こんにちは、食文化研究家のスギアカツキです。『食は人生を幸せにする』をモットーに、「一生モノの能力を養う食育」についてさまざまな実践法を提案しています。


品川区の「オーガニック給食」に賛否。オーガニックにモヤモヤす...の画像はこちら >>
 2025年2月5日に品川区が発表した「区立小中学校の給食の全野菜を有機農産物(オーガニック)にする」という計画に対して、賛否の声が上がっています。

 賛成派がいる一方で、批判派の主旨は、オーガニックにする前においしさや栄養が大事、税金の無駄遣い、子どもの満足度が上がるか疑問、といったもの。

 さらに実業家の堀江貴文氏による「オーガニック野菜で大谷翔平は産まれない」というツッコミまで報道されるような事態となり、この話題にモヤモヤしてしまっている人は少なからずいるはずです。

 私はここでどちらが正義かを議論するつもりはありません。むしろこれをきっかけに、子育てはもちろんのこと、大人にとっての野菜選びについて、知っておくことはありそうだなと考えました。

 現代の子どもたちに降りかかるおどろくべき健康問題、農業に関する残念な誤解など……。なるべく冷静に、わかりやすさを目指して整理してみることに。

 まずは有機野菜についてさらっと解説しながら、話をはじめていくことにしましょう。この記事が、皆様にとって今後の野菜選びの参考になればうれしく思います。

有機野菜は日本ではまだまだレアな存在。でも海外は?

品川区の「オーガニック給食」に賛否。オーガニックにモヤモヤする人に伝えたい4つの事実
※イメージです
 はじめに、有機野菜の定義について簡単におさえておくことにしましょう。日本では農林水産省が定める「有機JAS規格」が基準になっています。


 具体的には、科学的に合成された農薬や肥料、遺伝子組換え技術などを使用せずに、種まきまたは植え付け前2年(果物など多年生作物は3年)以上の間、有機的管理を行った水田や畑で生産された農産物のことを指します。

 2025年1月に公表された農水省のレポート(※)によれば、日本の野菜総生産量に対する有機野菜の割合は0.39%(2022年度)。まだまだレアな存在であることがわかりますが、世界規模における有機食品の売上は年々増加しており、アメリカは世界全体の43%を占めるほどリーダー的な存在です。

 2位のドイツや3位のフランスでは専門店ではない小売店での売り上げが上昇傾向にあるそうです。ちなみに日本は13位。確かにアメリカやフランスやドイツの大衆スーパーに行ってみると、有機野菜は当たり前のように並んでいるのが印象的で、慣行野菜(化学肥料や農薬を使用して効率的に大量生産された野菜)との価格差も日本ほど大きくないのがスーパーマーケットをリサーチする立場としてはお伝えしたいポイントです。

※参照…農林水産省「有機農業をめぐる事情」(2025年1月)

「有機野菜=税金の無駄遣い」と批判されるのはなぜ?

 品川区の発表において否定的な意見が出てくる要因として考えられるのは、「有機野菜は価格が高いのにおいしくない」というイメージが一部で広がっているからでしょう。

 そこで今一度、有機野菜の4つのネガティブイメージについて、中立的な立場で状況整理をしてみました。

1.有機野菜は高い→△

品川区の「オーガニック給食」に賛否。オーガニックにモヤモヤする人に伝えたい4つの事実
ある日のこと、有機キャベツの価格が高騰していないことに気がつきました
 有機野菜は慣行野菜に比べて栽培に手間がかかる、収穫量が少ないなどの理由によって価格が高くなってしまうのは真実です。

 実際にスーパーで価格を調べてみると、慣行野菜に比べて1.5~3倍程度になっています。しかしながらキャベツの高騰が気になる今、有機キャベツの価格を見て驚いたのが、慣行キャベツと同価格帯になっていることです。

 ここで知っておくべき事項は、慣行野菜は市場相場によって商品原価が上下しやすく必然的に売価も上下するのに対して、「有機野菜は市場相場という概念がない」ということ。農家と小売のつなぎ役である卸売業者が売価を決めるために比較的安定した価格設定となるのです。これは普段有機野菜を買わない人であっても知っておくと役立つ事実かもしれません。


2.有機野菜は見栄えが悪い→△

品川区の「オーガニック給食」に賛否。オーガニックにモヤモヤする人に伝えたい4つの事実
黒い斑点が目立つ有機レモン
 有機野菜は虫食いやキズが多くて汚いというイメージが強いとすれば、それは冷静に正す必要があるかもしれません。

 そもそも有機野菜は自然の生態系を活用して野菜そのものが持つ力を発揮させる栽培であるため、野菜それぞれの成長スピードにバラつきが出やすく、サイズや形がバラバラになる傾向があります。

