NHK連続テレビ小説=朝ドラは、若手俳優の登竜門的な位置づけでもある。決してメインどころではなくても、途中で姿を見せなくなっても、存在感を発揮した役者がドラマや映画で引っ張りだこになるケースは珍しくない。
視聴者目線で言えば、「将来のスターを見つけられる」という楽しみ方がある。

朝ドラ『あんぱん』25歳俳優“兄思いの弟”が、視聴者に刺さり...の画像はこちら >>
 現在放送中の『あんぱん』でも、数年後にはさまざまな作品で主役をバンバン張っていそうな雰囲気を漂わせている役者がいる。主人公・柳井嵩(北村匠海)の弟・千尋役を務める中沢元紀(なかざわもとき/25歳)もその1人だ。中沢の魅力を掘り下げていきたい。

文武両道の優秀な弟は、幼少期からずっと兄思い

 本作の第1~2週は嵩たちの幼少期が描かれており、中沢は登場しない。幼少期の千尋(平山正剛)は小柄で身体が弱く、いつも嵩の後ろをついてくるような子どもだった。しかし、3週目になると成長した千尋、もとい中沢が登場するとあらビックリ。嵩よりもガッシリした見た目をしており、名前がわからなければ成長した嵩のほうがよっぽど千尋に見える。

朝ドラ『あんぱん』25歳俳優“兄思いの弟”が、視聴者に刺さりまくるワケ。今後の展開で「心配なこと」は
NHK『あんぱん』の中沢元紀
 千尋は柔道の有段者でありながら、勉強もできるという文武両道。勉強も運動もパッとしない嵩を凌駕(りょうが)しており、さぞかし生意気な弟になっているかと思いきや、幼少期から変わらず兄思い。絵の道に進むことに躊躇(ちゅうちょ)している嵩の背中を押したり、嵩と幼馴染・のぶ(今田美桜)の関係を気にかけたりと、良いやつムーブを連発する。

視聴者をスカッとさせてくれた一言

 中でも印象的だったのが第17回での一幕。母・登美子(松嶋菜々子)の“策略”によって医者の道に進まされそうになる嵩に対し、千尋は「ずいぶん前に捨てたと思うちょったら、急にまた戻ってきて母親面して」「兄貴はあの人に利用されゆうがよ。兄貴だって本当はわかっちゅうハズや」と言い放つ。


朝ドラ『あんぱん』25歳俳優“兄思いの弟”が、視聴者に刺さりまくるワケ。今後の展開で「心配なこと」は
NHK『あんぱん』の中沢元紀
 幼かった嵩たちを捨てて再婚したにもかかわらず、何食わぬ顔で戻ってきたかと思えば、嵩の進路を勝手に決めようとする登美子。なのに、誰も登美子にここまでハッキリとは物申せなかった。視聴者としてはモヤモヤ感が募っていただけに、千尋の言葉には爽快感を覚えた。

野球ドラマでしなやかな投球見せた、器用な役者

 思い返せば、千尋は一貫して良いやつムーブしか見せていない。『あんぱん』の中でこれだけ千尋に注目したくなるのは、俳優・中沢元紀の演技力があってこそだろう。柔道有段者であることに納得感を与える183センチの長身。短髪にすることで聡明な印象が一層増した顔立ち。千尋というキャラのビジュアルにぴったりハマっている。

朝ドラ『あんぱん』25歳俳優“兄思いの弟”が、視聴者に刺さりまくるワケ。今後の展開で「心配なこと」は
NHK『あんぱん』の中沢元紀
 また、中沢といえば2023年の日曜劇場『下剋上球児』(TBS系)で演じた犬塚翔を思い出す人も多いだろう。名門シニアでエースを務めるなど、才能ある投手の翔。スポーツドラマではどうしても役者がやるとその動作がぎこちなくなり違和感を覚えやすいものだが、翔の投球フォームはしなやかで力強く、中沢の器用さが光っていた。そのおかげで、『下剋上球児』が本格的な野球ドラマであることに説得力を持たせていた。

気持ちを隠して、空気を読む演技が“絶品”

 そんな中沢の器用さは、『あんぱん』でも遺憾なく発揮されている。嵩からは「ここにもらわれてきてから、おじさんとおばさんの顔色ずっとうかがって、優等生になって」、伯父・寛(竹野内豊)からは「おまんは我慢しすぎる。
もっとわがままに生きりゃあえいがじゃ」と言われる通り、千尋は空気を読みすぎるタイプだ。明るく強く振る舞いながらも、本心を隠している姿はどこか切ない。

朝ドラ『あんぱん』25歳俳優“兄思いの弟”が、視聴者に刺さりまくるワケ。今後の展開で「心配なこと」は
NHK『あんぱん』の中沢元紀
 とりわけ、第32回の浜辺でのシーンは印象的。ケンカしていた嵩とのぶが無事に仲直りし、健太郎(高橋文哉)のギターに合わせて嵩たちが歌う。手拍子をしながら嵩に笑顔で視線を向けているのぶの姿を見て、千尋はどこか切なげな表情を浮かべる。

 千尋はのぶに気があるような雰囲気を見せており、第33回でのぶの妹・メイコ(原菜乃華)に恋心を悟られるも、うまく周囲には隠している。この千尋の繊細な心の揺れ動きを、中沢は表情や目線でもって巧みに表現している。だからこそ、千尋の気持ちを思うとより強く心が動いてしまい、寛と同様に「わがままになってほしい」と望んでいる自分がいた。

※以下、これからの展開に関する史実に触れています。ネタバレにご注意ください。

千尋を思うと切なくなる「もう一つの要因」

 千尋のことを思うと切なくなる要因は、兄に気を使って自身の恋心に蓋をしている健気な姿だけではない。

 本作の柳井千尋のモデルになった、やなせたかし氏の弟・柳瀬千尋さんは、若くして戦死している。
つまりは、この物語における千尋の死は決して遠くないことを意味する。原豪(細田佳央太)が兵隊にとられた際、パン職人の屋村草吉(阿部サダヲ)は「戦争なんて良いやつから死んでくんだからな」と口にしていたが、まさに千尋も早くに亡くなってしまうのかもしれない。

 昨年の朝ドラ『虎に翼』でも優三(仲野太賀)や直道(上川周作)が戦死した時には、登場人物だけでなく、多くの視聴者も悲しみに打ちひしがれた。千尋も“良いやつ”として存在感を増している登場人物だけに、退場する時にはロスになる人も少なくないはずだ。今後の展開はわからないが、中沢が演じる千尋を1話1話、目に焼き付けておきたい。

<文/望月悠木>

【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki
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