【前編】《「2人目の妊娠を諦めなければならない」会見から2カ月》福間香奈女流五冠「弁護士の先生からは『覚悟が必要だ』と」「皆さんの議論が意味のあること」から続く

’24年1月1日、福間香奈女流五冠(33)は将棋連盟の公式サイトを通じて、前年5月に入籍していたことを公表した。相手は同じくプロ棋士を目指した元奨励会三段の3歳上の男性で、公表後は女流棋士名を旧姓の里見姓から福間姓に変えた。

「彼と知り合ったのは学生のころでしたが、互いに将棋に集中するために距離を置いていた時期もあります。長い付き合いで、言葉にしなくても意思の疎通ができるのは大きいですね」

福間は兄と妹の3人きょうだいで育った。母親はパートをしていたが、子どもたちが学校から帰る午後には家で待っていてくれた。

「両親を見てきて、自分も結婚したら子どもを持ち、こんな家庭を築きたいと思っていました」

結婚に踏み切ったのは、30歳になり、出産の適齢期を考えたことが大きかった。

「やっぱり一生に一回のことだったので、この先をずっと共にするということでは、いろいろ考えました。彼は芯がしっかりしていてブレないんです。大事なところは一緒に考えてくれて、とても優しい。尊敬できるんです」

出産後、赤ちゃんは3時間に一度、ぴったりと泣きだす。自分の睡眠を確保することも大事なので、勉強は抱っこしながら詰将棋を頭の中で解くことくらいしかできない。それでも3カ月の休場から復帰後は、公式戦を11連勝し、タイトルの防衛にも成功した。

「1年近く将棋の研究ができなかったので、棋力の衰えは感じています。その一方で、子どものために頑張る気持ちや、主人のサポートを無駄にしたくないので、一局にかける思いは強くなった。

子育てを言い訳にしないという気持ちが、プラスに働いています」

昨年夏から部屋を借り、夫と将棋教室を始めた。いつかは2人でやりたいと話していたことだった。小学生から高校生までを対象にして、強くなりたい子たちのために、一切手を抜かずに相手をする。

「子どもたちは純粋に夢中で指してきます。私も主人も将棋と真剣に向き合ってきたから本当に強くなりたいという子のためのアドバイスはしっかりできると思います。あと女の子が萎縮せずに通える場所を与えてあげたいです。道具を丁寧に扱ったり、礼儀作法も大切ですね。私自身も小さいときに厳しく指導していただいて感謝していますから」

■’22年の棋士編入試験に続き3度目の挑戦「自分から将棋をとったら何も残らない」

朝、対局に向かうときは、夫の隣で寝ている子どもを起こさぬように、そっと扉を閉めて家を出る。

「ミルクを飲み、泣いたり笑ったりしながら、体も心も毎日必死で成長しているのがよくわかる。私もそれぐらい一生懸命に生きたいと刺激をもらっています」

福間は産休後も、棋士の公式戦において男性棋士に勝ち続けた。昨年10月には一定期間における対棋士戦の戦績が、「棋士編入試験」受験資格をクリアした。

編入試験は、アマチュアや女流棋士が奨励会を経ずに棋士になれる道を開いたものである。

平成以降これまでに4人のアマチュア(全て男性で3人が元奨励会員)が試験を突破してプロになったが、受験資格のハードルが非常に高く、作られた当時は女流棋士には無理ともいわれた。

実は福間は’22年に女性として初めて条件をクリアして挑戦したが、若手棋士5人と対戦する本試験では合格を果たせなかった。今回2度目の受験に、再び史上初の“女性棋士”誕生の期待が膨らんだが、福間から申請がされたのは、受理期間ギリギリであった。

「女流タイトル戦が終わった後に、現実的に対局の日程が回るかどうかを主人と話し合いました。主人は会社の理解があって現在育児休暇をいただいているのですが、彼に全ての負担をかけてしまうことになる。それでも『好きにやっていいよ』と言ってくれました。

前回はシビアになって、対局に向かうメンタルがよくなかったかもしれない。でも、今回はいろいろな方に声をかけてもらえることが励みになっています。それに子育てをしていると、シビアになっている余裕なんてないですから」

今年1月から2度目の編入試験が始まった。1カ月に1回、男性棋士と対局し、5戦中3勝すれば将棋界初の女性の棋士が誕生する。そうなれば、歴史的なニュースになる。“最初の一歩”を記したい気持ちは強いのだろうか?

「そこにあまりこだわりはないです。

これから自分がどうなっていくのかが大事だと思う。そのために受験する道を選んだのだから、今は全力で受かることだけを考えて生活しています」

出産してからの1年間は、目まぐるしい日々だった。妊娠から記者会見に至るまで、そばにいるのが今の夫でなければ厳しかったと思うと振り返る。

「対局に行く前に『頑張ってね』もなければ、終わってからもない。気持ちをわかっているので、何も言わないんです。かけてくれる言葉は少ないのですけど、同じ勝負の世界で生きてきたからこその重みがある」

奨励会も1回目の編入試験も、全てをかけて打ち込んだが報われなかった。挫折から立ち直れた力は何だったのだろうか。

「正直、もう将棋は……という気持ちもありました。でも、つらいという感情以上に離れられなかったんですよね。将棋が好きすぎて、魅力的すぎて。自分から将棋をとったら何も残らないから、やめられなかったです」

(取材・文・撮影:野澤亘伸)

【PROFILE】

野澤亘伸

1968年、栃木県出身 上智大学法学部法律学科卒。1993年より『FLASH』の専属カメラマンになる。

その後フリーとして雑誌表紙やグラビア写真集を多数撮影。アフリカ、中南米、東南アジアなどの海外取材も多い。2018年に将棋棋士の師弟をテーマとしたノンフィクションを上梓し、第31回将棋ペンクラブ大賞受賞。シリーズ三作目となる『師弟 棋士の見る夢』が4月22日に光文社より発売予定。

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