品川区の「オーガニック給食」に賛否。オーガニックにモヤモヤする人に伝えたい4つの事実
ライフの有機レモン
 しかしながらそれは汚いのではなく不揃いであるということ。また適切な方法で栽培された有機野菜を見ると、虫食いはなくツヤがあるため一概には言えないのです。

 また有機の柑橘類によく見られる外皮のキズや黒点の正体は、ポリフェノール。化学合成農薬を使用していない証であり、これをどうとらえるかは、知識の差や個人の考え方によるものが大きいと言えます。

3.有機野菜はおいしくない、栄養がない→×

品川区の「オーガニック給食」に賛否。オーガニックにモヤモヤする人に伝えたい4つの事実
苦みやえぐみのない有機小松菜。個人的な感想ですが、食べて納得しました
 有機野菜を広く取り扱うスーパーマーケットのライフによれば、化学肥料・農薬に頼らず(大方の生産者は有機JAS規格で認められた自然由来の農薬は使用)、土中の微生物の力や作物の生命力を活かして栽培しているため、一般的には野菜本来の味=甘さ・味の濃さが感じられると言われているそう。

 また栄養面においては、個体差はあるものの数々の分析データからビタミンCが慣行品より豊富に含まれていたり、抗酸化作用も高いと言います。また、野菜の苦みやエグみのもとである硝酸態窒素も慣行品に比べて低いものが多いというデータもあるそうです。

4.有機野菜は売れていない→×

品川区の「オーガニック給食」に賛否。オーガニックにモヤモヤする人に伝えたい4つの事実
ライフ店内にある有機野菜コーナー
 こちらもライフによれば、有機野菜の売り上げはコロナ禍以降年々右肩上がりになっているとのこと。

 お客の目に留まるように売場も拡大しているため、少し割高でも“安全安心”の価値を求める人が増えてきた印象があるそう。

 オーガニックやローカル、ヘルシー、サステナブルをコンセプトにしたプライベートブランド「BIO-RAL(ビオラル)」が業績好調(2025年2月期第2四半期の営業収益は前年同期比33%増)であることからも、日本でも有機食品に対するニーズが高まっていることが分かります。

 この動きは一つのスーパーマーケットに限ったことではなく、農林水産省では有機農業に地域ぐるみで取り組む産地の創出に取り組む市町村の支援が行われ、国としての動きも活発になりつつあります。

農薬使用の基準は科学のアップデートによって見直されるもの

品川区の「オーガニック給食」に賛否。オーガニックにモヤモヤする人に伝えたい4つの事実
※イメージです
 最後にもう一つ、農薬と子どもの発達に関連するトピックスを整理しておきましょう。

 2010年に米国ハーバード大学らによって発表された研究によれば、低濃度であっても有機リン系の農薬を摂取した子どもは、注意欠陥・多動性障害(ADHD)になりやすいということ。このニュースは当時日本でも大きく取り上げられ、記憶に残っている人はいらっしゃるかもしれません。


 これらを理由に、慣行野菜が危険であるということではありません。通常並んでいる野菜は日本の農薬取締法に基づいた安全基準が適用されており、安全性は高いと判断されています。

 しかしながら少しだけでも頭に入れておきたいのは、農産物の農薬使用については、科学的エビデンスのアップデートによって基準の見直しがされるということ。

 日本と海外では基準や法律は異なり、日本において使用可能な農薬であっても、アメリカや欧州では使用が禁止されている農薬(ネオニコチノイド系農薬や有機リン系農薬など)があるということです。

 これらのことから、今の段階で出回っている慣行野菜について100%安全であるとか、有機野菜の方が絶対に安心だと判定を下すのではなく、野菜の安全性については個人の判断にゆだねられると言わざるを得ません。もちろん有機野菜を給食に導入するかについては別次元の問題です。

有機農業の背景を冷静に捉えよう

 今回の品川区から発せられた言葉や文面だけでとっさに判断するよりは、日本や世界を取り巻く有機農業の背景や現状を冷静に捉えながら、個人が素直な意見を発信することの重要性を確認させてもらえたような気がしています。

 そして何よりも、導入したから終わりということではなく、導入後の子どもたちの反応や影響については丁寧に確認して議論を続けていく必要があるのではないかと、私は考えています。

 さあ皆さんは、給食のオーガニック野菜をどう評価しますか?

<文/食文化研究家 スギアカツキ>

【スギアカツキ】
食文化研究家、長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを学ぶ。現在、世界中の食文化を研究しながら、各メディアで活躍している。
女子SPA!連載から生まれた海外向け電子書籍『Healthy Japanese Home Cooking』(英語版)好評発売中。著書『やせるパスタ31皿』(日本実業出版社)が発売中。Instagram:@sugiakatsuki/Twitter:@sugiakatsuki12
編集部おすすめ