ほとんど演技らしいことをしていないように見える初登場場面。登場の瞬間から、視聴者を魅了するからである。
初登場場面が、なぜこんなにも素晴らしいのか。過去に出演した名作ドラマから考える竹野内豊の軽妙な演技。男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が解説する。
スリーカットの竹野内印

ローポジションに置かれたカメラが、上手から下手へゆっくり移動する間に、寛が医院前に自転車を停車する。白衣を翻して軽快に自転車から降りる。その後ろ姿だけで、もうすごくいい。
次のカットは診療室内。本を開いている寛の元に、お手伝いさんが東京から客人がきたことを告げる。「おぉ」と短く応答。さらに次のカットで「ん」と「お」(なのか「ほ」なのか)の間の音で応答。
現場でまとう空気感そのもの
画面上だけではない。実際の撮影現場でも竹野内印が著しいことを共演者が証言している。『あんぱん』放送前に放送された『もうすぐ連続テレビ小説「あんぱん」』(3月20日)で、河合優実、原菜乃華、中沢元紀のクロストークがあった。嵩の弟・柳井千尋役の中沢が、撮影終わりの竹野内が現場から帰っていくときの何気ない佇まいがとにかくカッコいいという主旨のことを話していた。これは容易に目に浮かぶ。
さりげなく自転車を走らせ、ベルを鳴らして、降りる。次のカットで短い相槌だけで場面を成立させてしまう自然な流れは、現場の竹野内がまとう空気感の延長にあるように感じられる。
月9ドラマの代表作

1997年にフジテレビの月9枠で放送され、最高視聴率26.5%を記録した名作テレビドラマ『ビーチボーイズ』である。竹野内より年少の反町隆史との黄金コンビが、夏の海という鉄板設定で大人の青春を絵に描いたような作品である。
竹野内が演じたのは、エリート商社マン・鈴木海都。クールな表情で電車に揺られているだけで絵になるのは、ほんの微動だけで視聴者をときめかせる現在も変わらない。このクールな存在感を持ち味とする一方で、わちゃわちゃ茶目っ気たっぷりキャラが板についていたのが、同じ放送枠の『できちゃった結婚』(2001年)だ。
洗練された軽妙な演技

同作を引き合いにだしたのは、『あんぱん』初登場場面とのちょっとした類似を考えてみたいからである。初登場が医院前だった。竹野内豊とは、何かしら建物の前で特に軽妙な演技が冴える俳優だと思う。
『できちゃった結婚』では例えば第2話でタイトルにあるできちゃった結婚の報告をするために、千葉真一演じる相手の父親に挨拶に行く場面がある。家の前まできて、イケイケCMディレクター・平尾隆之介(竹野内豊)は尻込みする。
このわちゃわちゃ軽妙な演技が、長い歳月を経て研ぎ澄まされ、短縮された形で洗練を極めた。それが、『あんぱん』初登場のスリーショットなのだと結論づけてみたくなった。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu