重大なコンプライアンス違反によって芸能活動を無期限で自粛することとなった生島ヒロシ(75)。騒動から早くも、1年が経つ――。

「“早朝ラジオの帝王”と呼ばれていた生島さんですが、昨年1月27日にTBSラジオがラジオ番組『生島ヒロシのおはよう定食』『生島ヒロシのおはよう一直線』から生島さんを同日付で降板にすると発表しました。

生島さんはこの日の朝の放送に出演しており、『今日で放送6995回目。来週月曜で7000回!』と元気な声を届けたばかりで、突然の降板劇でした。経緯としては、生島さんによる複数の関係者に対するハラスメント行為が発覚し、この日の放送終了後に生島さんに突如降板が通達されたとのことです」(ラジオ局関係者)

生島は自身の名前を冠した所属事務所「生島企画室」(当時)のホームページを通じて次のようにコメントし、事実関係を認めた。

《私が友人から送られた不適切な写真をラジオスタッフに送ってしまい、女性スタッフから大変不愉快とのご指摘を受けました》
《朝の90分の生放送中、思わずスタッフに対して当たりがきつくになってしまったことがありました》(原文ママ)

その後、生島企画室の役職を退き、芸能活動を無期限で自粛することに。昨年2月には事務所も退所した。本誌は昨年6月、自粛生活について話を聞くべく、生島を直撃。記者が「反省の意を示すために坊主頭にされたそうですね」と尋ねると、生島はかぶっていた帽子を脱ぎ、坊主頭を見せながら経緯を明かしてくれた。

「実は自粛中は毎週お寺で座禅を組んでいまして。1時間ほどご住職とさまざまな話をしながら。そうするうちにご住職の剃髪を見て僕も頭を丸めることにしたんです。もちろん、反省の意味を込めて。

猛省の日々ですから」

さらに、この頃から復帰への意欲も見せており、「僕の中では“再びチャンスがあれば”と思っています」と述べていた。

ただ、その後も生島は復帰を焦らず、反省の日々を過ごしていたようだ。昨年11月、『女性セブン』の取材に応じた生島は10カ月あまりの自粛期間について、《知り合いの能登(石川県)のお寺のご住職のつながりで被災地での炊き出しを手伝ったり、千葉県の障害者施設でボランティアをしたりしていました。これからはボランティアがライフワークです。地道に恩返し、罪滅ぼしをしていくつもりです》(『女性セブン』2025年12月11日号)と明かしていた。

また、早ければ今春、在京キー局の文化放送で復帰する可能性があるとも報じられていたが、実際のところ生島は表舞台に戻ってこられるのだろうか?

「今年の1月1日、生島さんの先輩にあたる久米宏さん(享年81)が肺がんのため亡くなりました。その際、生島さんは各メディアの取材に応じ、久米さんとの思い出を語りながら追悼の言葉を寄せています。こうした対応を通じて、徐々にメディアへの露出を増やすことで、今春の復帰に向けた“外堀”を静かに埋めつつあるように見えます。あとは世間がそれをどう受け止めるかでしょう。

復帰までのプロセスも当然ながら世間の目に晒されます。能登の被災地で炊き出しの手伝いをしていたという生島さんですが、活動自粛を機に突然、社会奉仕活動に目覚めたというわけではありません。もともと生島さんは2011年の東日本大震災で実の妹さんを津波で亡くすという悲痛な経験から、和田アキ子さん(75)とともに『アッコヒロシ基金』を設立し、震災孤児たちを長年支援し続けてきました。

こうした支援活動に真摯に取り組んできた人物だけに、周囲の信頼さえ取り戻すことができれば、生島さんの再出発を応援する人は決して少なくないはずです」(芸能関係者)

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