中村蒼である。彼の場合、球(演技)をストレートに打ち、直球であればあるほど、それが名演に近づく。
男性俳優の演技を独自視点で分析するコラムニスト・加賀谷健が、ポテンシャルそのものであり続ける中村蒼を解説する。
風通しがいい再発見のような現在
中村蒼は、ジュノンボーイの最終兵器だと常々思っている。2005年に第18回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでグランプリを受賞した。今年は受賞からちょうど20年ということになる。十年一昔とはよくいうけれど、さらに倍の20年も経てば、誰がいつ何を受賞したかを細かく記憶しておくことは難しい。だから中村蒼の経歴を改めて確認すると、20年前の栄冠が懐かしい記憶ではなく、むしろ風通しがいい再発見のような現在として感じられる。
佇まいも存在自体もすべてが、ほんとうに清々しい俳優である。例えば、『沈黙の艦隊 シーズン1 東京湾大海戦』(Amazon Prime Video、2024年)で、反旗を翻した潜水艦の副長を演じた中村は、半袖制服の端正な白色を慎ましくもさわやかなペーパーミントブルーにうっすら染め上げていた。単にさわやかなだけではない。「蒼」の名前が意味する深い色合いをオーバーラップさせながら、年齢に調和していたことが美しかった。
常にポテンシャルそのものであり続けている人
彼の佇まいが醸す色合いは、年齢に応じた演じ方(あるいは、見せ方)の豊かな変化でもある。20年前、グランプリを受賞したときの彼は、まだ14歳だった。寺山が監督した『草迷宮』(1983年)で俳優デビューしたのが三上博史だが、三上が寺山本人に才能を見出されたのも15歳だった。三上がこれまた固有の佇まいを誇示するドラマ『東京サラダボウル』(NHK総合、毎週火曜日よる10時放送)に中村もまた重要な役で出演している。同作における中村蒼の魅力は後述するとして、とにかく時が巡りにめぐって、不思議な類似が一本線で結ばれている。
その間、中村は常にポテンシャルそのものであり続けている人だと思う。彼をジュノンボーイの最終兵器と命名した理由もそこにある。最終兵器ということはつまり、中村から打たれる球はいくらでもあることを意味している。
最終の一球になるまで球がいくらでもあるから、絶えずポテンシャルであり続けられる。そんな言葉遊びも軽やかに成立させながら、中村蒼はひたすら役という球を打ち、演じる。その特性が軽妙に演じられているのが、今年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK総合、以下、『べらぼう』)だ。
極まる色合いの上で込める球数
中村が演じるのは、横浜流星演じる主人公・蔦屋重三郎の義理の兄・次郎兵衛。幕府公認の遊郭である吉原の駿河屋主人・駿河屋市右衛門(高橋克実)が甘やかすぐうたら息子だが、これが心底愛すべきぐうたらなのだ。重三郎が勤務するつたやを一応任される身でありながら、ほとんど仕事らしい仕事はしない。
この色っぽさが、現在まで年齢を重ねた彼が醸す色合い。極まる色合いの上で自由に球数を込める。例えば、第3回。出版活動に邁進する重三郎が主人たちに相談する場面で、呑気な地口でおどける次郎兵衛に駿河屋が鉄拳。強い一発を受けて鼻血をだらだら。
痛快なカット割にコミットする一発芸みたいな。翻ってもう一発。第7回で今度は穏やかな場面。重三郎の頭を次郎兵衛がなでる。このなでなで優しい一発(正確には二発)が、愛おしく、洒脱。
寺山修司に関連するふたりの俳優
『八重の桜』(2013年)以来、12年ぶりの大河ドラマ出演作である『べらぼう』の一方で、同じNHKドラマ作品『東京サラダボウル』の中村蒼は、もっとストレートに球を込める。どの場面でも透徹した真剣な眼差しの彼が、画面上を活気づけ、直球勝負であればあるほど、彼の演技は名演に近づく。『東京サラダボウル』では、東新宿署・国際捜査係のユニークな刑事・鴻田麻里(奈緒)と元刑事で警視庁・通訳センターに所属する中国語通訳人・有木野了(松田龍平)が、不思議な連携を結んで国際事件を捜査する。それぞれの過去が回想される第6回から、有木野の恋人だった元同僚刑事・織田覚(中村蒼)にフィーチャーする。
有木野と織田は同棲していた。ある日の帰り、織田は玄関で自分が刑事失格だと吐露する場面がある。振り返って熱い眼差しを注ぐ中村が、松田の肩にさっと顔をうずめる。スッと動き、トンと松田の肩を借りる2カット間の中村の動きがつややかである。
第7回では、現場復帰したベテラン刑事・阿川博也(三上博史)が、織田のことを不意に回想するワンショットがあり、画面下手寄りに位置する中村の曖昧なカメラ目線が美しい。対して第6回ラストで阿川が初登場する場面で、三上は逆に上手ぎりぎりに位置していた。
上述したように寺山修司に関連するふたりの俳優が、上手、下手にそれぞれ配置される。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu