【前編】横浜銀蝿・Johnny 解散後はレコード会社の社長に就任も…再びバンドマンに戻したリーダー嵐さんの「遺言」から続く
1月28日にソロアルバム『ヨコハマ・グラフィティ』をリリースし、’85年以来実に40年ぶりにソロ活動を再開させた横浜銀蝿のJohnnyさん(67)。’83年末に横浜銀蝿が解散した後、Johnnyさんはキングレコードに入社。
「銀蝿が解散した後もソロで活動していたんですが、銀蝿のときほどはうまくいきませんでした。ソロでも頂点に立とうと思っていましたが、結婚して29歳のときに子どもが生まれて。家内は高校の同級生でずっと付き合っていて、『気の済むところまで頑張って、支えるから』と言ってくれたんですけど、食っていくにも困り始めていたんです。僕らの仲人を務めてくれたのがキングレコードの社長だったので、『働かせてくれませんか?』と頼んで、30歳のときに入社しました」
そんな経緯だったが、Johnnyさんは裏方としても手腕を発揮した。ディレクターとして数々のアーティストの作品作りを支えたが、美穂さんはなかでも印象的な存在だった。
「初めて会ったのは、俺の上司で音楽ディレクターの福住朗さんのアシスタントとして現場に行ったとき。“あっ中山美穂だ!”と。俺、芸能界で一番きれいだと思ったのが美穂ちゃんです。本当に目が魅力的で、かわいかったですね」
当時の美穂さんはロサンゼルスにも家を持ち、レコーディングはロサンゼルスで行うことが多かったという。
「美穂ちゃんはドラマの撮影が終わるとロスに行って過ごすことが多かったようです。美穂ちゃんと音楽チームで“こういう曲をやりたい”と話し合って、そこから1~2週間かかって楽曲を制作するので実際にレコーディングに入るまではまったくやることがなくなるんです。
美穂ちゃんも面白がって、『Johnnyさん知ってる?今、“ロスで中山美穂に新しい彼氏ができた”って言われてるみたいよ』って。“えっ、俺のこと?”なんて思ったりして……。当時俺は36歳ぐらいで美穂ちゃんとは一回りも離れてますから、あくまで冗談なんですけどね」
寡黙なイメージのある美穂さんだが、Johnnyさんには心を許していたのかもしれない。
「たしかにおとなしいイメージもあるかもしれませんが、お酒を飲むとよくしゃべりますよ。ワインが大好きでした。
美穂ちゃんはテレビ番組で俺のことを『私の恩人』と話してくれたことがありましたが、それはこちらのセリフ。俺が担当したときはすでにトップスターで彼女の周りに集まるのもトップのクリエイターだったから、一流の人々と関わることができたのはその後の自分の音楽人生でもためになっています。だから美穂ちゃんには俺、本当に感謝しています」
3月からは東京・名古屋・大阪をまわる自身初のライブツアーを開催するJohnnyさん。美穂さんの思いも乗せて、走り続けるーー。

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