演技の重心はもちろん、歌舞伎俳優としての古典的なたたずまいに置き、拠り所にしている。なのに不思議と軽やか。これは本作に欠かせない資質ではないだろうか。
男性俳優の演技を独自視点で分析するコラムニスト・加賀谷健が、大河ドラマに中村隼人が欠かせない理由を解説する。
二枚目オブ二枚目である中村隼人
何となく夜ふけにテレビを見ていたら、歌舞伎公演の巡業CMが映った。カメラ目線の二代目中村錦之助と初代中村隼人が、父子で出演する歌舞伎公演を宣伝していたのである。東映時代劇スターとして活躍した初代中村錦之助が、彼らの叔父と大叔父にあたるが、二代目とその息子(隼人)についてはあまり知らなかった。でもこの短い宣伝映像を見て、2002年に初代中村隼人として歌舞伎の三大名作『菅原伝授手習鑑』の『寺子屋』でデビューした彼の魅力は十分伝わった。
歌舞伎界にはプリンスと呼ぶべき麗しい役者は多いが、中村隼人はその中でも格別の二枚目。二枚目とはそもそも歌舞伎用語である。現在31歳。色っぽく脂がのってきた頃合い。二枚目オブ二枚目の人である。
時代劇ファンがイメージする鬼平

長谷川平蔵宣以は後の「鬼平」のことである。鬼平とは、それこそ大叔父・中村錦之助や二代目中村吉右衛門などの歌舞伎俳優たちが演じてきた時代劇ドラマシリーズ『鬼平犯科帳』の主人公だ。『べらぼう』では、火付盗賊改方として江戸の悪党を退治する前、旗本のボンボン息子時代から描かれる。
初登場は第1回。横浜流星演じる主人公・蔦屋重三郎が務める茶屋・つたやに腰ぎんちゃく2人組を引き連れてやってくる。吉原で遊ぶのが初めてであり、遊び方を知らない。身分をちらつかせて、ふんぞり返っている。一見すると、いけすかない。時代劇ファンがイメージする鬼平とはまるで違うが、このボンボン若侍も意外と憎めない人ではあるようだ。
大河ドラマには欠かせない資質

中村隼人は時代劇を現代劇として演じる塩梅がうまい。旧劇のように古くさく大袈裟にならず、令和のドラマ作品に出演しても変に力まない。でも全体として軽くはない。そこは普段から歌舞伎で歴史上の人物を演じ込み、古典的たたずまいを武器にしている彼固有の演技。
大河ドラマで、誰もが知る歴史上の人物を演じる上で、歌舞伎俳優としての重心は置きつつ、現代劇俳優であることにも意識的なケレンみをうまく匂わせることができる。フレキシブルなタイプである中村隼人は、現代の大河ドラマには欠かせない資質だろう。
プリンス同士による愉快なかけ合い
平蔵は、吉原屈指の人気を誇る花魁・花の井(小芝風花)に一目惚れする。すぐに花の井を指名して遊びたいが、先約が入っていた。そこで平蔵の身分を知った重三郎が、実は花の井とは幼馴染みだと説明して仕切り直しを提案する。そのとき、重三郎は「駿河屋でぇございます」と歌舞伎風におどける。
重三郎を見込んだ平蔵は、第2回冒頭で再びつたやにやってくる。「きたぜ」と言って、額からたれるほつれ髪(しけ)を左手人差し指でいじってみせる。愛すべき仕草。やっぱり可愛げがあるキャラクターである。結局彼は花の井にすべての財産を注ぎ込んでしまう。結果、吉原に通えなくなってしまい、ドラマからは一時退場。
まんまとカモられた平蔵に対してSNS上では「カモ平」というあだ名がついた。歌舞伎用語としての二枚目は色男を意味するが、色男にはなりきれないところに平蔵の純粋さが極まる。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu