今回は、ふとしたきっかけでそんな相手と仲良くなることができた女性のエピソードをご紹介しましょう。
ミスで迷惑をかけたせい? 私に冷たい「苦手な先輩」
会社員の松田柚子さん(仮名・28歳)は、同じ部署で働く先輩男性の三浦さん(仮名・32歳)に苦手意識をもっています。「仕事はできる方ですし、上司や仲の良い同僚と話す時は笑顔でフレンドリーな雰囲気なんですが、私には妙に無愛想というか……。
そんな柚子さんには、嫌われた心当たりもありました。
「以前、私が盛大なミスをやらかしてしまった時に、三浦さんに尻拭いをしてもう形になりかなり迷惑をかけてしまったことがあったんです。なのできっと外回りで2人きりになる度にその時のことを思い出してムカムカしているんだろうなと思いました。完全に私が悪いので、もう迷惑をかけないように注意することぐらいしかできないのですが」
外回りで一緒にランチする時間が苦痛
そんな柚子さんは、外回りの時に出先で三浦さんと一緒に食べるランチが特に苦痛でした。「何の会話もできないし、威圧感もあるし、そんな状況での食事は本当に味気なくて。最初はちょっと気を遣って話しかけてみたりしたんですが、打っても全く響かないというか面倒くさそうにされるだけ。次第に心が折れてしまい、無言ランチが当たり前になってしまったんですよね」
そんなある日、いつも通り外回りに出た2人はランチをとるためにある町中華のお店に入ったそう。
「たまたま通りすがりに入ったお店なんですが、何だか店内に見覚えがあるなと思いキョロキョロしたら、レジ横の壁に有名な芸人さんのサインを発見してハッとなりました。私が毎週楽しみに観ているバラエティー番組で、炒飯が美味しい名店として紹介されていたお店だったんです。ラッキー! と思いましたね」
期待していた炒飯、食べてびっくり!
すかさず柚子さんは炒飯を注文しました。「三浦さんは冷やし担々麺を頼んでいたので『バカだな、ここは炒飯の名店なのに。でもそんなこと教えてやらないもんね』と心の中で舌を出しつつ、いつものように2人ともスマホをいじりながら全く目を合わせず、いただきますも言わずに食事を始めたんです」

「それが、ビックリするほどマズかったんですよ。お米はパサパサで油分が全くなく、旨味もコクもない酷い炒飯で、何でこれがテレビ番組で取り上げられたんだろう? と不思議に思いましたね」
すると珍しく「ちょっと松田さん、俺がおかしいのかな? ちょっとこれ少し食べてみてくれない?」と三浦さんの方から話しかけてきて、どんぶりを差し出されました。
「三浦さんの冷やし担々麺は、丼に四角い氷が直に10個位入っていてスープが溢れそう。もう見るからにマズそうでした。なので私も自分の炒飯を三浦さんに一口試してもらい、お互いにうなずき合うと、ほとんど残したまま会計を済ませてお店を出たんですよ」
残念だった中華の悪口で盛り上がる
その冷やし担々麺はスープが薄まっていてほぼ味がなく、胡麻の風味も肉味噌もなくただ少しのもやしと干からびたようなチャーシューが1枚トッピングしてあるだけの、とても担々麺とは言い難い代物だったそう。「そのあまりのマズさに驚きすぎてアドレナリンが出たのか、興奮状態になった私と三浦さんはすっかり饒舌になって、そのお店の悪口で盛り上がってしまったんですよ」
三浦さんの「大抵のものは美味しくいただく俺だけど、あの担々麺はありえない! 炒飯も……。あれはそもそも米の炊き方からして間違えている感じのマズさで米が可哀想だ。食事を残したのなんて何年振りか分からないし、ショックだよ」という意見に柚子さんは心底共感しました。
「私も食事を残すのが嫌いなので、本当にあんな料理を出す店が許せないし食材に謝ってほしいという思いでした。そして怒りでブーストがかかり変なテンションなった私たちはこのままでは気が済まないと意見が一致。思いっきり口直しをして、この嫌な気分を吹っ飛ばそうということになったんですよ」
どういうわけか、先輩の手料理をご馳走になる
そして三浦さんが「あんな食べ物に対してリスペクトのない店より、俺の方が何倍も美味しい料理が作れる」と言うので、仕事終わりにお家にお邪魔してお得意の炒飯を振る舞ってもらったそう。「今思えば、いきなり異性の先輩のお家に行くってどうなの? という感じですが、あの日のおかしなテンションに突き動かされて。つい調子に乗ってご馳走になっちゃいました。三浦さんの作った炒飯は米のひと粒ひと粒が油と卵をまとっていて、ちょっとしっとりめのすごく美味しい炒飯で。食べ進めるほどに、トゲトゲした心がなだらかになっていきました」
そしてデザートを食べながら、せっかくの機会なので思いきって三浦さんに「今までどうして、2人の時にあんなに無愛想だったんですか?」と聞いてみました。
嫌われてるわけじゃなかった。そして2人は急接近
「すると本人は無愛想にしているつもりはまるでなかったんです。自分がかつて先輩から食事の時間や移動中に根掘り葉掘り詮索されることをうっとうしく感じていたので、自分は後輩のことを放っておいてあげたいと思っていたそうです。だから仕事以外のことではあまり話しかけないようにしていたと言っていました。私がミスしたことなんてすっかり忘れていた様子でした。とにかく、嫌われていたわけではなかったと知ってホッとしたんですよ」そんなふうに誤解が解け、気楽に話ができるようになった2人は次第に惹かれ合い、なんとお付き合いをするようになったそう。
「三浦さんの炒飯が美味しすぎてすっかり胃袋をつかまれてしまい、私の方からアプローチしてしまいました。あのマズすぎる町中華は、2人の間ではすっかり笑い話になっています」と微笑む柚子さんなのでした。
<文&イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop