【前編】《独占告白150分》「あと数センチで失明」藤原紀香 夫・愛之助“顔面骨折事故”の絶望救った献身から続く

’25年に公開され、興行収入で邦画実写歴代1位を記録した映画『国宝』。任?の家に生まれた少年、喜久雄(吉沢亮)が上方歌舞伎役者の「部屋子」となって御曹司の俊介(横浜流星)と切磋琢磨して人間国宝を目指す。

そんな血筋と才能が交錯する物語を藤原紀香(54)は夫・片岡愛之助(53)と連れ添って観たという。

「本人は多くを語りませんが、夫も養子なので気苦労もしてきたのだと思います。それは本人の口からではなく夫が幼いころから応援してくださっている新聞記者の方々が教えてくれました。『国宝』を観ながら、夫にも多くの苦難があったのだろうと感じました」

家系を大事にする梨園だが、愛之助はいわゆる普通の家に生まれている。子役をしていたときに、十三代目片岡仁左衛門に才能を見いだされ、特別待遇の弟子にあたる“部屋子”に。9歳のときに京都南座で歌舞伎役者 片岡千代丸として初舞台を踏んでいる。その後、十三代目の次男で二代目片岡秀太郎の養子となり、六代目愛之助を襲名した。

「『国宝』でも同じことを言っていましたが、夫が常に言っているのが『稽古は裏切らない』。映画のように“血”が欲しいとは言っていませんでしたけど(笑)。

逆に『“血”がない分、いろいろな経験ができた。だから歌舞伎界が抱えている問題も含めて、外側からこの世界を見ることができる』。そして『血がつながっていない人でも主役になれるんだという希望が持てる時代になってほしいなぁ』と話していました。

夫は本当に歌舞伎が好きです。歌舞伎の未来と可能性をよく話していますよ」

愛之助は養父・秀太郎に反対されても歌舞伎の未来のために映像の世界に積極的に出始めたのだ。’13年にはドラマ『半沢直樹』(TBS系)に出演。NHK大河ドラマ『真田丸』『麒麟が来る』『鎌倉殿の13人』『べらぼう』でも存在感を光らせていた。

「スイッチみたいなものがあると思うんです。俳優・藤原紀香として、歌舞伎役者の妻として、そして完全オフモードのスイッチです。ボランティアなどの活動はそれですね。だから、大変というより楽しい日々です。

ある日はドレスでレッドカーペット、舞台に立ち人の人生を生きるモード、ある日は着物を着て贔屓まわりなど夫のサポートへ。ある日は世界の子どもたちのためのNPOチャリティ講演会やカンボジアへの旅。人生、スイッチがあることがとても刺激的です」

■「片岡一門の母艦のような方」部屋子・愛三朗が語る“母”紀香

俳優、梨園妻、ボランティア活動といくつものスイッチを持つ紀香だが、そのスイッチを時に“母親”に入れ替えることもある。

’18年、愛之助自身も、部屋子として当時14歳だった片岡愛三朗(22)を迎え入れている。

「こども歌舞伎スクール寺子屋」出身の愛三朗は、愛之助の指導を受けながら、舞台経験を積み、歌舞伎役者としての道を歩んでいる。紀香の主演舞台でのこと─―。

「愛三朗ちゃんが突然、私の舞台を初めて観に来てくれたときのこと。自分のお小遣いで購入したという一輪のバラを『母の日です』とプレゼントしてくれました。部屋子である愛三朗ちゃんの気持ちがうれしかったです」

紀香の笑顔が弾けた。『国宝』を見て初めて映画館で泣いたと明かす愛三朗が紀香について語る。

「奥様は片岡一門の母艦のような方です。若旦那(愛之助)のケガをニュースで知り不安になっていたときも奥様から連絡をもらい『一門で乗り切りましょう』と。奥様がおそばにいるから大丈夫だと回復を信じて待つこともできました。大事なところで優しいお言葉をかけてくださる奥様で尊敬という言葉に尽きます。ただ、強いて言えば、僕の恋愛事情に興味を持ちすぎないようにお願いいたします。ちょっと気になる女性がいることをお話ししたら『2人の写真は撮ってるの?』と写真を見たがり……(笑)。

いろいろとご相談させていただいておりますが、いいご報告ができるように頑張ります」

部屋子の母として愛三朗を心配しているのだろう。’26年は結婚10周年。夫婦のことを聞くと背筋を伸ばしてこう語ってくれた。

「早朝に2人で神社や公園へ散歩に行きます。マイナスイオンを吸って地元の神様に『本日もありがとうございます』とご挨拶をするささやかなルーティンが日々の支えです。夫婦はワンチーム。お互いの仕事を尊重し合いながら一日の終わりに『今日も無事に生きられてよかったね』と笑顔で乾杯できる日常を大事にしたいです」

俳優、梨園の妻、そして部屋子の母として笑い合える日常を守りながら、紀香は自分らしく歩みを進めていく。

(取材:坂野敬人、文:山内太、藤原紀香特写分・ヘアメイク:折戸見千瑠、スタイリスト:今井聖子)

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