東日本大震災から15年の節目に合わせ、4月6日~7日、福島県を訪問された天皇ご一家。ご一家そろっての被災地ご訪問は初めてだが、愛子さまのご同行は、両陛下はもとより愛子さまも強く望まれたことだったという。

6日午後、双葉町にある「東日本大震災・原子力災害伝承館」を訪問された。

「天皇ご一家は海の方向へむかい、震災の犠牲者へ供花されました。その後案内役の方から、伝承館の付近が津波で高さ4メートルまで浸水したと説明を受けた愛子さまは、『この窓の高さまで……』と驚かれたご様子でした」(皇室担当記者)

同館の周囲には、一般の奉迎者が大勢集まり、ご一家を歓迎した。

「その数は300人を超えていたのではないでしょうか。『雅子さま~!』『愛子さま~!』という声が飛び交っていました。みなさん、数時間は待っていたようです」(前出・皇室担当記者)

別の場所で愛子さまをお見かけしたというある奉迎者は、心優しいお気遣いに感銘を受けたという。

「両陛下の乗られていた御料車が通過したあと、続いて愛子さまのお車が来ました。私たちは“道路の片側にまとまって待つように”警察の方に言われていたのですが、愛子さまはわざわざ座席を移動し、私たちがまとまっている側にお身体を寄せて、手を振ってくださっていたのです。窓もお互いの顔が見えるよう、最大限開けられていたように思います」

前出の皇室担当記者は、“異例”のお気遣いだと語る。

「両陛下とは別のお車ですので、愛子さまはご自身で被災地の方たちに寄り添おうと判断し、座られる位置を変え、窓を開けられたのでしょう。

昨年5月に愛子さまが初の被災地訪問として石川県の能登半島を訪れたときは、ワゴン車に乗られていました。車の仕様だったのでしょう、窓が半分くらいしか開かず、沿道からお顔が完全に見えなかったのです。

『楽しみにしていたのによくお顔が拝見できず残念……』と落ち込んでいる地元の方も多かったと聞いています。

愛子さまはそのご経験から、訪問先で待ってくれている人々の期待に応えようと、今回のようなお心遣いをなさったようにお見受けしています。一つひとつのご公務を大切にして臨むことで、愛子さまは多くのことをその都度学ばれているのではないでしょうか」

延期となってしまった天皇ご一家による宮城県と岩手県のご訪問。早期の実現には、期待せずにはいられない――。

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