あるとき、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の公式インスタグラムに掲載された鳥山検校役の市原隼人の写真は衝撃的だった。

市原が、禿役の金子莉彩と吉田帆乃華のふたりを両肩に乗せて微笑んでいたのだ。
そこには“「一緒に写真が撮りたい!」と頼んださくら&あやめに「じゃあ、抱っこしてあげるよ」と答え、軽々と抱えた力持ちの検校さん”とあった(2025年2月23日のインスタより)。

瞳は少し暗めのムーンストーンのような鳥山検校

なんて頼もしい市原隼人。まるで子どものヒーローだ。ただし、彼が演じている鳥山検校はこのインスタのように優しいヒーローキャラでは決してない。いや、当初、吉原にやって来たときは、視覚障害があるが、それを補って余りある鋭い洞察力を持ち、真実を見抜ける素敵な人に見えた。女郎たちにも人気があった。

ところが、瀬以(小芝風花)を身請けした途端、蔦重(横浜流星)との仲の良さに嫉妬を覚えるなど、束縛キャラの片鱗(へんりん)を見せ、いささか不穏な雰囲気になっているのだ。

そもそも、この時代(江戸中期)、盲人は朝廷や幕府から手厚い庇護を受けていたとドラマでは説明している。検校は盲人の役職の最高位で、鳥山は高利貸を営むことをゆるされていた。それゆえ裕福で、吉原で遊べるし、瀬以を身請けもできたのだ。つまり、清廉潔白な人物とは言えないのである。だからこそあのインスタが眩(まぶ)しく見える。

今後、瀬以との関係はどうなっていくのか気になる鳥山検校。
瞳はまるで少し暗めのムーンストーンのようだ。勘が鋭く、空気で誰がそばにいるかわかるし、瀬以の脈拍から、彼女の言っていることがほんとか嘘か気づいてしまう。純粋過ぎるほど純粋ゆえの厳格さを市原隼人が全身から発してみせる。彼の鍛えられた筋肉の強靭さが、闇のなかで闘ってきた鳥山検校の複雑な精神性を物語るようだ。

視覚障害のある方々に取材し真摯に役に取り組む市原隼人

演出の小谷高義はネットの記事で、「演出の深川(貴志)と視覚障害のある方々に取材されたり入念なアプローチをされていて、常に真摯な姿勢を崩されません。“目が見えないので基本的には人と目が合わない、だったら視線についてどう考えるのか”“この場面での視線はどこに合わせるのか”“ここは目が合う角度に顔を向けてもいいんじゃないか”といったディテールを細かく考えられている」と市原の役への取り組み方を絶賛している(シネマトゥデイ記事より)

市原隼人『べらぼう』の検校、実は束縛キャラ?女児2人を両肩に...の画像はこちら >>
市原隼人の大河ドラマ出演歴は、『おんな城主 直虎』(17年)、『鎌倉殿の13人』(22年)に次いで今回が3度目。回を追うごとに大河俳優としての存在感が増している気がする。

『直虎』で市原は、南渓和尚(小林薫)の一番弟子で僧侶の傑山役を演じた。たくましい体躯をした清々しいキャラの役づくりにあたって、禅を学んだそうだ。

『鎌倉殿の13人』のでは御家人・八田知家役。御家人仲間と群れることなく、粛々と土木の仕事を担当するキャラで、寡黙な分、着物を脱いだときの上半身の筋肉が饒舌(じょうぜつ)であった。

三谷作品では山本耕史がなぜか上半身をさらすことが時々あって、『鎌倉殿』の三浦義村の場面にもあった。市原は彼と並んで、2大筋肉キャラとして視聴者を楽しませた。
この肉体派キャラ路線は、脚本家の三谷幸喜の想定外だったらしいが、市原の献身に打たれたのか、八田のラストの撮影に駆けつけ、本番前に髪を濡らすつくりをしたことが美談としてネットニュースで語られていた。

体を鍛えている俳優として認識される前から…

先述したように、市原の役を演じるうえで心情や所作を徹底的に追求することには定評がある。と同時に、その鍛えられた肉体も市原のいまや欠かせない長所となっている。

腕をはじめとして上半身の筋肉がしっかり鍛えられている。全体のバランスがよく見えるのは、おそらく極めて考え抜いたトレーニングをしているのではないだろうか。

市原隼人が体を鍛えている俳優として認識されるようになったのはいつからだろう。

1987年、神奈川県で生まれた市原は、2001年、岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』で映画主演デビューして、そのナイーブな演技が注目を集めた。04年『偶然にも最悪な少年』では日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、気鋭として多くの映画やテレビドラマで主演してきた。

市原隼人『べらぼう』の検校、実は束縛キャラ?女児2人を両肩に乗せた姿に衝撃!鍛えた筋肉の強靭さが物語るものとは
「リリイ・シュシュのすべて」ビデオメーカー
実は、2歳から水泳と器械体操を習っていて、体は鍛えられていた。04年、男子シンクロ部の青春群像劇『ウォーターボーイズ2』(フジテレビ)で連ドラ初主演をしたときも、細いけれど筋肉がしっかりついた体を披露しているのだ。

その後、2010年、映画『ボックス!』でボクサー役を演じたときには本格的にトレーニングをしている。こうして、着々と筋肉を育ててきたようだ。

「精神的な支えにする為にトレーニングを」

自身のインスタで、「もともと、前に出るのが苦手な自分は20代前半の頃よくプレッシャーなどに耐えきれず潰されて、もどしたり、涙がとまらなく1人部屋の隅で膝を抱え泣いたり、眠れない時間が多かった…。そんな自分の精神的な支えにする為にトレーニングを始めた」と記している。


傍からは、仕事が途切れることなく順風満帆に活躍していたように見えていた。だが、内心葛藤があり、それをなんとか抑えようと黙々と努力していたようだ。

筆者が市原隼人にはじめて取材をしたのは連ドラ『ヤンキー母校に帰る』(TBS)だった。筆者は公式サイトのライターをやっていて、生徒たちのオフショットも撮っていた。市原は最初、カメラから避けるようにしていたが、現場でのインタビューも経て、慣れてくれたのか、最後はカメラの前に自ら進み出てくれたこともあった。

このドラマには『リリイ・シュシュ』で共演した忍成修吾も出ていて、ふたりの間には特別なひとときを共有した者同士の信頼感のようなものも感じた。

また、『猿ロック』で筆者はオフィシャルライターとして、市原が芝居にかける並々ならぬ姿勢も目の当たりにした。セリフを覚える真剣さ、本番前に気合を入れる仕草などは誰にも似ていない。

ナイーブな少年、やんちゃな少年期を経て…

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『ボックス!』の現場も取材した。その頃の印象では、決して器用な俳優ではないが、感性が豊かそうだということ、とことん突き詰めることで大きな力を形成できる俳優というものだった。ナイーブな少年、やんちゃな少年期を経て、たくましさと包容力のある大人の俳優に成長したことが喜ばしい。

とりわけ、今回の鳥山検校は、先述したように、容易に清濁を切り分けて考えにくい存在である。
人知れず苦労した末にたどりついた現在地(生業や真実を見抜く力)と、他者に対する複雑な感情などを内包した人物だ。これをきっかけに、有名な座頭市(時代劇の名作の主人公で一匹狼的な盲目の侠客)などを演じてみてほしいと期待をしてしまおう。

(C)大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」NHK総合 毎週日曜夜8時

<文/木俣冬>

【木俣冬】
フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami
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