経済アナリストとして数多くのメディアで活躍された森永卓郎さん(享年67歳)が亡くなって1月28日で一周忌を迎える。その森永さんの長男で、同じ経済アナリストの道を歩んでいる康平さんに話を聞いた。

「父の死後は仕事や事務的な手続きなどに忙殺されていたので、私自身がじっくりと時間をかけて、父の死と向き合うとことは正直まだできていないといいますか……。バタバタしている間に一年が経ってしまったというのが正直な感想です。たぶん、もう少し落ち着いたら、ふとした瞬間に思い返したりするのかもしれません」

卓郎さんは亡くなる直前までメディアに出演していた。康平さんはどんなフォローをしていたのだろうか。

「父は“仕事に穴を開けたくない”という思いが強かったので、引き受けた仕事は完遂するということで、亡くなる直前まで必死に執筆していました。

ただ講演は、基本的に数カ月前からスケジュールを押さえられるため、父が元気な時に引き受けていたものの、病の影響で移動が厳しいものもありました。その場合は事情をお話しして、“父がそういう状況で行けないので、中止にするか、僕で良ければ行きます。もしくは同業者の知り合いに代役をお願いしてみます”といった話をさせていただきました。ありがたいことに、ほとんどのケースで僕の代打でいい、と言ってくださいました」

卓郎さんが亡くなった後、康平さんはラジオ番組で、卓郎さんが亡くなる直前に実家に寄っていたと告白。「多少は会話できたんですけど、体調が悪くずっと寝ていました。僕は仕事の予定があったので『じゃあ帰るね』と言ったところ、小声で『ありがとね』って言われたのがちゃんとした会話でいうと最後かな。最後の言葉としてはいい言葉だったのかなと思いますけどね」と振り返っていた。

そんな康平さんは’23年9月に格闘家としてもデビュー。アマチュアでキックボクシングやMMAの試合に出場し、経営者が参加するキックボクシングの興行である「EXECUTIVE FIGHT」において、初代55kg級の王者に。翌年には一階級上の57.5kg級でも王者となり、昨年は二階級を制覇した。だが、卓郎さんは、康平さんに妻子がいることを理由に反対していたという。

「高校は3年間柔道部で、大学時代は2年間空手をやっていました。でも、そこから18年ほどはブランクがあり、本格的に格闘技を再開したのは3年前なんです。どうしてもケガがつきものなので、父からは“早く辞めろ”とは言われていました。『なんかあったら、家族はどうするんだ』とは言われていました」

今年も参戦予定だという。

「総合格闘技の試合が5月の予定です。少々ケガをしてしまいまして、回復具合を見ながら3月に調整のために1試合やろうかとは思ってはいます」

一周忌を迎え、卓郎さんがどんな父親だったのかを改めて振り返ってもらった。

「うーん、昔の人間ではありますけど、良くも悪くも今の時代に向いていた人だなとは思います。私なんかよりも全然、今の時代向きの人だったなと思いますね。

キャッチーな表現を使ったり、極端なことを言ったりするので、今のネットの時代と相性が良かったのだろうなと思っています。

私はどちらかというと、そういう親を見て育っているんで、あんまりこう極端なことは言いたくないなっていうのが結構あるんです(笑)。その辺は逆転現象が起きてるのかなと思いますね。

父が亡くなってから本当に多くの方たちから、いろんなエピソードとか、父の死に対してのお悔やみの言葉を直接いただくんです。関わった方たちが悲しんでくれたりとか、いろんな思い出を共有したりしてくれることによって、ある意味、救われている気もします。

’23年11月にがんを告知されて、そのタイミングで余命が3~4カ月と言われていて、必ずしも余命通りとなるとは限らないということはわかっていたんですけど、最悪の場合、余命より早く亡くなる可能性もあるわけで。そういう意味では、家族全員なんとなく覚悟はしていました。

亡くなる1~2週間前はさすがに本人もかなり辛そうで。仕事の場では気丈に振る舞っていましたけれど、家族の前だけでは本当に辛そうにしてたのを見ていたんで、僕としては “長生きしてほしい”という気持ちはもちろんありましたが、変な表現なんですけど、亡くなったときは“もうつらい思いをしなくてよくなったんだ”と少し安堵のような感情が湧いたことを覚えています」

卓郎さんが最後に出演した番組は『大竹まこと ゴールデンラジオ!』(文化放送)だった。

「亡くなる約24時間前で、その時は弱々しい感じはありましたけど、ちゃんと会話ができていて。それだけでもすごい話なんですけど、実は翌日、普段レギュラーで出ていたニッポン放送の番組があって、亡くなった朝の7時50分ぐらいにスタッフさんから“今日は電話出演できますか?”といった連絡があって、父は最後の力を振り絞って対応していたんです。リスナーさんに聞かせられるような会話が出来ないかもしれないと思ったので、結局、出演は実現しませんでしたが……。

お医者さんから言われたのが、人って亡くなる時は徐々に血圧が下がっていって、最終的には寝るように息をひきとると。だから亡くなる数時間前、普通に電話で番組に出演しようとしていたことは、通常だったら考えられないねと。同じ仕事をしている人間として、自分にそれができるのかと言われたら、できるとは言えないです。父はアナリストとして以上に“プロフェッショナル”としてすごいと改めて思います」

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