久保史緒里とW主演する公開中の初主演映画『誰よりもつよく抱きしめて』でも愛くるしい名演が、広く評価されている。
内田英治監督作『誰よりもつよく抱きしめて』の三山凌輝の演技は、一見する価値がある。男性俳優の演技を独自視点で分析するコラムニスト・加賀谷健が解説する。
「お姉ちゃん」呼びが新鮮だった朝ドラ『虎に翼』
SKY-HI総合プロデュースで、日本のダンス&ボーカルシーンを牽引するBE:FIRSTのメンバーである三山凌輝が、俳優としてどんどん芽吹いている。三山の才能が大きく開眼したのは、伊藤沙莉主演の朝ドラ『虎に翼』(NHK総合、2024年)である。伊藤演じる主人公・佐田寅子の弟・猪爪直明を演じた。岡山の学校で寄宿舎生活をしていた直明が終戦前、猪爪家に帰ってくる第9週第41回で、三山が初登場する。好青年に成長した直明の再登場は、作品全体にさわやかな風を吹き込んだ。
寅子のことを周囲は「寅ちゃん」と呼んでいたのに対して、直明は「お姉ちゃん」と呼ぶ。この呼び方がとにかく新鮮だった。何の屈託もない眼差しと表情で「お姉ちゃん」と呼ぶごとに、視聴者は毎朝、心ときめいたものである。
役にさっと差し出す柔軟な演技

といっても強引に身体をゆすったりするのではない。さわやかで新鮮な響きである「お姉ちゃん」呼びの語気を強めて、一瞬、声を張り上げる。しゃきっと目覚めよくさせる直明のさわやかパワーは効果覿面だ。
引きの画面上、その一声を込めるまで三山は、ちょっと間を置く。この間合いが実に的確である。シーンの持続を引き締める役割を担うが、演技は力まない。
ここが三山特有のリズミカルな演技であり、この場面での彼は、調整された声の音そのものを空気中にふるわせているようだ。彼の演技からは、三山凌輝自身を役にさっと差し出すような柔軟さを感じる。
三山オリジナルのビート感

良城が小さく息を吐く。マフラーがずれ、口元が恥ずかしげに露になる。今度は鼻から息を吐く。さらにもう一度、魔法瓶からホットドリンクを飲んだあと、ゆっくり息を吐く。
計3回。3拍分のビートを打って、三山オリジナルのリズムを作ってしまうような演技の組み上げ方である。演じる本人がどれほど意図しているかはわからないが、映画的なビート感が心地よい。これは上述した目覚まし場面で培った空気感をベースに改良を重ねた実践例だと思う。
「うん」がクリアに発音される感動的場面

さらにビニール袋を常に着用するほどの潔癖症であり、彼のすべてを受け入れてきた長年の恋人・桐本月菜(久保史緒里)にふれることも、逆にふれられることもできない。
その距離を占めているのは何か。空気である。良城の発音が曖昧になる分だけ「う」と「ふ」の間の音が、空気をつたって月菜に届くまでの時間がかかる。つまり、彼女とのコミュニケーションを何とか成立させるための手がかりなのではないだろうか。
『虎に翼』ではあれだけさわやかにはっきり「うん」に力を込めていたから、ここには三山の繊細な工夫を感じる。BE:FIRSTによる書き下ろし主題歌「誰よりも」の作詞に三山も参加して、音楽面でもこだわりを感じる。
ただ、この「うん」が『誰よりもつよく抱きしめて』でもラストに一回だけクリアに発音される感動的場面がある。その瞬間の朗らかな三山凌輝は一見の価値がある。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu