脇唯さんが、この曲に対するアンサーソング「ETERNAL DAYS ~あなたがいてよかった~」を書き下ろすなど、ファン垂涎のアルバムに仕上がっている。

「まさかその後が描かれるなんて、西脇さんの魂に響く歌詞とメロディーは感涙ものです。MVも幻想的で最高です。アルバムはこの名バラードで幕を開けます。平松愛理さんは、ドラマ『最後から二番目の恋』をモチーフに大人に沁みる共感大なポップロック!

ヒャダインさんの度肝抜かれるアイディアで、元祖バラドルをテーマに爆笑ホロリの傑作に。広瀬香美さんが友情やファンの方との繋がりをドラマティックに描いてくれた、ジーンとくる大作を。

元プリンセス プリンセスの岸谷香さんは思わず笑顔になる爽快ロックチューンを。歌詞は香さんと共作で次世代へエールをこめました。ピアノとボーカルのみの同時一発録りでは、ピアニストの西村由紀江さんによる切なくもうっとりな世界を。

何と、デビュー曲『機動戦士Zガンダム』の主題歌『水の星へ愛をこめて』を手がけて下さった、作詞家の売野雅勇さんと作曲家のニールセダカさんが40年越しのタッグを実現!

はっとする高尚で美しい歌詞とキャッチーなメロディー。

ラストはTM NETWORKの木根尚登さんが人生の旅路をテーマに、温かくも壮大なバラードを。畑亜貴さんのジーンとくる歌詞にこれまでも、そしてこれからの時間達までも抱きしめられました。いい意味で聴く人の情緒が忙しくなる豊かなアルバムになりました」

40周年目を迎えた森口さん。

50年目にむけて、何を活動の軸に据えていくのだろうか。

「私にとってはライブが生命線。とにかく、増やしていきたいんです。5歳から、全国放送の『ちびっこものまね紅白歌合戦』に小学6年生まで毎年出場して、初めて生のバンドの音に感動したのが私のライブの原体験です。音を通じてファンのみなさんとともに、生きる悲しみや喜びが共鳴するあの空間はやはり譲れないなと思っています」

12月20日から記念ツアーが予定されているが、準備は万端。だが、こんな悩みは消えないという……。

「ライブでは喋りすぎちゃうんです。35周年のアニバーサリーコンサートのときも歌って踊って喋って3時間半やりました(笑)。会場の延長料がヤバイじゃないですか。だから『今年は押せないな』と思いながら……でも必ず、安住紳一郎さんが古典芸能と命名してくれたお決まりのトークコーナーがあるから、そういう時間も含めると、やっぱり押しちゃうね(笑)」

(取材・文:インタビューマン山下)

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