物語のテイストは、どちらかというとライトなラブコメ作品。だが、あなどってはいけない。ふとした瞬間、伊藤健太郎は最良の魅力を放ち、作品全体の推進力となっているからだ。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、過去作を参照しながら、ほんとうに必要なことだけをやる伊藤健太郎の演技を解説する。
ラブコメ作品の作法だというなら……
漫画編集者である高坂健斗(伊藤健太郎)は、編集部内で起きる問題を即座に解決するトラブル請負人である。突如、休載宣言をした人気漫画家・深田ゆず(弓木奈於)の自宅に様子をうかがいに行く役目も気軽に引き受ける。マンションまで行くと、ちょうど外出しようとしたゆずとエントランスで鉢合わせる。健斗が編集者だとわかった途端に、逃走。待て、逃げろの追いかけっこ。ゆずがバランスを崩して、グラウンド近くの丘を転がる。着地した地点で、ひたすら押し問答を繰り広げる。
結果、健斗の自宅にゆずが居候することになる。連載は再開する。
第2話から急激に面白くなる理由

その理由は、伊藤健太郎の魅力にぎゅぎゅっと濃縮される。交際開始から間もなく、帰宅した健斗とゆずがほっこりお茶を飲む場面。ゆずは「普通のデート」がしたいと健斗に頼む。
人気漫画家との交際が会社にばれるわけにはいない健斗が、やや間を置いてから、ゆずのほうを向く。短くすっきり鼻をすすりながら、口を左へむにゅっと動かして「行きましょ」という。
ほんとうに必要なことだけをやる演技

高坂健斗というキャラクターの役柄に合わせながら、的確に視線を動かしていく。それによって、視聴者(観客)が画面上に写るもののどこを今見たらいいのかを誘導してくれる。ほんとうに必要なことだけをやる意味で、シンプルであり、余計なことをしない演技。
伊藤固有のシンプルな演技が最も効果的に発揮されていた作品がある。工藤遥主演映画『のぼる小寺さん』(2020年)である。ワンカット目、ボルダリングに明け暮れる小寺(工藤遥)が、壁をよじ登る後ろ姿を見つめるクラスメイトがいる。
演出に呼応する演技にうっとり
見つめ続ける伊藤を今度は正面から、ローアングルで捉える。演出意図を汲んで的確に視線を向ける。ほんとうに、それだけ。なのに、冒頭場面が魅力的になり、映画が成立してしまう。特に仲がいい友だちがいるわけでもなく、何となく学校生活を送る近藤が、卓球部の玉拾いをだらだらする場面では、ふと視線を上げる。前方に視線を遣ると、小寺が壁を登っている。伊藤の視線移動から次のカットに切り替わる瞬間の映画的リズム。そのときめき(!)。
同作の古厩智之監督に個人的に聞いてみた。
「ボーっと見る才能がありました。
と伊藤の演技について回答を得た。ひとつの画面(フレーム)内での彼は、ほんとうに必要なことだけをやっていることがわかる。
小林聡美主演の『ペンションメッツァ』(WOWOW、2022年)では、自転車に乗った伊藤がドアの向こう側に初登場する。画面自体とドア枠、ふたつのフレームに入ってくるタイミングを完璧に計算して把握している。演出に呼応する演技にうっとりする。
伊藤健太郎は、エンタメ界の宝
ほんとうに必要なことだけをする。それが、自分の演技スタイルであり、俳優としての役割だと表明しているかのような伊藤健太郎は、日本のエンタメ界にほんとうに必要な才能だと思う。2025年1月5日に放送された『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ)に出演した伊藤が、活動を休止していた期間についてふれていたのを見て改めて強く思った。占い師に「24歳のときにものすごく強いプレッシャー」と指摘された伊藤が、決して遠くはない記憶の糸を手繰り寄せる沈黙の時間。ズームアップするカメラの動きが、緊張感を伝える。じっくり間を置いた伊藤は「一年お休みさせていただいてた時期」と口にした。
「そこから一発お仕事させていただいた年かな」と続ける。番組内で具体的な作品名は挙げられていないが、その「お仕事」にはたぶん、阪本順治監督作にして、伊藤の復帰後初主演映画『冬薔薇』(2022年)が含まれている。
地方都市でくすぶり、悪ぶれる主人公・渡口敦役を演じた。緊張と気概。それでも、伊藤の演技は、変わらずにシンプルそのもの。
不良たちとのけんかで足を負傷した敦が入院先のトイレで用を足す印象的な場面がある。凄みも飾り気もない。丸裸同然の伊藤が便座に座っているだけ。
活動休止期間を置いて、それでも自分が俳優として生きること。今は自分のもてるすべてを映画に捧げる。捨て身の彼が映画に奉仕するかのような様が感動的である。
『未恋』は復帰作以降の作品だが、ライトなラブコメ作品でも気概に満ちた伊藤健太郎らしい演技を楽しめる。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu